あらすじ
ニュートンの経験的実証的方法を取り入れ、日常的な経験世界の観察を通して人性の原理を解明し、その人間学の上に諸学問の完全な体系を確立しようとした。
イギリス古典経験論の掉尾を飾る書。
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いつまでも読み終わりたくないヒューム。
内省と内観の天才。
その後の自然科学と社会科学の発展をもってしても、この人ほど、人間や社会の本性に深くかつ的確に迫ることができた人は未だにいないと思う。
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読んでいくと、とても面白い
なんだけども、どうしても読みきれない
といつのも、道徳とかの議論はなんかもう、あんまり興味もてないというか
それよりも、人間性に主眼をおいたあたりに面白みを感じてるんだけども、なんかこう訳文が馴染まないのか
Posted by ブクログ
魅惑的な天才。認識論のストーカー。分析的ヘンタイ野郎。
ヒュームの丁寧な、丹念すぎる分析に読者はおのずと惹きこまれていってしまう。
認識論は言わずもがな、第三部の道徳論も傑作だと思う。
規範倫理学の立場からではなく、メタ倫理学的な立場から、つまり「道徳とは本来どうあるべきか」ではなく「道徳とは現にどうあるのか、どういう機能を果たしているのか」を適確に観察・分析している。だれも意識的に行うことのなかった、画期的な作業である。
カントの微睡みを醒まし、現代思想の先鋭の多くにも多大な影響を与えたことに疑いの余地を与えない素晴らしい内容。
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鋭い洞察力だなあ、自我とは連続性のない知覚の束だと見抜いたのはすごい。自分(自我、エゴ)を知るのに役立ちそう。それにしても哲学書は難しい。
普段は坐禅、瞑想して思考をあまり使ってないから、たまに哲学に触れると頭・思考の体操になる気がする。哲学書の内容はすぐ忘れちゃうけど。
Posted by ブクログ
記述のすべてが現代にも妥当しうるとは思わないが、読んでよかったと思える。
古典的哲学書は、まずその思考過程、着眼点、問題意識に現代でも学ぶべきものがあり、その結論にすべての価値があるとは限らない。
本書はまず、ぼくらが因果関係としてとらえているものにメスを入れる。認識作用は、超越論的(アプリオリ)に、因果のフィルターがかかっている、と主張したカントの思考がヒュームからきていることがわかる。また、因果を含む、すべての空間的、時間的関係は縁によって成り立つ、仮のものと主張する仏教とも親近しているといわれるゆえんもある。つまり、必然的な因果関係はありえず、蓋然性からしかとらえられないという主張である。
また、デカルトに代表される理性偏重の風潮にも批判を加えている。情念の重要性の復権である。
さらに、基礎づけを相対化するポストモダン的な記述もうならせるものがある。
最後の「原始契約について」はルソーの社会契約への徹底批判。時に武力が全てを決するのだ。また、社会契約が世代を超えて引き継がれることへの違和感を表明している。
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プラトンの真善美にのっとり、経験論者としてのヒュームなりの真(認識論)、善(道徳論)、美(芸術論)について語った哲学書。キーワードは「因果律は経験に基づく習慣に基づく」「道徳や芸術は共感の原理にもとづく」。
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「それは、われわれが徳と悪徳とを区別して、ある行為について、非難されるべきである、あるいは賞賛に値すると宣告するのは、観念によってなのか、それとも印象によってなのか、という問題である。」
印象=本能、直感
観念=学習
と捉えるとわかりやすいと思う。私にとってこの本はとても難しくて、読みきるのが大変だった。たぶん理解はそんなにできていなだろう。ただ、第一篇七節からはそれまでよりも読みやすいと感じた。
72ページの第二段落のところはとても面白い。同じことをすれば同じ結果が得られるというのは、そうおこりうると確からしいというのを補強するだけで、それが絶対におこることを示しているのではない。
Posted by ブクログ
「人性論」の抄訳と「原始契約について」
人間は"印象"と"観念"しか知りえないという話が一つ。唯識ってこんな感じなんでしょうか。
道徳には、"人の本性によるもの"と"社会体制を守るためのもの"があるという話が一つ。それぞれ仁と義になるんですかね。