あらすじ
『同志少女よ、敵を撃て』本屋大賞受賞後第一作のベストセラーがついに文庫化
ナチ政権下のドイツ。体制に反抗し、自由を求めるエーデルヴァイス海賊団の少年少女らが、「究極の悪」を前にとった行動とはーー
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Posted by ブクログ
一周読んで、解説に目を通して、もう一度始めの現代パートを読み返す。すると冒頭数ページが全く違う印象になる。こういう小説に出会うために紙の本を読んでいるのかもしれない。。
最初と最後が現代パート、全体の9割以上が小説イン小説の内容で、ナチス体制崩壊間近のドイツのある村が舞台。
エーデルヴァイス海賊団、ヒトラーユーゲント、強制労働施設など、実在した設定をもとに巧妙なフィクションを織り混ぜ、スタンドバイミー的冒険譚を加えたストーリー。
負の歴史を扱った暗いテーマではあるのだが、青春群像劇でもあり、過酷な環境で精一杯生きる少年少女の姿に励まされる。
同時に歴史とは何かを考えさせ、見て見ぬ振りすることの罪深さを意識させられる。
「ホロコーストはガス室から始まったのではなく、少数者に対するヘイトスピーチから始まった」という解説中のフレーズが記憶に残る。
Posted by ブクログ
舞台はナチス下のドイツだけど、現代的なテーマだなと思った。今も昔も多様な人がいて、勝手に他人のことをわかった気になるなというメッセージを感じた。
スタンド・バイ・ミーのような青春冒険譚で、線路の先に何があるのかを探しに行く徒歩の旅はワクワクした。後半の冒険の目的が四者四様で、特にヴェルナーの「生きたいように生きるには、強制収容所の存在が不快である」という、正義感や綺麗事じゃない素直な行動の動機がとても良かった。ドクトルの言う爆弾の例えも良かった。彼だけは例えではなく爆弾そのものだったけど…。
読み終えた後に冒頭の現代パートを読み返すと、最初に読んだ時と思ったことが全然違うことに驚いた。人はだれも悪者になりたくないし、都合の悪い歴史は伝わりづらいものなんだな、とレオやドクトルを想って悲しくなった。
戦前も戦後もいい人であり続けるホルンガッハー先生は、安全圏から見ると嫌な人にも見えてしまうけど、同じような状況だったらどうするのかを想像すると安易に責めるのは違うとも思う。
自分がどう生きるべきか、どう生きたいのか、自分できちんと指針を持てるようになりたいと思った。
Posted by ブクログ
独裁者の残虐性だけでなく、不都合な事実を黙認して生きている層に対しての非難や、そういう社会の風潮に対するアンチテーゼがテーマになっていると感じました。とはいえ、いざ自分がこの社会に生きていたとしたら、ヴェルナー率いる登場人物たちのように果敢に行動を起こせるのかと言われると、それは極めて難しいことだと思います。社会の風潮に抗い、自分たちの疑念を取り払うため信念を持って行動を起こす少年少女たちに最大限の賛辞を送るとともに、この物語を心に刻んでいきたいと思います。
Posted by ブクログ
「分かった気になってんじゃねえぞ」
全編通じて、そう言われている気がした。
まとめるとしたらこの一言になるけれど、他人を完璧に理解できる人間など1人もいないように、本作をまとめようとすること自体が既に謙虚さを失っている証左なのだろう。
それを前提としながら、本作の凄みの一端を記したい。
自己、他者との関係における自己、社会の中の一員としての自己、他者理解、文化…現代に通ずるあらゆる要素が深く描かれた物語である。全ての大人に読んでもらいたい。
「殴り方を教えてやる」の真意とは。
「自分を完璧に理解する他人が一人でもいるか」。相手にとっての自分も同じだろう。
かと言って、他者に無関心であることを本作は提示しない。社会に生きる一員としてのありようも描かれる。完全なる他者理解はできない。だが、私とあなたはつながっている。がゆえに、できることもあるのだと。
Posted by ブクログ
第二次世界大戦下、ドイツで
ナチ体制に反旗を翻した少年少女の物語。
逢坂さんのデビュー作、「同志少女よ、敵を撃て」でも
少し気になった、
題材の重さに対する展開の軽さが今回はより重要な局面に用意されていて気になった。
作中作の形式になっていて、それがほぼ本編で全体の9割弱。
プロローグとエピローグは現代パート。
この作品の本質は現代パートに凝縮されているように感じられて、アンバランスではあったけれど、たしかな読みごたえはある作品だった。
Posted by ブクログ
自分には合わなかったな、心を揺さぶられなかったな、、と言う感想を持ちつつページを捲っていくと膨大な数の参考文献の一覧を目にして評価を上げてしまうのは、自分だけだろうか。。