あらすじ
人気時代・歴史作家 珠玉の〈書感〉エッセイ45編
「羽州ぼろ鳶組」「イクサガミ」シリーズ、直木賞受賞作『塞王の楯』など、人気の時代・歴史小説誕生の秘密は読書にあった......!?
小学5年の夏に池波正太郎の『真田太平記』と出逢って読書愛を開花させた今村氏は、以来、学生時代は年間100冊を読破する、読書漬けの日々でした。
本作は、作家の創作・発想の原点となる作品、忘れがたい記憶と結びつく物語、生きる力を与えてくれた一作を、彩り豊かなエピソードとともに綴った「書評」ならぬ、〈書感〉エッセイ。小説、実用書、絵本までジャンルにとらわれず、作家の血肉となった本を一挙公開します。
「読んでもいい。読まなくてもいい。どんなジャンルを好きであろうが、嫌っていようがいい。......無理して読まなくてもいい」「要するに読書は自由なのだ」と冒頭から喝破。読書好きにはもちろん、最近本が読めていない人にもぜひおすすめしたい一冊です。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
直木賞作家の、読書をきっかけとしたエッセイ。書評ではなく筆者いわく「書感」。本の細かい内容ではなく、気ままに語る。とはいえ登場する本はそれぞれ魅力的。
読書沼の羅針盤として最高。
Posted by ブクログ
今村翔吾の読書に対してのスタイル。読めない人は無理に読まなくていいし、あわなかったらやめていい。今村翔吾はほとんど歴史小説しか読まないらしい。なんかわかる。私も歴史小説が多めで、昔はほぼ名作と呼ばれるもの以外歴史小説だった。最近はいろいろ読む。
うん。燃えよ剣はいいよね。真田太平記は三谷幸喜も絶賛してるよね。私はまだ読んでない。山田風太郎はあんまり好きじゃないんだなぁ。大河ドラマは好き。おんなの女房は読んだことない。ポチろう。
という具合に1万円近く使ってしまった。とりあえず、積読の中にある張良でも読むか。
Posted by ブクログ
エッセイを読むとその著者とカフェでお茶をしたような気分になるから好き。今村さんは、ザ歴史物!のイメージで作品はあまり読んでいないが、ふと気になって読んでみたら、面白い方だった。
「SNSは核兵器より凶悪な兵器」ぞわっとした。ある意味そうかも。
Posted by ブクログ
今村先生と本の思い出そして目標と指標、的な本の紹介エッセイ本。
紹介されている本には既読もあれば未読もあって楽しめました。
いくつかの本はそのうち読んでみたいなと思ったものも。
読みやすく、様々な本を知れるのが面白かったです。
Posted by ブクログ
とても読みやすい本に関するエッセイ。今村翔吾さんが好きということもあるけど、優しい語りで本と、彼自身の人生を書き上げてあり、心地よく読めました。
Posted by ブクログ
ラジオ番組(『言って聞かせて』)は
よく聞いているし、
テレビのコメンテーターでも拝見する今村先生
なのに、作品を読んだことがないのだが、、
こちらを先に読んでみた
読みやすく小難しいことは言わないのはお人柄かな
Posted by ブクログ
これは「書評」ではなく、「書感」とおっしゃる今村先生らしく、よく出てくる言葉にも、少し古風でへりくだった言い回しを選んでいて、とても好きだった。
本の紹介と共に、ほろっと温かいエピソードもあったり、心に残る言葉もいくつもあった。
積読本がすごい量なのに、また気になる本がたくさん。。。
私としても、1つのジャンルを極めるよりは、欲張りに色んなものを読みたい!!!
そう言えば、表紙のイラストレーターさん、誰なのか調べてみたけど分からず。。。でもそれを調べる間に、「ショセツラジオ」の存在を知って、今では朝の準備や家事のお供に♪こちらもオススメ♪
Posted by ブクログ
新聞連載の書籍化。著者の作品は『イクサガミ』しか読んでおらずエッセイ(いちおう書評ではあるが)の類いは初見。ですが、テレビのコメンテーターなど幅広く活躍されているので何となく人となりはイメージしており、おおらかな雰囲気を持ちつつストイックで少し慎重な文体は、予想を裏切らず非常に好感が持てました。
『乱読御免』というタイトルではあるが、やはりというか歴史・時代小説が多いのは、まあ様々な事情から仕方ないのでしょうね。絵本や漫画、ビジネス書も少しはありますが偏りはある。自身も前書きで「偏読でいい」とも言ってます。連載開始時の新聞社側の名付けがよくなかったのでしょう。
いずれの回も面白かったが、私はSNSについて書いた回が一番印象に残りました。普段は慎重な文体の著者が思いの丈をぶつけるかのような熱量を持って書いているように思われる。以下一部引用です。
「私は核よりもある意味で恐ろしいものが存在していると思っている。それはSNSである。かつて人が地球に誕生してから、ここまで心のうちを晒せるものはあったか。まるで魔法、まるで呪詛ではないか。それができるのは顔が隠れているという要素が大きいだろう。本来ならば心の内に秘めるべきもの、あるいは堂々と発言すべきでないものが、躊躇いもなく世に発射される。そして、その悪意は瞬く間に繋がり、より大きな波濤となって覆っていくのだ。前述した戦争について話しづらくなったのも、すぐに凄まじい量の、顔のない主張が溢れ返っているからのような気もする。それは議論の仮面を被っているが、実際のところは一方的な痛罵であることが多い。かつてここまで心を掻き乱し、時に抉るツールが存在しただろうか。そういう意味でこれは兵器にもなり得る」