【感想・ネタバレ】せんそうってのレビュー

あらすじ

せんそう、あなたはなんですか?

この社会を生きるひとびとの多くが「戦争を知らない」世代になった今、
わたしたちは、どうやって/どのように「せんそう」を知り、語るのか――。

哲学者・永井玲衣と写真家・八木咲が立ち上げた「せんそうってプロジェクト」。
二人が見て・きいた「せんそう」の声を、記憶をあなたに手渡す、「せんそう」を語る言葉と出会い、探すドキュメンタリー。


世界中で戦争が起こっているのに、わたしたちは「せんそう」をあまりに知らない。
でもわたしたちは、本当は「せんそう」を知っている。
「せんそう」を経験している。「せんそう」を生きている。

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Posted by ブクログ

戦争ではなく、せんそう。対話哲学者の永井氏の新刊。せんそうに賛成はしないが、反対するにも言葉が固くなる、。戦争を取り巻く言外の言葉を対話によって紡ぐ書。本書と向き合うことで内的な対話が深まる。

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2026年08月29日

Posted by ブクログ

【読んだ目的・理由】永井玲衣さんの考える「せんそう」のことが気になったから
【入手経路】買った
【詳細評価】☆4.5
【一番好きな表現】わたしたちはそうして居心地の悪さを享ける。

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2026年08月23日

Posted by ブクログ

永井さんの著書が好きなので心待ちにしていました。八木さんと取り組まれている「せんそうって」プロジェクト。当事者じゃない自分をいつもしらけて感じていたけど、知ること聞くこと、その世界の断片に触れることでできることもあるのかもしれないと思わせてくれる。語り継がれることは決して無意味でないし、わたしはわたしなりに知って、気にして、少しだけ何かを変えて、そうやって「せんそうって」の問いにかかわりつづけていることをしたい。平素で、率直で、答えのないことばたちだからこそ伝わることがとても多くあった気がする。語ってくれた人たちのまとまりのなさが、想像を働かせることを思い出させてくれたり。とても良い本です。

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2026年08月10日

Posted by ブクログ

永井さんの新刊だけどおどろおどろしいタイトルに買うか迷ったけど買った本。

なんと言っていいかわからないけど、呆然としたり、恐ろしんだり焦燥したりした。問うことや哲学は自分であること、生そのもので、奪われてはならないものだと思った。

なぜ今この本が出されたのか。まだ間に合うと信じられているからだと思う。

ということで、四の五の言わずにおすすめの本。今生きる人として読んだほうがいい本でした。

とりあえず広島行きたい

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2026年07月31日

Posted by ブクログ

ネタバレ

今年は、戦後81年。

戦争を知らない世代として、
「戦争とは、どんな日々だったのだろう?」
そんな問いから、この1冊を手に取りました。

本作は、実際に戦争を経験した方々との対話を記録したドキュメンタリーとなっている。

教科書や映像では伝わりきらない、1人1人の記憶や想いが綴られていて、その言葉の重みに何度も立ち止まりました。

平和は、決して当たり前ではない。
だからこそ、過去を知り、語り継ぐことの大切さを改めて感じる。

読み終えたあと、きっと誰かと
「戦争って、なんだろう。」
そんな問いを語りたくなる作品です!

この令和の今こそ、多くの人に手に取ってほしい一冊です。

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2026年07月25日

Posted by ブクログ

戦争や平和を語る時、どうしても言葉を飾ってしまう。結局聞いたことある言葉を使い回して無理にまとめてしまう。だから、みんな同じことを言う。

このエッセイにある、実際に多くの人から見聞きした着飾らない生の声を通して、これまで私が平和について考えて生んだ言葉がどれだけ飾られたものかを実感した。

『言葉ってどういうときに生まれるのか、それは人との対話の中で生まれてくる』
とても共感。自分の中の考えって自分の世界から出られてなくて、なんだかそれって未完成なんだよね。
それを声にする過程の中で、言葉になるって感じ。
その過程で何度も言葉が失敗して、失敗して、そうしてつくられていく言葉の柱。
そう思うと、わたしは言葉の失敗を恐れてしまってる気がする。でもその失敗が本当は大切なんだろうね。

ガザでの戦争、報道でよく聞くけど、確かに身近に感じることはできない。
遠いところでの出来事。
でもその『遠い』って感覚はなんなんだろう。
物理的な距離?心の距離?
あまり知らない国だから関心が持てない?
でもそれを無理に近い出来事として捉える必要もないような。
遠いものは遠いものとして、それが近いものにならないように考えることが大事なのかな。
遠いところならどうでもいいというわけではなく。
変に身近なこととして捉えようとして、それこそ作品中にもあったように、『自分ごととして捉える』ということをよく勘違いをして、自分のスケールの中で考えてしまうことの方がよっぽど悲劇な気がする。

印象的に残ったフレーズ

『わたしいま飲食店で働いていて
いっしょうけんめい 水を運んでいる
でもせんそうになったら わたし
いっしょうけんめい
兵器とか運んじゃうのかな』

日常の何気なく行ってる行為や仕事が、恐ろしいものに成り代わったりする。
意味が変わって、人を救うはずのものが争いに加担するものになったりする。
音楽や文学、絵画だったりもそう。
自由に表現できなくなって、争いに励むことや賞賛する表現しかできなくなる。
わたしはいま聴くことができる音楽が好きで、いま読むことができる文学が好き。
これだけは絶対に奪われたくない。
そして好きな作家や芸術家が表現に苦しむ姿をみたくない。

そういえば、高校のとき、テレビの報道でとある国の最高指導者が亡くなったかなんかでその国の人民が皆、わざとらしい演技で嘆き悲しむ姿を見た。
大袈裟に天に手をかざし、土下座のような格好で頭を垂れていた。
当時、わたしには好きな人がいて、もし日本がこんな状況にあって、好きな人がこんな馬鹿らしい演技を強いられていたらと考えると、とても暗い気持ちになった。強い拒絶だった。

そして日常が恐ろしい別の意味になり変わるということは、戦時中の何気ない日常の日記や誰かに宛てた手紙が、"史料"になってしまうことでもある。
誰にも見られたくない特定の人に宛てたものがこうやって戦争史料に意味が変わり、嘆き悲しみながら見られる対象になってしまう。
その人にとっては、日常を続けようとする中での何気ない手紙や日記かもしれないのに、そこに戦争史料としての別の意味が宿ってしまう。

またその逆も然り。叔母がカラオケに軍歌を入れるのも、そのおばにとって青春の歌が軍歌だったってだけかもしれない。
日常が戦争になり変わるということ。

戦争って色を失うことだと思った。
ぼくにとっての赤は
大好きな甘いりんごの赤であって、
高原に乱れ咲くツツジの赤であって、
戦火に包まれる街の色ではないし、
腹から溢れる血の色ではない。

…まとまらなくなってしまった。
戦争と哲学、お互い遠いテーマのようで、たしかに戦争というイメージがあまりにも曖昧すぎているので、そこを哲学的に深く潜り、理解や感覚の真髄を探っていく。それはあまりない経験で、興味深く読むことができた。

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2026年08月21日

Posted by ブクログ

 日本各地で「哲学対話」を実施する永井玲衣さんが、写真家の八木咲さんと「せんそう」について考え、語る言葉を探す「せんそうってプロジェクト」を立ち上げます。この活動が文芸誌「群像」に連載され、その書籍化が本書とのこと。

 このプロジェクトでは、戦争を知らない世代が多数派になる中、教科書の歴史知識としてだけではなく、自分の言葉で「せんそう」を知り語る方法を模索します。日本各地での観察・情報収集や、表現を交えた「哲学対話」の場をひらいているようです。

 様々な人の言葉から伝わるのは、迫力‥例えば、教科書には書かれていない、見落とされがちな声、音、光、色、人の眼差しの力でした。「せんそう」は私たちのすぐ側に、そして日常の中にもその影が潜んでいることを突き付けられます。

 広島と沖縄を撮った八木咲さんのモノクロ写真は、81年前と今のあわいにある光と影を切り取り、時空を超えた訴えが迫るようで引き込まれます。多くの人の言葉、永井さんの言葉に八木さんの写真が交差し、想像を膨らませられます。

 本当は、本書を読んで考えたことを誰かと共に語る読書会とかに意義があるのでしょう。多くの言葉を手渡され、自分は「せんそうって」のあとに、どんな言葉を続けるか…。「せんそう」を語るための自分の言葉をさらに探し続ける必要がありそうです。

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2026年08月11日

Posted by ブクログ

永井さんが、戦争についてどういう風に語るのかと思って読む。現在は戦争体験者が亡くなっているので、どのように戦争を語り継ぐのかという問題でもある。
読んでからずっともやもやする。あとがきに書かれているように、あまりうまくいっていないのではないか。あえて出典を巻末にまとめることで、無名の人の声も著名な書籍からの引用も区別がつかない一個人の声として読ませるのだが、匿名の個人の言い淀みまで丁寧に掬っている場合ではないのではないか。
この言葉なら自分の体感でも戦争のことがわかるというような個人の実感の話はもう読まなくてもいいかなと思う。事実を読む方がよいように思う。
たたずまいが美しい本。

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2026年08月14日

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