あらすじ
ルウ(ツタンカーメン)とセダ(アンケセナーメン)は、ネフェルティティから自立しようと旧都へ移り、アメン神官団とやっていく決意をする。しかし、貢ぎ物しだいで幸運を与える神々たち、その神々を利用して私服をこやす神官たち、ルウとセダは神について、信仰について疑問を持ちはじめる。そんな時、セダはやっと授かった子供を流産してしまい、悲しみの中で、改めて父と母が言っていた信仰についての考えを理解したい、生命の意味をわかりたいと考えはじめた。
※過去に配信していた作品と同一内容です。既にご購入済みの方は、重複購入にご注意ください。
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Posted by ブクログ
里中満智子さんによる、30年以上前の作品。
古代エジプトの物語は実写も難しく、当時の習慣や思想、人名等も混乱しがちなのでコミックはとても分かりやすかった。
ネフェルティティの娘であり、ツタンカーメンの妻であるアンケセナーメン。
やはり、胸像やマスクのようないかにも《古代エジプト》的な学術的にも優れた資料がないと、世界史を選択しなかった自分のようなタイプなど多くの人にはイマイチ知名度がない。知らなかったし。
最終的に、あれだけ反発していた母・ネフェルティティと同じ一神教の世界を目指す姿勢は信念とともに健気にも思えた。
〜この世には、納得できないことはたくさんある。
知恵でも、経験でも、努力でも、納得できないことをすべて、神の存在ゆえにすれば、何もかもすっきりする。
あーそういうことなのね。
理不尽でも報われなくても、悔しくても悲しくても
神様のご意志によるもの。
ってことで解決させる。
ざっくりいうと
本当にそう?そうじゃないでしょ。と言いたかったアンケセナーメン。
今風に言えば親ガチャの当たり外れ、献金、お布施問題、それによって私服を肥やす神官たちの悪どさもしっかりと描かれている。
多くの民が感じる理不尽を納得させるシステムが信仰か?
多神教(アメン)、一神教(アトン)、全く別の対極とも言える信仰。
現代では、どちらも
《古代エジプトにおける、信仰の種類(の学問)》に過ぎないのだろうが
神というざっくりした視点では変わらないんだな