【感想・ネタバレ】論文捏造のレビュー

あらすじ

科学の殿堂・ベル研究所の、若きカリスマ、ヘンドリック・シェーン。彼は超電導の分野でノーベル賞に最も近いといわれた。しかし2002年、論文捏造が発覚。『サイエンス』『ネイチャー』等の科学誌をはじめ、なぜ彼の不正に気がつかなかったのか? 欧米での現地取材、当事者のスクープ証言等によって、現代の科学界の構造に迫る。なお、本書は内外のテレビ番組コンクールでトリプル受賞を果たしたNHK番組を下に書き下ろされたものである。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

タイトルの通り,論文が捏造された事件を追ったノンフィクションです.
捏造は超伝導の開発に関する研究で起きました.
超伝導とは電気抵抗がほぼゼロになるという夢の様な現象で,砂漠地帯に広大な太陽光発電などを作れば,超伝導の技術で世界中にロスなく電気を送れるのです.その砂漠地帯は潤い,世界の電力は非常に安価になるでしょう.
問題は,超伝導はマイナス269℃というとてつもない条件で発見されたことにあります.世界中の研究者がその温度を上げるのに取り組んだのは想像に堅くなく,その一連の研究の中で「捏造」は起こりました.

具体的にいうと,捏造を犯したシェーンというドイツ人科学者の開発した,画期的な方法が技術的にとても難しく,同じようにやっても誰も成功しなかったのです.世界中の技術者が多大な費用と時間とエネルギーを使い,その実験に取り組みました.しかしその工程が実際には不可能であり,成功したといって理論値からデータを作り出していたのでした.

この本のポイントは,なぜ捏造が発覚するのにこれほどの長い期間がかかってしまったのか?という点にあります.
同じ研究者から見て,追試実験がうまくいかないとき,「自分の技術や方法が間違っているのではないか?」と疑う気持ちは痛いほどわかります.
「…たかだか数カ月程度では自分のやっていることに確信を持てるようにはならないと思います」と専門家の話が引用されています.
そしてその専門家が「鼻薬」と呼んでいるような,常識的にはできないことにちょっとしたことでできるようになる最後のひと工夫を,シェーンは知っていたのだろうと,皆思ってしまったのです.シェーンはとても優秀で,「実験の限界を超えた」のだと信じたのです.

さらにシェーンの所属していた「ベル研究所」が,世界で最も有名な施設であったことと,最高の科学者の一人であるバトログという科学者が参加していたことが,その論文の信ぴょう性を保証していました.

もう一つ,「確証バイアス」という言葉がありますが,ひとたび相手の言うことを信じこんでしまうと,矛盾や疑問が出てきても,こちらで理屈を作り正当化するようになるというものです.

一方で,多くの捏造論文を載せた「ネイチャー」や「サイエンス」はどういう態度をとったでしょうか.
どちらも同じような対応でしたが,かれらのような科学ジャーナルには,「そもそも捏造を確認するようなことはできず,責任の範囲ではない」と断言します.
つまり,不正のチェックはしていないのです.
そして「これらのジャーナルに掲載されている論文が100%正しいと信じてはいけない.あくまでも問題の部分的な解釈を提示するものであり,いろいろな解釈が可能である」とも言います.
そうでであれば何を審査しているのでしょうか?
それに対しての回答は,「審査の目的は間違った論文を載せないために,著者のミスによる可能性に気づくことです.言ってみれば品質管理です.」

いやここまででも,数多くの気付きに満ちた内容です.

またシェーンのボスであるバトログは事件後のインタビューに答えて言います.
「科学者がベル研究所に来るということは,すでに教育を終えているのであって,もはや1人の独立した科学者なのです.」

う〜ん,自分に甘えがあるのか,共同研究における「責任」とはそういうものなのか?
私の持っているイメージでは,ボスは全体の進行具合や結果を鑑みて,指導や助言,提案などで全体の進行,成長を促す存在なのですが,根本的に間違っているのでしょうか?
今回は特殊なケースで,しかも責任がかからないための発言でしょうから,こういった話になるのだ,と信じたいです.

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2012年12月26日

Posted by ブクログ

ネタバレ

自分自身が清くはないし、人間社会で不正は決してなくならないとは思う。しかし、世界中の研究者を驚嘆させた発表、しかも相次ぐ発表論文の捏造がここまでまかり通るものなのか。論文を重ね重ね掲載した科学ジャーナルの無責任な態度には憤りを感じるが、誰にも増して共同研究者がまったくノーチェックだというのにあきれる。リーダーのバートラム・バトログさえ一度たりとも実験成功の世紀の瞬間に立ち会っていない。実験の生データはなく、サンプルはすべて処分されている。これで不正を否定してもむなしい。

0
2014年09月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

有名科学誌に掲載された、それまでの常識を覆すような「コロンブスの卵」的大発見が世間を驚かす。
舞台はかつては「科学者の楽園」と呼ばれた名門研究所。
登場人物は、それまで目立った実績のない若手研究者、野心満々の共同研究者、一発逆転を目論む研究所上層部。
しかし、一向に追試は成功せず、世紀の大発見はほころびを見せ始める。
大発見の興奮が醒め、よくよく考えてみると、「神の手」によってなされた実験が成功した瞬間を見たものは本人以外おらず、実験ノートは存在しない。成果物も行方しれず。再現実験と称する実験データには、本来であれば数十年がかりのはずの結果がしれっと載せられている。本人の実験スキルや知識もどうも怪しい。
遂に発覚した実験データのコピペが動かぬ証拠となり、研究所も重い腰を上げ、徹底的な調査が行われる。
関係者は“実験データの取り違え”を主張して取り繕おうとするが、結局「世紀の大発見」は跡形もなく崩壊する。
当事者は研究所を追われ、ついでに、学生時代からの捏造癖までも疑われ、学位を剥奪される。

途中までどこかで聞いたことのあるような話ですが、これは、本書で描かれる、2002年にアメリカで起きた論文捏造スキャンダルの顛末。
我が国では、スキャンダルにまで独自性がないのかと、なんとも言えない気持ちになりました。
(いや、割烹着だの釈明会見で着ていたワンピースのブランドのといったワイドショー的要素は、オリジナリティがあるか)

考えてみれば、研究者の良心に依拠する科学のあり方は変わらない一方、科学を取り巻く環境が変化したこと(内的には極端な専門分化、外的には国家プロジェクト化や行き過ぎた実績主義)は世界共通の病理であり、科学者とて功名心があることを併せ考えると、スキャンダルのあり方も世界共通なのかもしれません。

本件の捏造者がかくもハイリスクな論文捏造にあえて手を染めた動機については本書では特に語られていません。
研究所上層部は発覚までの間は“成果”を最大限に活用して組織の生き残りを図り、発覚後も共同研究者の多くはお咎め無し、研究責任者とて致命傷までは負わず、捏造者本人に全責任が被せられたという結末からは、本書で捏造者の友人が述べているように、陰謀論に与してみたくもなります。
しかし、捏造者が「自身の思い描いた実験成功の空想を、頭のどこかで現実に起きたこととして置き換えてしまっていたのかもしれない」(本書p206)というのが、何かヒントになるような気もします。

本書は、NHKのドキュメンタリー番組が元になっているそうで、平易で、構成も優れており、まさに良質なドキュメンタリー番組をみているように、一気に読めます。
とくに、科学者たちが、「世紀の大発見」を信じてしまう心の動き(そしてそれは無理もない)を描くくだりは興味深く読めます。

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2014年05月07日

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