あらすじ
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一九七四年は、日本社会の転換点となるべき年であった。一九七三年のオイルショックを乗りこえ、その翌年、日本経済は世界に先駆けてV字回復を遂げたかに見えた。しかし、高度経済成長の記憶から離れられなかった当時の日本人は、「日本型」「日本人独自の」「日本らしく」といったやり方で危機を乗りこえられると思い込み、転機を見過ごしてしまったのだ。いかにして「会社主義」「総中流神話」が崩壊し、ネオ階級社会が広がっていったのかを検証する。
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Posted by ブクログ
日本は明治維新以来、富国強兵の旗の下、日清戦争、日露戦争と勝利し、国際的な列強に連なる事に成功した。その後、太平洋戦争での敗北を経て焼け野原の復興。
1949年にIMFに加入し、1ドル360円の固定相場となった。1971年8月15日ドルショックが日本を襲う。その1ヶ月前にはニクソンショックがあり、日本の米国に対する感情が変わるきっかけだったのではないだろうか。
さらに1973年にオイルショックがあり、本来ならばここで所謂日本式システムの見直しをするべきだったが、そのままずるずると続いてしまった。
1980年代には、パックスジャパーナに盛り上がったが、所詮バブルの夢に終わった。
1970年代には小野田さん、横井さんの旧日本兵が帰国する大事件があり、忘れかけていた戦争の記憶を呼び戻す事になって、日本人の戦争に対する見方が国内の世論を沸ける状態となった。