あらすじ
SNSで駆り立てられた「正義」.「真の弱者」から向けられた「偽りの弱者」への怒り.多くの人々が「この社会で損をしている」という思いに突き動かされている今,社会の至るところで噴出する「敵意」や「憎悪」から,私たちは何を聞き取るのか.そして,どう向き合うべきなのか.もっともクリティカルな日本社会論!
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Posted by ブクログ
このところの国政選挙で躍進した参政党。選挙のやり方が上手いのは気がついていたけれど、そもそも参政党とはなんぞや?なぜこんなに支持を集める?そこがわからずこの本を手に取ってみた。なるほど納得。現政権の支持率の高いことといい、それもこれも「曖昧な弱者」を生み出してきた日本だからか。再読して理解を深めてみたい。
Posted by ブクログ
第7章の図7-1と7-2は、現在における対立軸を図式化できてると思う。ただし、文化闘争から経済闘争に置き換える議論は特段新しいわけではないと思うが。けど、少なくとも、現状の説明として図は一定程度参考になると思う。
内容を、以下で簡単に整理してみる。
「曖昧な弱者」として想定されてるのは、非正規雇用者、中小企業社員、自営業者などの経済的にロウアーミドル層に分類される人々だという。彼らは、「明白な弱者」としての女性や外国人といったマイノリティと、その権利を守るリベラル派を敵対視し、それらと敵対する勢力と結託しているという。その勢力として挙げられてるのが、ひろゆきや高市総理などだという。彼らが「明白な弱者」とリベラル派に敵意を抱く根幹には、アイデンティティ・ポリティクスによる文化闘争があるという。
その文化闘争を経済闘争に変えようと述べるのが第7章の肝だ。そうすれば、弱者同士で連帯が生まれ、自らの権利を守るための社会制度設計を目指すことが可能になると、著者は述べる。
個人的に良いと思ったのは、現実として連帯できていない弱者たちが、それぞれの置かれた困難な状況を超え、連帯できる道を探っている点にあると思う。
ただ、ここで問われるのは、どのようにお互いの立場を超え連帯するのか、というところだ。そもそも「明白な弱者」が抱える困難と、「曖昧な弱者」が抱える困難は、彼らの置かれた立場を考えれば違うことがわかる。前者は社会における承認が得られないこと、後者は経済的に不利なこと、が主な困難だろう。では、それぞれ異なる困難を抱える人々がどうすれば連帯できるのか。これが失敗すると、両者は結局対立するだけで終わってしまわないか。
もう一つ。「曖昧な弱者」は、非正規雇用者、中小企業社員、自営業者などの経済的にロウアーミドル層に分類される人々としているが、この中にも大きな分断があるのではないか。たとえば、非正規/正規の雇用の違いは大きな分断ではないか。
このように考えると、「曖昧な弱者」内部にどれだけ意識としてのまとまりがあるのか、そしてそれをどれだけ前提として良いのかが微妙になってくる。実は、「曖昧な弱者」という分類自体が机上の空論で、実社会では存在していない可能性もある。
そうはいっても、社会全体で弱者概念をもう一度考えてみよう、という議論の初発としては、十分な提案だったようにも思う。
Posted by ブクログ
日本の現状を政治的な出来事、インフルエンサー、事件から読み解く本書。まず自分が政治についてあまりに、無知であることを知った。その上で左右、上下、新旧対立。リベラル、ネオリベラルなどいろんな立場の考えを知ることができた。
曖昧な弱者という言葉を定義することで、明白、曖昧、弱者、強者という切り取り方で今の日本の現状を、紐解いていく。ごちゃごちゃしていたものが読み進める中で、少しずつ整理されていくのが快感であった。
思ったことは、人はやはり、自分が可愛くて、無いものねだりする生き物であるということ。近年、メディアの発達もあり、人の立場みたいなものが多様化して、今まではっきりしてなかったものがどんどん出てきている。そんななか自分はどういう立場かを選び、設定し、他と比べ劣っているところを見つけては批判する。優っているところについては何も言わない。それは人の在り方としては当たり前のことなのかもしれない。ただ、今はそれを言いやすくなったということなのかな。
山上容疑者の分析は面白かった。エリートの家に生まれ、将来約束されていたが、母親と宗教によって壊れてしまった。世の中の全てを憎むような人生。それを自己責任と言われてしまう人生。それってあんまりだ。山上容疑者を生み出したのは社会なのかもしれない。そう考えた時、人は皆平等みたいに言うけどそんなことはなくて、生まれ、親でかなり決まってしまう。そうなったとき社会はどうあるべきか。自分としては何ができるか。様々な立場、属性がある中で、山上容疑者の人生のどこかで何か光が、優しさがあったらよかったなと思った。
また、弱さとは何かについても考えた。弱いってなんだ?赤ちゃんの弱さは強さでもある。でも守ることで弱くなるということもある。弱いのは悪いことなのか。誰が弱いを決めるのか。結局は自分の心次第なのか。弱い強いは絶対的なものでは無い。
意図的に弱いを設定して、それを助けることで恩を売るような、それって実は自分のため。マウントを取ることで自分の強さを誇示する。利他のようで利己。
最終的に思ったのは、わかったつもりにならないこと。対話を続けること。強い弱いにとらわれずに自分なりのペースで。そのためには、相手を尊重すること、相手の背後にあるものを読み取ること。そのための想像力を、高めること。それが大切。