あらすじ
陸上選手として三度オリンピックに出場し、世界大会で二度メダルを獲得した。それでも世界のレベルに愕然としたことは数知れない。なぜ彼我に差ができるのか。人間はどう学び、成熟し、技術が卓越して無我の境地すなわち「熟達」に至るのか。基礎習得から熟達まで、人間の成長を五段階に体系化。すると見えてきたのは「面白い」と感じる心だった――。「走る哲学者」が綴る、現代版五輪の書。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
良書。手元において、人生の中でたまに立ち止まりながら何度も読み返したい本。
為末選手、アスリートらしく思考や言語化もやり抜いていて、文武両道だなあと思った。
「守破離」とはよく聞くけれど、彼の持論では熟達までのプロセスは「遊(不規則さを身につける)→型(無意識にできるようになる)→観(部分、関係、構造がわかる)→心(中心を掴み自在になる)→空(我を忘れる)」という5つを辿るとのこと。
これはある領域に特定のものではなく、どんな分野の熟達においても共通。
特に彼が言っていた、「コーチをつけずに独学で色んな先人たちをパッチワークのように模倣していたから器用貧乏となり、壁を乗り越えられずにいた」というのはとても共感。私も、何につけてもこういうことに陥りがち(ダイエットやAI業界でのスキリングなど)。
今はネットが普及しWeb記事や動画、AIなどで色んな人のレビューや体験談、アドバイスに簡単にアクセスできる。それらを掻い摘んでいると、結局どうしたらいいの?あれもこれもそれもやればいいの?一通りやってみて、よく分からなかったなあ、となってしまう。面白いからやる、触ってみたいからやる、というフェーズ=「遊」ではそれでもよさそうだが、「熟達」したいのであれば、特定のコーチを見つけ従うのが良いな、と。
何か道に迷った時には、自分がこの5つの段階のうち、今どのフェーズなのかを意識して行動するといいとのこと。
私は「遊」フェーズにあるもの(まだ深めていく段階になく、色々と面白がって感覚に身を任せてやる)が多いかなあ。「遊」フェーズなのに、変に「型」フェーズの行動をとろうとして、知識ばかり・頭でっかちになって動けていないことも多い(情報発信業へのチャレンジや最新AIツールの使い方収集など)。
自分の立ち位置を把握すること・5段階の順番を間違えずに辿ること、意識していきたい。
今は育休中だけど、復職したら、自分の専門性を発揮できそうな領域で「観」「心」「空」を辿っていきたいところ。復職して仕事をし始めたら、また読み返そうかな。