あらすじ
解像度の高い人物たちと情景描写に惹き込まれ、 どんなに遠くてもなお鮮やかな恋の記憶が立ち上る。
――松任谷由実(シンガーソングライター)
こんなに泣いたら、きっと人生が変わってしまう。そんな恐怖とともに読み終えました。
――金原ひとみ(作家)
『国宝』の著者、待望の最新作にして、 作家デビュー30周年記念作品!
眩しい夏の初恋と、二十年後の再会――
あの日、二人は何を守り、何を手放したのか?
純粋なものに向き合ってみたいと思った。
眩しいくらい純粋なものに向き合った時、自分の心がまだちゃんと動くのか確かめてみたかった。
『タイム・アフター・タイム』は私なりの純粋なものをたくさん詰め込んだ小説です。
――吉田修一
「取り返しのつかない間違いをした。
でも、大切な人のそばからは離れなかった」
建設会社に勤める尾崎颯は、土砂降りの雨のなか、高校の同級生だった久遠愛と再会する。二人は同じプロジェクトの担当者として再び言葉を交わすようになるが、建築家のデザイン盗用疑惑によって計画は暗転。さらに尾崎の家庭にはスキャンダルが迫り、久遠もまた、癒えない心の傷を抱えていた。
揺れ始める心はやがて、二十年数前の夏へと引き戻されていく。
青く輝く海と空に歓喜したあの頃と、眩しさを見つめ返せない今――東京と長崎、現在と過去を往還しながら、痛みも後悔も優しさも、すべてを抱きしめてあたためる長編大作。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
"オッソー、久遠"このリフレイン、寝ている間にも出てくるくらい私の記憶に残りました。恋愛小説は苦手なのかなぁ?と感じていた吉田修一さん、国宝の芸術の素晴らしさを言葉で世界観を表現した様にただ普通の恋愛小説では無くて清らかで、ただひたすら一生懸命に生きて愛を紡ぎ続けて行く様はあっぱれです。ラストが少し簡潔?簡単すぎなのでは?と思うのは私が昭和の人間だからかなぁ?
文章の構成もよく出来ています。
とにかく今年今まで読んだ単行本のなかでは押しも押されもせぬNo.1の作品でした。
Posted by ブクログ
ジェンダーとかフェミニズムとかLGBTQとかハラスメントとかポリコレとか人類永遠の課題ばかりがストーリーになる時代に、これほど純粋な物語に出会えてよかった。苦しくて切なくて誰もが逃げ出したくなるような状況でも、決して下を向かず弱音を吐かず楽しさに身を委ね、己の信念をもって暮らす主人公たちがまぶしい。後から振り返って、なにがあんなに楽しかったんだろって思うことでずーーーっと笑ってられる時期ってあるよね。時間が溶けて、1分1秒が惜しくて、明日も明後日も、一生一緒にいたいと思える、そんな恋をしたことがある人に読んでほしい。
Posted by ブクログ
100ページ目くらいから何だかずっと泣きそうで、終盤は少しだけ泣きながら読んだ。
現時点の圧倒的な今年のベスト。読んでいる間ずっと登場人物が自分の中にいる感覚で、主人公が見ている景色見えた。こういう経験ができるから読書が好きなんだな、と思う。
李相日監督で映画化するんだろうな。
Posted by ブクログ
日経新聞に2025年4月1日から26年4月12日まで一年間連載。
日経電子版で読んだ。
最初はとっつきにくい感じがした。
現代ビジネスマン、ビジネスウーマンを主役としたビジネス小説かと思ったのだ。
それは、間違いではなかった。
しかし、それは本作の一側面。
40歳の登場人物たちの中には、積み重なった濃密な時間が堆積している。
それをタイトルの『タイム•アフター•タイム』は表している。
時の堆積の中でも、とりわけ特権的な時が存在する。
登場人物たちにとっては、それは18歳の時。
「タイム」は現代と18歳の時代を往還し、そして18歳から40歳までの時の蓄積をも炙り出してゆく。
本作を毎朝読むのが楽しみだった。
そして、完結するともう一度最初から読み返した。
一言で言えば、傑作恋愛小説。
後味が爽やかなのが、良い。
オレンジの爽やかな香りが漂って、物語は終わる。
輝かしい黄金の時を超えて、それから先は、銀、銅、鉄と凋落の一途を辿る。。。と古代ローマ人は考えた。
青春時代が、「黄金時代」だ。
青春時代は誰もが輝いて見える。
その内実には、当然、苦しさも絶望も悩みもある。
しかし、それでも、過ぎ去ってみると、青春時代は夏の輝きに満ちて見える。
だが、人生は夏だけなのか?
春の、秋の、冬の醍醐味もあるのではないか。
苦しく悲しいことがあると、自分も、自分の人生も肯定することが出来なくなる。
自分の人生は間違っていたのではないか。
そうした問いは、何も生み出さないと分かってはいても、問わずにはいられない。
人生を肯定するのは難しい。
まして、主人公の久遠愛は、息子を生まれる前に失っている。
そして、それがきっかけで、夫との間もうまくいかなくなり、離婚を経験する。
だが、彼女は、自分を遠くからずっと見守ってくれていた人がいたことを知る。
自分の輝かしき青春時代、しかし、大きな挫折を体験した沖縄に、その人はいた。
その人は、彼女の息子の存在を認めてくれていた。
そして、彼女が肯定出来ない人生を全肯定してくれていた。
その人の存在と、大きな愛によって、ヒロインは名前通りの久遠の愛を理解して、自分の人生を肯定することができる。
そして、その恩人も大事な人を失っており、久遠の存在に救われていた。
この小説には、密かに対抗する作品がある、と思う。
「密かに」と言うのは、作者はそのことを公言せず、ヒントを小説に忍ばせているだけだからだ。
「対抗する作品」と言うよりも、「オマージュを捧げた作品」と言うべきか。
それは、三島由紀夫の『潮騒』だ。
共に、離島を舞台とした若者の純愛を描いているので、当たり前の指摘だと思うかもしれない。
だが、それだけではない。
この作品の中に、はっきりと『潮騒』が刻まれているのだ。
一つは、端的に「潮騒」と言及されている箇所。
それは小説『潮騒』への言及ではない。
それは、秩父にあるスナックの名前として登場する。
主人公の尾崎颯=オッソーが妻の実家秩父で、義理の兄に連れて行かれるカラオケ•スナックの名前が「潮騒」なのだ。
それも冒頭に近い(連載の17)でのことだ。
そして、スナックのママが出すのが、沖縄の石垣島名産の八重山かまぼこ、と来ている。
何故、秩父の山の中で、よりによって「潮騒」なのか。
何故、唐突に出されるのが沖縄の名産品なのか。
本書の白眉は、ヒーロー、ヒロインの沖縄での半年間の青春時代であることはいうまでもない。
『潮騒』においても、沖縄は非常に重要な役割を果たしている。
主人公の漁師新治が、船で沖縄に向かい、台風で立ち往生するのが沖縄の「運天港」。
運天港において、新治の命懸けの行為によって、船は座礁を免れる。
それは新治にとっての重要なイニシエーションの場所だった。
そして、『タイム•アフター•タイム』の主人公たちが、離島に向かう港も「運天港」。
これは偶然ではない。
「運天」とは、運は天にあり、のことで、人智•人間の努力の及ばぬ天(神)の計らいのことを意味する。
ヒーロー、ヒロインの人生にとって、運天港は、まさにイニシエーションをもたらす場所だった。
そして、『潮騒』の主人公新治も、『タイムアフタータイム』の主人公オッソーも当年取って18歳。
これだけのヒントを散りばめながら、『潮騒』に匹敵する現代の神話を描こうとしたのがこの作品だ。
そして、もう一言だけ言えば、この小説は「アンドロギュヌス」小説だ。
おいおい、純愛小説をして「アンドロギュヌス」小説とは何ごとか、と思う向きもあるかもしれない。
しかし、それは退廃した「アンドロギュヌス」を思い描いているためであって、本来の「アンドロギュヌス」小説は、崇高な哲学的小説を指す(と、『夢の宇宙誌』で澁澤龍彦が語り、それに三島由紀夫は賛意を示していた)。
マルグリット•ユルスナールは『潮騒』の主人公たちを「一種のアンドロギュヌスのようだ」と語っている。
このユルスナールの鋭い指摘を踏まえると、『潮騒』を現代に甦らせた『タイム•アフター•タイム』の主人公たちも間違いなく「一種のアンドロギュヌス」なのだ。
ひとは何故他の人を恋するのか?
それは元々一つであった肉体が神によって分割されて、男女になったからだ。
そうとでも考えない限り、この互いを希求する心は説明付かない。
人間の根源的な、人を恋する気持ちを納得させる概念として生み出されたのが「アンドロギュヌス」概念だ。
「アンドロギュヌス」とは理想の「完全人」のこと。
すべての神話は人間の起源を「アンドロギュヌス」に求めている。
三島は美しいアンドロギュヌス神話を『潮騒』に描いた。
そして、潮の香りが漂うこの作品にも『潮騒』とアンドロギュヌス神話が背後に常に流れている。
人を恋した経験のある人全てに。
蛇足で、オッソー、久遠の誕生日について。
尾崎颯(オッソー)と久遠愛が「アンドロギュヌス」であることを示すのが、その誕生だ。
二人は、同じ年の同じ月、そして同じ日に生まれている。
それはいつか?
年は、正確な特定は出来ない。
高校を卒業をしてから20余年、二人は40代と書かれている。
40歳であれば、1986年。
だが、正確な情報は与えられていない。
但し、1986年生まれであれば、18歳の時は2004年。
夏のアテネ•オリンピックについても、10月の中越地震についても、触れられていないので、1985年生まれかもしれない。
だが、誕生月と誕生日は特定できる。
二人は、京都から東京行き「のぞみ」に乗るが、同じ車両の同じ番号を予約したために、隣同士になる。
それは「15」だった。
そして、それは誕生日だから、だと言う。
これで、「15日」は確定した。
では、月は?
二人が、同じ車両の同じ番号を予約した、と言うところに鍵がある。
二人が出会ったのは、「五号車」だ。
であれば、誕生月は「5月」なのか?
それは、後に、二人で誕生日を祝う場面で確定する。
「5月」のゴールデンウィーク明けに、ちょっと早いが、誕生日を祝おうと言っている。
こうして、二人の誕生日が「5月15日」であることが分かる。
何故、そんなことにこだわるのか?
私の誕生日も5月15日だからだ。
閑話休題。
Posted by ブクログ
大人の完成度の高い恋愛小説。
高校生に出会ったオッソーと久遠のその後。
日経連載中は、通勤途中に必ず一番先に開き、毎日キュンキュンしつつも吉田修一らしさは忘れません。「そんなに主人公をいじめないで!」とハラハラしていました。
そうなるでしょうね、の結末。一方で二人の未来は読者に任せられたとも思いました。
必ずもう一度読みます。
ドラマ化した場合の配役を想像しつつ。