あらすじ
戦争は、いつか終わる。
でも、はてしなく何かを奪い続ける。
あなたの隣で生きていたかもしれない彼女たちの
声なき声が聞こえますか?
都会に暮らす「わたし」の日常を大きく変えた、横浜空襲・大阪空襲を描く二篇
『世界の果てのこどもたち』『伝言』の著者による新たな挑戦!
「穴の中の戦争」
森さんちの裏に掘られた防空壕
恋もやっかみも悲しみも愚かさも、小さな社会がそこにあった
「愛子さん」
失われてしまった人生、きらきらしとったはずの人生――
真夏のある日、七十九歳の愛子さんは渋谷に向かう
いまと地続きの「戦争」を描く感動の二篇
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
戦争。戦後。補償。
戦争状態しか知らないこと。
その時を必死に生きて、そこで補償はしないと突き返されること。そのことへの世間の目。
それでも自分も加害者だったことに気づくこと。
とにかく読んでいて苦しくなるけど、目を逸らしてはいけない。
戦争はいけない。
Posted by ブクログ
横浜空襲と大阪空襲が描かれる。
著者の筆力に圧倒された二篇目。
愛子さんの壮絶な人生に息を詰めるしかなかった。
「穴の中の戦争」
白楽二丁目に掘られた防空壕に集まる隣組の5家族。隣組魂を説く組長。防空演習に出てこない白井さん。その息子の優介さんにお姉ちゃんは恋している…。「わたし」美智子の視点で、穴の中の人間模様が語られていく。
「愛子さん」
あれは、なんやったんやろうな…
防空頭巾とモンペ姿で穴の中に逃げる。
1945年6月1日、大阪に焼夷弾が降る。
家を焼かれ両親を亡くし、私の足は…。
もう失うものはないと思っていた。
親戚の家に厄介になり女学校を退学。
「ばけもんのくせに」夫の吐く一言が忘れられない。逃げ出した愛子さんは住み込みの家政婦になり、坊ちゃんと過ごす時間に安らぎを覚えていたが…。
わたしかてきれいやったのに
あんなにきらきらしとったのに
戦争で失われへんかった人生を
いつも見とる
わたしはもうすぐ80歳
戦争は終わったはずやけど
わたしの戦後は続いとる
若さも夢も希望も
全て奪われ耐えてきた
声を上げればたたかれる
何でわたしだけ
人の心はばけもんになる
羽化した白い蝉は
あっというまに黒くなる
溢れかえる人の波
行くあてもない
これで一人 あと六人…
わたしを見つけて
わたしを早う捕まえて
Posted by ブクログ
わたしかてきれいやったのに。
あんなにきらきらしとったのに。
もう、取り返しがつかへん。
戦争があったことは知っているのに、そこに生きていた人がどんな思いをしていたのかは知らなかったのだと思った。
戦時中は、我慢することが当たり前でおかしいと思うことすら許されなくて、戦争が終わっても奪われたものは返ってこなくて、ただただ忘れられる。
どうしたらよかったんだろう。どうしたらいいんだろう。
愛子さんのように苦しんで苦しんで、手に入れられなかったものを数えるしかない人がいたかもしれないことを忘れてはいけないと思った
Posted by ブクログ
軍人には(戦犯とされた軍人にも)恩給が出るのに、一般の戦争被害者には何の保障もない。ドイツでは広く一般の人たちまで保障されているのに。
これは知っていた。日本酷いなと思っていた。でも「愛子さん」を読むまで、その、一般の戦争被害者の方達の、辛さも悲しさも悔しさも想像できていなかった。
愛子さんがかけられた言葉「戦争やからしょうがない」これを言ってしまったらあかん。
そして「しょうがないね。戦争になっちゃったけど」ということがありませんように。
Posted by ブクログ
せっかく戦争を生き延びても、全然幸せになれないまま80才になった愛子さんの話。こういう方も、沢山居られたのだと思う。
戦後補償のこと、あまり知らなかったので調べたところ、日本では民間人に対する補償が全くなかったのに対し、同じ敗戦国のドイツやイタリアでは、軍人だけでなく民間人にも、国が医療や年金などの補償をしたそう。
侵略や植民地支配により、アジアの国々に多大な損害と苦痛を与えたことも忘れてはならない。
より戦争しやすい国になっていかないよう、出来ることはしなければ!
Posted by ブクログ
戦争もの。
<穴の中の戦争>
戦争が集団を狂気に至らしめる。犬の拠出。金物の拠出。国債の買い入れ。無謀な勇気。主に防空壕をめぐる話。最後、セミの姿にいのちの強靭さを象徴させている。
<愛子さん>
こちらは前作に比べると段違いにすごい作品。恨みや絶望がこれでもかと胸に迫る。結末も納得がいく。戦争もあるけど、国家もあるけど、なにこの理不尽さ。人生とはそういうものだけど、ガチャとか可愛い言葉では片付けられない現実。
Posted by ブクログ
空襲で破壊された家々や鉄路も、怯えながら篭った防空壕も戦争が終わればやがて修復と埋め戻しによって以前の姿へと戻されてゆく。それは人々がそこで生活を続けていく以上必要なことではあります。けれど同時に、ほんの少し前まで生傷であったものが、ある日を境にただの痕跡として淡々と処理されるものに変わってしまう戦後という時間に対して、私はどうしても言葉ではうまく表せない蟠りを抱えてしまう。そしてその時間の流れの中で何より悲しく苦しいのは、街がどれほど直され整えられても、戦時下の空気という真に無意味な暴力に毟られ、抉られ、踏み潰されて空けられた心の空洞へは誰も責任を取ってくれず、戻してもくれないということです。終わりを迎えても本当には終わらない戦争をいま新しく始めない為のアクションをこの先も国には選択し続けて欲しいし、私という個人のレベルでも声をあげていきたい。たとえそれが小さくても。
Posted by ブクログ
「穴の中の戦争」は、隣組で作られた防空壕の中でのやり取りが描かれています。
弱い者、持たざる者への圧力、お国のためにと差し出される命、新たに生まれる命、何度も繰り返される空襲に翻弄される隣組という小さな社会。
焼け野原となった大空襲でも、この隣組は犠牲者なく戦争が終わる。
「愛子さん」は、犠牲になった側の物語です。防空壕は何も守ってはくれませんでした。
何も失わなかった側とは、大きな隔たりがあります。
同じ戦争の時代を生き抜いて来たはずなのに、愛子さんは、持てるはずだった多くの未来を奪われることになります。戦争からだけではなく、戦後の生活からもまた奪われ続けます。
安定した生活を長く続けることはできず、さまよい奪われ続けます。
なんや知らん。諦めるのんだけは上手うなった。
諦めてしまうしかなかったか。奪われるしかなかったかと。言葉が出てきませんでした。
なくならない戦争は続いています。