あらすじ
私には《暗黒の十年》がある。それは受験に失敗した十八歳から、大学に職を得る三十二歳までに体験した壮絶な孤独の年月である。しかし、人生のうちで孤独を徹底的に掘り下げ過去の偉人たちと地下水脈でつながる時間は、成長への通過儀礼だ。孤独をクリエイティブに変換する単独者のみ、到達できる地点は必ず存在する。本書はそんな自らの経験を基に提唱する「孤独の技法」である。(解説・小池龍之介)
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Posted by ブクログ
「自期力:自分に期待する力」を軸に、自分自身を孤独の場所に置くことを積極的に肯定していく本
「自分はできるはずだ」と「結果を出せ」という2つのキーワードが特に印象に残った。自分がかなりエピソードトークが響かない人間なため、筆者の孤独の経験に関してはそれほど興味はわかなかったけど、一つ一つの方策がどのようにして良いのかを考えるだけでも「自期」ということを積極的に肯定する一助になる気がする。自分を嫌わないようにしたい。
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自分に期待することは、口で言うより難しい。才能のある人はもちろん自負の念が大きいとは思うが、実際はみずからに期する思い、言うなれば自期力は、それほど才たか能とは関係がない。だが、才能の多寡よりもむしろ、自期力が大きいほうが伸びる養分になりうるから、結果的に成功していくというのが順序という気がする。つまり、そのみずから期するものを大きく育てていくような孤独の時間こそが大事なのだ。
p145
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Posted by ブクログ
【きっかけ】
2013年12月の孤独な時期に読んだものを再読した。(2020年4月)
鴻上尚史『孤独と不安のレッスン』を最近読んだので、「孤独」つながりで本書を再読した。
【印象的だった箇所】
・翻訳にトライ(p74)
言語が日本語だとするりと読めてしまう。一方、日本語ではない言語の翻訳はペースが限られる。そのため、読書をする際のペースメーカーになる。古文や漢文でもOK?
・女性は孤独の時間の使い方がうまい。(p103)
杏里『オリビアを聴きながら』
・中原中也、小林秀雄、長谷川泰子の三角関係(p138)。
小林が中也と同棲していた康子を奪った。
・ハイデッガー『存在と時間』と「メメントモリ」p152
死を自覚することで、自分の可能性を見つめられ、生きることに目を向ける。
・失恋や友情の終わり。p161
すぐにその気持ちを吹っ切るのではなく。その感情に浸りきる。
・堂本剛の例、孤独と楽器 p165
堂本剛は、人といてもどこか一人であることを受け入れている青年なのだろう。
孤独になるということは自分の泉を掘り下げていく行為。ピアノは孤独の影がつきまとうが、ヴァイオリンは子供時代さぞいい子だったのだろうと、つい嫌みな見方をしてしまう。
ピアノが弾けることは、その背後に孤独に練習をし、孤独と向き合ったことの証になる。
・孤独を大事にし、一人の時間を大事にする女性が評価されないのは、歯痒い p169
・成長とは、精神の心地よい状態からの断絶。p172
収集癖のある人(=コレクター)で、魅力的でなく精神的に幼く見えるのは、興味の対象がモノに向いている人。魅力的なコレクターは、その収集を通じて、自分を確立させ、他者ともつながることができる柔軟で開放的な人柄。対象が自分の目指すべきヒトに向いている。
・孤独と教養の関係 p179
教養を軽視し始めた80年代から、人々は孤独と向き合えなくなった。教養があれば孤独を笑い飛ばせ、孤独をうまく付き合っていける。例:孤独でどうしようもないとき「まるで『変身』のザムザみたいだ」など。
・音楽を聴いたり、メールをしたりしているだけでは、孤独の地下水脈が掘られない。本を読むことで精神の掘り下げができる。p181
・子どもの読書と大人の読書 p183
中学生で本を読まなくなったというのは、子どもの読書から大人の読書に移り切れていない。子どもの読書はファンタジー系のものが多く、大人の読書は自分の精神と向き合うもの、孤独をちらつかせているものが多い。
・孤独は取り扱いを間違うと劇薬になる。p188
鴻上のものは具体的な行動が書かれており、こちらは理論というか、考え方が書かれている。あと、筆者の体験談が多い。