あらすじ
手話通訳士・荒井尚人は、NPO法人「フェロウシップ」からの依頼を受けて訪れた障害者作業所で、盲ろう者の通訳の現場に立ち会う。 人と人との接触が制限されたコロナ禍、視覚と聴覚の両方に障害を持つ彼らのコミュニケーションの場が失われていたことに気づき、 尚人はその境遇に愕然とする。一方、長女・ 美和は、猛勉強の末に幼馴染みの漆原英知とともに、埼玉県内の私立の進学校に進む。部活に力を注ぎながら進路と英知との関係に悩む日々。そして妹の瞳美は、日本手話での授業が実施されている公立の特別支援学校に通い始めた。母親のみゆきも刑事として忙しい日々を送る。そんなある日、瞳美の通う特別支援学校で、大事件が巻き起こり、前代未聞の裁判に荒井家は巻き込まれてゆく──。〈デフ・ヴォイス〉シリーズ堂々の完結編。
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Posted by ブクログ
「デフ・ヴォイス」シリーズ5巻目であり、完結編。もっとも、あとがきによればスピンオフの「刑事何森」シリーズは継続し、その中で主人公・荒井ファミリーの今後も語られるようです。(「刑事何森」には手を出していないので…)
やっぱり、このシリーズは良いですね。
物語の後半は、北海道立札幌聾学校の訴訟を題材にしています(あくまで題材であり、結末は異なります)。「日本手話を基盤として、日本語の読み書きや学ぶ力を育てる」と謳っていた同校が、人員不足から「日本語対応手話」へと変更し、生徒が授業についていけなくなったことが発端となった訴訟です。
文法から異なる「日本手話」が先天性聾者にとって学びやすい独自の言語であるのに対し、「日本語対応手話」はあくまで日本語を手指の動きに置き換えたものに過ぎません。これはシリーズを通じて扱われてきた重要なテーマです。
そうした聾者、ひいては障害者の問題を、安易な感情論に陥ることなく真摯に取り上げて深く掘り下げていく姿勢が見ごとです。さらに主人公一家(コーダである主人公、警察官の妻、妻の連れ子である長女、結婚後に生まれた聾者の次女)の交差する思いの描写も実に秀逸です。
スピンオフと言わず、また10年でも20年後でも良いから、続きを書いてくれないかな。
タイトルの「夢見る言葉」は、次女が手話で寝言を言う(身体を動かす)姿に由来しています。考えてみれば、日本手話で育ったお子さんは、頭の中でも日本手話で思考しているのですね。
ちなみに、小児の情報獲得における音声言語と文字言語の比率は、以下のように変化するそうです。
乳児~小学校低学年:音声 9:文字 1
小学校中学年・高学年:音声 5:文字 5
中学校~成人:音声 3:文字 7
低学年までは、聴者は音声日本語で、聾者は日本手話で育ちます。そこに情報媒体として日本語の「文字」が加わります。しかし、日本手話は文法構造や表情・動きによる情報があまりに多様で文字化ができないため、「日本手話で書かれた教科書」を作ることができません。そのため、聾者はこの時期から日本語とその文字体系を学ぶ必要があります。日本で生きていく以上、周囲のコミュニケーションは圧倒的に日本語で行われるため、日本語を習得しなければ非常に厳しい環境に置かれてしまうからです。
生徒たちは、最初は日本語で情報を得て、それを日本手話に変換して理解するのでしょう。ただ作中では、「思考を深めるために、まずは(思考の言語である)日本手話を充実させるべき」とする聾者側の主張と、「社会適応のため早期に日本語を習得させるべき」とする聴者側の主張の対立が鮮明に描かれています。
物語の最終盤、コーダ(手話文化の中で育った聴者)である主人公が証言台で語る言葉が見事です。
「今この場にいる原告側の証人が全員『聴こえない人』であり、被告側は全員『聴こえる人』です。この事実がすべてを物語っていると私は思います。
最後にお願いです。ろう児のことはろう児に。ろう者のことはろう者に、かつてろう児だった人に。どうするのが一番いいのか、訊いてもらえませんか。
今まで私はろう者の言葉を代弁しようと思ったことはありません。そんなことはろう者ではない私にはできないと思っていたからです。しかし、今だけは彼らに成り代わって言います。
私たちのことを、私たち抜きで決めないでください。
――これで陳述を終わります」
この問題は、外国人児童への言語教育問題にも通じます。
戦前、私の大叔父たちはカリフォルニアへ移民しました。彼らから送られてきた写真の中に日本語学校開設式典の一枚があり、立派な校舎や子どもたちの姿を見て、なんとなく日本の普通の小学校のような場所をイメージしていました。しかし考えてみれば、現地で生まれた二世たちの言語は英語だったはずです。気になって調べてみると、やはり子どもたちのメインは現地の公立学校(英語)であり、日本語学校は放課後や休日に通う補習的なものや、日本固有の伝統・文化を伝えるための学校だったようです。英語の不得意な親の家庭の日本語環境からいきなり英語の学校へ放り込まれた当時の子どもたちの苦労は、察するに余りあります。
そして現在、日本ではその逆の現象が起きています。多くの外国人が来日・定住する中、その子どもたちの教育は?当然、私に答えなどありません。でも多分「私たちのことを、私たち抜きで決めないでください。」なのでしょうね。そんなことを考えてしまう作品でした。
Posted by ブクログ
デフヴォイス5巻目で完結。学びのたくさんあるシリーズでした、ここまで書き続けてくれた著者に感謝です。あとがきで入口になり出口を示すような本になったら、とありました。問題提起には十分だと思います。正しい答えはわからない、けど当事者抜きに考えないで、声を聞いてほしい、この気持ちを誰に対しても忘れないよう心に刻みます。高校生になった美和が英知に惹かれるのは荒井に似てるから?わからないことをはっきり伝え思慮深い所がいいよね。ろう者の瞳美が小学生になりみゆきは警察内で昇進のため籍を抜くなど毎日時計は進んでる、今後のみんなを見たい気もするし、私達が考えるべき事かな。素晴らしい作品でした、出会えてよかった!
Posted by ブクログ
ろう者が置かれている厳しい状況を、夫婦のすれ違いや互いの仕事との向き合い方、家族の問題や聾学校における子供たちの言語の問題など、ろう者と関わる事なく育った者として考えさせられる小説だった。
スッキリと終わらない物語も、ろう者にまつわる問題の複雑さを表しているようだった。
Posted by ブクログ
『デフ・ヴォイス』シリーズ完結編
このシリーズを読み始めた時、自分は健聴者だったが6年前に進行性難聴を発症し、今は中等度難聴者で補聴器を装着している。
手話教室にも2年ほど通ったので、この表紙絵の手話が「家族」を表していることもすぐに分かり、今回は荒井の家族の話なのだろうと思った。
一つの家族の中に、健聴者・コーダ・聾者が存在する。
聾である瞳美の母みゆきは健聴者であまり手話が得意でない。父親の荒井はコーダで手話も口話も同じように使いこなす。みゆきの連れ子である美和は幼少期から荒井に手話を習っていたので堪能だ。
それだけでも、コミニュケーションの取り方に違いが出るだろうし、互いの理解の度合いも変わってくるだろう。
完結編では、美和の私立高校進学によって瞳美の進学先を公立の聾教育を行う小学校に選んだが、教員や校長の異動により問題が生じる。
それがきっかけとなって、家族の歯車が見えないところでズレ始める...
聾者の公教育の平等性についても、その問題の大きさが分かる。自分たちの教育を自分たちで選ぶことができないのはおかしい...マジョリティに投げかけられた大きな問い。
完結編だからと言って、収まりよくまとめられていないのが本当に良かった。
家族一人一人を取り巻く問題が解決したわけではないが、ひとまず保留したり、どこかで折り合いをつけていく姿がリアルで読み手を引き込む。
冒頭に書いたように、現在私は中等度難聴だ。でも障害者認定は受けていない。
日本の難聴者の障害者認定基準はとてもハードルが高く、中等度難聴では健聴者とみなされる(補聴器がなければ、間近で聞かない限り殆ど何を言っているか聞き取れないが)。
たとえ認定されても補助は制限が多い。補聴器も性能の良いものは補助対象外となることが多く、私の知り合いの難聴者も補聴器は高額だから片耳だけという人も多い。
聾者は聾者のコミュニティがあり、健聴者はマジョリティなので言わずもがな。
中途失聴・難聴者は発症した時期により、手話の習得度合いも違うし、コミュニティを見つけにくい。
また自分だけ手話を覚えても、家族が覚えていなければ、家族間のコミュニケーションも難しく孤独になりがちだ。
そんな人々の話も書いてほしい...。
美和と英知、荒井家のその後も気になるので、著者丸山さんも触れていますが、是非スピンオフを!
Posted by ブクログ
デブ・ヴォイスシリーズ完結編。
今回、荒井とみゆき、美和と英知、瞳美たちろう者と学校など分かり合えないものや踏み越えられないものとどう向き合うか、折り合っていくかがとても難しいテーマだった。
美和と英知の関係にはいつもどこか同じような気持ちになるのことに難しさを感じてたので想定内だけど、まさか荒井とみゆきがこの様な結論を出すとは。
色んな意味で本当に考えせられた内容だった。
このシリーズも遂に、とうとう完結となり寂しさもあり感慨深い。あとがきにあるように、社会人になった美和と英知に別作品でいあからまた会いたい。
Posted by ブクログ
11冊目の丸山正樹さんはデフ・ヴォイスシリーズの第5弾。なんとこれでシリーズ完結なんだそうです。大好きなシリーズなのでさみしいです。
こちらのシリーズは、コーダ(耳の聞こえない両親から生まれた耳の聞こえる子ども)であり、手話通訳士である荒井尚人を主人公とした社会派小説です。
今作では荒井の妻で警察官のみゆき、みゆきの連れ子で高校生の美和、生まれつきろう児で小学生の瞳美、の家族4人を中心としたお話でした。表紙の手話は「家族」を表しているそうです。
「CODAコーダ」はもちろん知ってましたが、美和のように「聞こえない兄弟姉妹をもつ聞こえる兄弟姉妹」のことを「Sibling Of Deaf Adult/Children(シブリング・オブ・デフ・アダルト/チルドレン」略して「SODAソーダ」と呼ぶんだそうです。
ちなみに重い病気や障がいのある子どもの兄弟姉妹のことを「きょうだい児」と呼ぶそうですね。こちらはこのお話には出て来ませんが、最近知りました。
盲ろう者や指点字については、以前、東京大学で盲ろう者としては世界初の大学教授となった福島智さんの著書『ぼくの命は言葉とともにある』や福島さんの半生を描いた映画『桜色の風が咲く』で履修済み。でも触手話は初めて知りました。
美和の受験や恋愛だったり、みゆきの仕事、さらに瞳美の教育問題などなど…荒井家を通じて家族のあり方や社会的な問題まで考えさせられます。
シリーズ最初の頃の荒井は、ろう者たちに対して一歩引いた関わり方だったような気がするんですよね。そんな荒井がろう者たちの気持ちを代弁するまでに…そんな荒井の変化にも胸がアツくなりました。
描き方は感情的にならず丁寧で、ラストも大団円ではないところが、とてもリアルで丸山さんの真摯な姿勢が伺えます。
丸山正樹さんの著作はいつもあとがきも楽しみにしています。丸山さんのこちらのシリーズへの思い入れも知れて嬉しい。
デフ・ヴォイスシリーズは残念ながらこれで完結ですが、スピンオフの『刑事何森』シリーズは続編があるらしいので、楽しみに待ちたいと思います。
Posted by ブクログ
まずはデフヴォイスシリーズが完結とのことで非常に残念ではあります。手話通訳士なる職業があることを知ったのは大変意義のあることでした。アラチャンとみゆきの離婚届の意味を知った時の衝撃は計り知れないものがありました。スピンオフがあるかも知れないとのことで期待大です。あなたもぜひ読んでこの意義のある作品をよく考えて見て下さい。
Posted by ブクログ
手話通訳士荒井。妻のみゆきは警察官、長女美和は高校生、次女瞳美は小学生。みゆきは望みの仕事に就きたいなら、上層部から〇〇しろと言われる。美和は恋と受験に悩む。瞳美の日本手話ができる先生が辞めてしまい、授業が分からなくなってしまう。
素晴らしい小説だった。手話やコミュニケーションについて大いに考えさせられる。たぶんネタバレにはならないかと思って書くと、ラストの裁判のシーンが圧巻だった。リーガルミステリーを読むと、殺人事件の裁判について多く書かれているので読む機会はあるが、こういうタイプの裁判について読む機会はなく、新鮮であり、かつ裁判における双方の言い分のぶつかり合いとそれぞれの巧さが読ませる。シリーズは終わりなのが残念。