あらすじ
材料がない、儲からない。
それでも伝統の担い手たちが「つくり続ける」のは、なぜか。
新しさ追うデザイナーから異色の転身、発酵の専門家となった著者が出会ったのは、
土地の〈記憶〉を未来へとつなぎ、自然と隣り合って生きる、
弱い人間の強かな“生存戦略”としての「伝統」だった――。
哲学・文化人類学・民俗学など複数の領域を縦横無尽に行き来する著者が、
ジョージアワインから日本酒、民藝まで、豊かで芳醇なエピソードとともに見せる、
驚くべき「小さな伝統」とものづくりの世界。
「つくるのは私ではない、微生物である」と味噌や酒をつくる醸造家たちは言う。
それは「つくる」を手放すということだ。
――「第4章 民藝 つくることの伝承」より
伝統が、ひとりの個人としてこの社会に生きることからの逃避になってはいけない。
今僕たちに必要なのは、すぐとなりの誰かを信じるための足がかりとしての伝統だ。
――「第4章 民藝 つくることの伝承」より
▼内容紹介▼
〇 歌舞伎だけじゃない! 醸造蔵にもある「襲名制度」
〇 共産主義によって「消滅の危機」に瀕していたジョージアの伝統的ワイン
〇 日本人とクジラの「深い関係」浮かび上がる、佐賀県呼子の松浦漬け
〇 美味しいお酒づくりの極意は「『自分』を殺す」こと
〇 「土の声を聞く」ために技術磨く、沖縄の伝統的焼き物やちむん
〇 ヒトラーは化学肥料を嫌っていた……排外主義と有機農業が「結びつく」瞬間
〇 岡本太郎の民藝批判にみる「オンリーワンうんち野郎」の精神
〇 ぎふ長良川鵜飼の「となり合う」伝統
▼目次▼
プロローグ あなたにとって、伝統とは何ですか?
第1章 大文字の伝統と小文字の伝統
第2章 「歴史」の誕生、さびしさの地平融合
第3章 発酵 見えないものとつむぐ伝統
第4章 民藝 つくることの伝承
第5章 鵜飼 異なる存在と、風土を旅する
エピローグ 向かい合うな、となり合え
ブックガイド
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Posted by ブクログ
小文字の伝統とは身体性であると思う。
手仕事、語り聞き、歩くこと、嗅いで食べること。
そういったことで意識に世界を伝える身体感覚がなければ、世界はわかりやすさに席捲されて、いつか私たちも忘れられてしまう。
せめて忘れる前に思い出していきたいと思う。
Posted by ブクログ
伝統や歴史、文化など大きく抽象的なものであっても、個人としてどう向き合い考えて動くのか、自身の趣味でいうと銭湯であったり町づくりであったり、いろんなところで立ち止まって考えないといけない、これからの時代どうやって生きていくか、生活と伝統をもう少し距離を縮めることができないか、もっと身近に色々な伝統があるのではないか、いろんな問いをもらった気がする。そんな中でもとりあえずできることとしての「買い支え」は引き続きやりつつ、次のステップも模索していく。
「これは本書の問題意識と同じだ。伝統は固有の歴史や風土から生まれる。いっぽう、すべての人が自由な個人として生きる社会で、文化の違う人たちと生きるために、伝統の特殊性を、普遍性とどう接続するのか。ヘルダー的な「それぞれの固有の物語」に安住している限り、分断はなくならず、力の強い大文字が小文字を駆逐していくだろう(そして駆逐された後、僕たちはほんの一時悲しんだ後にすぐに忘れてしまうのだ。老舗の食堂の閉店のように)。」
「むしろ、ルールが適切に開かれ、広く使い手の判断や求めに応じて改善されていくことを、強く望んでいた。なぜか。端的に言うと、わたしの関わってきたまちづくりのルールが、階層格差や不平等を狭めることに主眼を置かず、さまざまな階層の自由な活動の現れであるカオス的景色を文化的景観的によくないなどと言い、ときに眼前から見えなくすることを企図してきたためである。」
Posted by ブクログ
今まで読んだヒラクさんの著書で1番読みやすかった。 「伝統は守るべきか?」と聞かれたら、きっと多くの人が「そうだ!」と頷くはず。けれど、具体的に何をどうすればいいのかまで考えられている人は、私を含め意外と少ないのかもしれない。 本書で語られる「大文字の伝統」と「小文字の伝統」の定義、そして”小さな伝統”にフォーカスしていく視点に触れて、これまでの凝り固まった視野がぐっと広がった気がする。特に感銘を受けたのは、ただ声高に存続を叫ぶのではなく「変わるために」「となりあう」伝統という考え方。 以前著作『本が生まれるいちばん傍で』を読んでいた藤原印刷さんのお話にはより親しみが湧いたし、LINNEのお酒も凄く気になる。この本の中で示されている「私たちでも出来るやり方」をヒントに、まずは身近なところから携わってみたいと思わせてくれる一冊。
Posted by ブクログ
アリストテレスから鵜飼まで
時代を経て現代に存在する「伝統」について思考する旅にでる感覚。
お硬そうなタイトルですが、
著者ならではのユーモアを交えた、カジュアルな文体によりサクサク読み進めることができます。
個人的には最終章のメッセージがとても良かった。
定期的に読み直すことになりそうです。
Posted by ブクログ
発酵業界ではすでに著名人である小倉ヒラクさんの最新作。良い意味で書名から受ける印象とは違う読後感を持った。
いきなりプラトンとアリストテレスの違いから「伝統」との関わりが問題提起される。とても興味深いし面白い。
古今東西の巨人の肩に乗りながらも、小倉さんのフィールドに引き寄せて、ご自身の言葉で語っておられるところがとても自然体で好印象だった。
Posted by ブクログ
発酵食品の専門家が伝統に向かい合う中で、伝統との付き合い方を提案してくる内容。
伝統とは何かを哲学や歴史、工学や芸術などあらゆる点から著者の主観で受け取った内容を共有してくれる。
視点が広がる一方で主張が強めな為、いーや俺はこう考えるね。と反論を考えながら読むことを楽しめた。
Posted by ブクログ
総括
問題提起
本書のテーマ
プロローグの「選択肢そのものがなくなり、自分たちの伝統を失う危機なのです」という問題提起。
のほほんとされているいつもの文体は控えめに、ギョッとさせるところから話は惹きつけられる。
前著『発酵文化人類学』との比較
前著の到達点
前著『発酵文化人類学』は「発酵とは何か」を人類学的・生物学的に体系化した本。
核心的な概念はレヴィ=ストロースのブリコラージュ。
「手元にある限られた素材で問題を解決する」という思考が、発酵文化の本質と完全に一致することを著者は示した。
マリノフスキーの贈与論、ベイトソンの生態系論まで展開し「発酵とは微生物と人間の贈与経済である」という結論にまで至る。
前著の強みは一貫して具体から抽象へ向かう論理。
味噌・すんき・碁石茶・くさやという具体的な発酵食品から出発し、文化人類学の概念へと展開する構造。
本書について
その前著の到達点を前提に、発酵文化論を3つの新しい領域に展開。
①歴史哲学へのガダマーの「地平融合」と「了解」
②経済思想へのハイエクの「自生的秩序」
③美学・社会論への民藝・岡本太郎・和辻哲郎
前著でやり切ったブリコラージュ論を今回は意図的に使わず、ガダマー・ハイエクという異なる思想家を通じて発酵文化論を政治哲学・経済思想に展開した。
それが本書の新しさ。
だが、本書には惜しい点もある。
本書の失敗点
政治的文脈の持ち込み
前著でやり切ったブリコラージュ論をより広い思想的文脈に発酵文化論を展開したが、その拡張の過程で政治的文脈を持ち込んだことが、本書の読者層の範囲を大幅に狭めた。
著者が本当に言いたいことは、おそらく「弱い者の生存戦略としての伝統」という普遍的な問いであり、その問いにはイデオロギーは全く必要としない。
政治的な怒りが、著者自身の最良の問いを覆い隠している。
それが本書最大の失敗であり、惜しさ。
著者の思考パターン
①弱さから生まれた伝統への共感
②その弱さを生み出した外圧への怒り
③外圧の象徴として帝国主義・大文字の権威の批判
④そして政治的な議論へ
ナチス・ドイツと大日本帝国の並置
ソ連vsナチスの対決構図
植民地政策批判
柳宗悦への過剰な批判
いずれも「弱さから生まれた伝統」という普遍的なテーゼを、著者のいう「善悪二元論」による特定のイデオロギーだけの議論に変えてしまった。
帝国主義は当時の西欧列強全体の問題であり、日韓併合を西欧の植民地政策と単純に同一視する歴史認識は不正確すぎる。
また柳宗悦の「革命より文化」は植民地支配の黙認ではなく、暴力によらない相互理解という信念の表れであり、革命賛美は2つの「伝統」どちらにも矛盾する。
しかも、岡本太郎は実際に革命を起こしたわけではなく、茶会に乗り込んで喧嘩したり、万博に塔を建てたりしただけ。
著者の意図的な「逃げ道」
・「大多数ではないと思うが」という留保。
・政治的な立場を明言せずイデオロギーを滲ませる書き方。
・筆者の支持層と政治的な問題意識の両立を図った結果、どちらにも完全に踏み込まない中途半端な構造。
第4章の構造的な破綻
民藝・岡本太郎・フランス革命という豊かな素材があり、「他力」「プロセス」「個人」という面白い概念があったにもかかわらず、帝国主義批判が論理的に機能せず、発酵との関連性も最初の比喩で終わっている。
柳宗悦と岡本太郎の対比も、歴史認識の単純化により根拠が弱い。
ハイエクと小文字の伝統に対する矛盾
第3章末尾の矛盾は最終的に完全には解消せず。
ハイエクの自由市場は本質的に「競争による淘汰」を前提とする。
著者が守りたい小文字の伝統は、自由市場の競争原理にさらされたからこそ消滅の危機に瀕している。
この矛盾はハイエク自身も解決できなかった問題で、著者はその矛盾をそのまま引き受けてしまっている。
削除すべき箇所
政治的な文脈を退けると、論旨は格段に明確になり、読者の範囲や共感も大きく広がる。
削除すべき箇所は以下の通り。
第1章
・ナチス・ドイツと大日本帝国の並置による伝統の悪用の説明。
・本居宣長の国学による明治期の政治体制への批判。
・柳田國男・折口伸夫の植民地政策への加担の記述(ポストコロニアル批評に行きがち問題)。
・天皇制・血統への疑問。
・パレスチナ・イスラエル問題への言及。
・父親のWGIP論。
第3章
・ソ連vsナチス・ドイツの対決構図の後半部分。
第4章
・藤原辰史のナチス有機農業の引用と分析。
・柳宗悦の朝鮮独立運動への態度への批判。
・岡本太郎と革命に立ち上がる朝鮮人の対比。
・菊池和宏の社会論の長い説明。
エピローグ
「外からの強制介入により日本は南アジアのような社会になる」という予測。
それでも本書は読む価値がある
「弱さから生まれた伝統」というテーゼ。
「〈手〉ロワール」という概念。
パリの講演エピソード。
鵜飼の「かたらい」という締めくくり。
これらは著者にしか書けない内容であり、前著と合わせて読むことで発酵文化への理解が大きく深まる。
この筆者の体験による「身体的メッセージ」をより多くの読者に届けるためにも、政治的文脈の整理という編集上の判断が惜しまれる。
だからこそ講談社の今野正悦氏はなぜ今作に不必要な政治的思想を議論・熟考もせずに、そのまま執筆させてしまった(と思われる)のか。
もっと丁寧に作って欲しかった。
Posted by ブクログ
<目次>
プロローグ あなたにとって、伝統とは何ですか?
第1章 大文字の伝統と小文字の伝統
第2章 「歴史」の誕生、さびしさの地平融合
第3章 発酵~見えないものとつむぐ伝統
第4章 民藝~つくることの伝承
第5章 鵜飼~異なる存在と、風土を旅する
エピローグ 向かい合うな、となり合え
<内容>
山梨県甲州市で、発酵食品のプロデュースをしている著者。全国、いや全世界を巡りながら、「伝統」と向かい合い、大きく変化している地球を考える。そのキーワードが「伝統」。もはやこのワードは死語に近いが、発酵以外に、民藝(柳宗悦)や鵜飼を元に、生きることを考える。