あらすじ
利発だが酷い痘痕の姉ふゆ。逆上せ癖で縹緻よしの妹りよ。幼くして父を亡くし、ふゆは手習師匠の手伝いに、りよは船宿の下女奉公に出された。師匠の養子で禍々しいほどに歪んだ性癖をもつ宗三郎から手籠めにされたふゆは懐妊するが、現人神と崇められる女医者と出逢い、彼女の人生は大きく変わっていく。自我に目覚めた主人公が、女の生と向き合う、時代小説の新しい扉!
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
ちょうど直木賞発表の朝に読み始めた! 江戸時代後期1820年代の女性達の話。幼少期の病気で顔や全身が痘痕だらけだけど賢いふゆ。見た目等から圏外とされ、身分の違いや性被害など理不尽な辛い思いや体験もするが、産医となり、似た環境で一緒に過ごした周りの女性たちと人の役に立てる居場所を作っていく話。今も通ずることがあるように思う。 所々で?な部分(ちゅう太と母?母の変わりよう、宗三郎の最期、りよもヒデに会う?等)もあるが、続編として、もう少しふゆの活躍と共に、双子や文吉、ほののその後も気になる。
Posted by ブクログ
途中まで読むのがしんどかった。知らない言葉が多かったし、展開の波があまり感じられなかった。蔵に行って襲われるシーンあたりから展開は大きかったが、状況がとても苦しい。
おこまさまに会ってからは、ぶつぶつのこと、手習い所の人のこと、それ以外の人のこと、ふゆやりよたちの変化を、こんな風に解釈できるんだなっておもしろかった。
胸のうちの藪の話など、心情の例えがおもしろかった。
Posted by ブクログ
けんぐゎい
著者:朝倉かすみ
発行:2026年4月30日
光文社
初出:「小説宝石」2023年1.2月合併号~2025年11月号
「けんぐゎい」とは「圏外」のこと。主人公のふゆは、幼い頃に疱瘡を患ったが何とか生きのび、顔を始めとする全身に疱瘡の跡、痘痕(あばた)を残している。父親は腕利きの左官だったが酒で早逝、母親はふゆのことを不細工呼ばわりして育てた。妹のりよは美人のため、比較する表現をいつもされていた。ただし、姉、妹は仲がよかった。時代設定は江戸後期の文政年間、ふゆは嫁に行けないことが多くの人々の前提となっている。他に少し発達障害っぽい力持ちの女性も出てくるが、顔に痘痕がある女性、発達障害っぽい女性など、〝普通には嫁に行けない〟女性が「けんぐゎい」にあたる。基準外、みたいなニュアンスか。
そして、そういう女を相手にするとむやみに興奮するという男が登場する。彼は頭がよい学者であり、物静かで誰に対しても礼儀正しく、容姿も端正。しかし、実はそういう変態的な性癖を持つ。この小説の語り手は、恐らく彼こそが「けんぐゎい」だというのだろう。
朝倉かずみ作品は、読んだことがない。現代ものの作家で、何度か直木賞候補になっているらしい。当作品が初めての時代小説らしいのだが、直木賞候補作品となっている。
文章は、そんなに読みやすくない。理由はおそらくナラティブだからだろう。主人公のふゆは勉強ができるが容姿が美しくない、妹のりよは美人ではあるが「逆上(のぼ)せ」が出る欠点を持つ。突然、興奮してしゃべり出すと止まらないのである。ところが、この小説は、語り出すと止まらないのはりよだけでなく、ふゆもそうなのである。会話文だけでなく、地の文でも、ふゆのナラティブが長々と続くのである。
それと、けんぐゎい好きの性癖を持つ学者の宗三郎もそうなのである。登場人物のナラティブで構成されているような小説であり、叙事的な説明ではなく、叙情的な語りでつないでいくので、読みづらいというか、理解しづらい。ナラティブは自己陶酔に陥りやすい。それこそ、逆上せ、である。
こういうのが直木賞を取るかもしれないのか。面白いといえるのだろうか。
*************
ふゆ:おいもどん、
りよ:1歳下の妹、9歳で八軒町の船宿に奉公、お湯気どん、
おはつ:母親
伯父:茅町、母の兄、5人の子、腕のいい大工
伯母:5人産んで体が弱っている
ちゅう太:母親の新しい男、23歳、寛政4年生まれ、両国橋の見世物小屋あたりで捨てられていた、木戸番の秀次に拾われる、おこまさまに買われる
秀次(ひでじ):木戸番、ヒデさん
喜助:ちゅう太の父
えい:母
文吉:ちゅう太とおはつの子、ガストホイスができたころに16歳、ガストホイスの番頭を目指す
勘助:文吉の心友、同い年、ガストホイスの小間物屋跡取り、茅町の伯父の孫(娘の子)、体が大きい、父は元取的で今は小間物屋
おこまさま:現人神と崇められる女医、ちゅう太を秀次から買う
疋田重右衛門:表町の先生、60歳過ぎ
つる:女中
宗三郎:養子、医師・野上理安の三男、
ほの:宗三郎の縁談相手、ふゆと同い年、宇田川町の老舗紙問屋の2番目の娘
かめ:近所の常磐津師匠の下女、15歳、酷い近眼
伊之助:宗三郎が選んだ新たな番頭、三助の一人
庄之助:同上
松之助:同上
とみ:ガストホイスの蔵本貸し担当、元々はふゆの患者、やがて看病人に
三九郎:多田屋の主人
ちか:ひとり娘、14歳、双子をはらんでいる
おはる:娘の付きの女、三九郎の手つき0
清次郎:伊勢屋(大伝馬町の太物問屋)の次男、ちかの1歳上で縁談相手、ちかの母の遠縁、
第一章
父親を早くに亡くしたふゆは、疱瘡の跡が残る器量悪だったが、勉強がよく出来た。母親・おはつの兄は生活に余裕があったのでふゆをよく可愛がり、金銭的な援助もしていた。そして、ふゆに勉強をさせてやってくれとおはつに頼み込んだ。10歳で塾に入れてもらえた。妹のりよは9歳で船宿に奉公に出された。
ふゆは頭角を現し、塾生たちに勉強を教える手伝いと、家の手伝いをするようになり、給金ももらえるようになった。その家には、つるというやや発達障害的な面がある女中がいたが、よく働いた。ただし、言われたこと以上のことをしないという面が障害っぽい。
先生には跡取りがいなかったので、宗三郎という養子がいた。優秀で人当たりがよく、外聞もいい。ふゆは好きになったが、自分は結婚などできる女ではないとまったくそんなことは口にしない。宗三郎には、ふゆと同い年で、家柄もいい「ほの」という許嫁がいる。ふゆとほのは仲良しだった。先代の先生が死んだ。
ある日、蔵の中で物音。なんと、宗三郎がつるを強引していた。そして、つぎにふゆを強淫した。「おまえらは『けんぐゎい』だ。俺はそれが好きなんだ」と言わんばかりの勢いだった。
第二章
宗三郎の子をふゆが身ごもるが、宗三郎は産むのを許さないという。
母親に新しい男ができ、一緒に住むという。23歳のちゅう太、近所の穂手振り。みなしごだったが、見世物小屋の木戸番、秀次に拾われる。それを女医の「おこまさま」が買い、やがて穂手振りとして自立。母親はちゅう太の子を宿していた。ちゅう太は宗三郎と同じ23歳、どちらの子の父も23歳。なお、ふゆは20歳、母は36歳。
ちゅう太は、一度目で見た者は全て覚えられる百万人に一人の男の子だという。
ふゆは宗三郎から5両渡され、現人神扱いされている女医に子を下ろして貰え、そしてどこかで暮らせと言われる。駕籠も用意される。ふゆは、つるとかめに1両ずつ渡し、けんぐゎい同士で商売して生きていこうと誘うが、駕籠の中で倒れ、きがつくと「おこまさま」のところだった。既に流産していた。そして、私のあとをつぐのだとおこまさまに言われる。おこまさまの所には、百万人に一人の記憶力を活用すべく、ちゅう太が雇われていた。
第三章
10年たち、おこまさまは予見どおり60歳で死んだ。
おこまさまの財産はすべてふゆに遺された。10年の修業で「産医」となったふゆは、土地を買って、医療施設のガストホイスを建設した。「産医」とは、産婆と医師の両方ができるということを意味する。
ガストホイス
最初の診療を行う8畳が1室
妊婦が分娩や静養をする6畳が3室
看護人が寝泊まりする四畳半が1室
大きくない蔵(人目を気にせず泣ける場所、人形を置く)
裏
割長屋が4軒
・2軒はふゆを含めたガストホイスで働く中心人物が住むところ
・2軒は妊婦の静養室の控え
割長屋の裏
りんぽの庭:土蔵造りの室家の庭とつながり、赤ん坊らが眠る
両隣(同じつくり)
表店4軒
蔵
割長屋4棟
表店4軒
・生薬屋(ちゅう太とつゆが商う)
・小間物屋:櫛、笄(こうがい)、かんざし、口紅、髪油、日用品
・損料屋:損料を取って衣服や器物を貸す
・奉公口:奉公や赤ん坊を周旋する口入れや
12年間、行方不明だったりよが帰ってきた。それによると、秀次が2年前に死んだという。
第4章
ひな祭りの時期、ある男女が訪ねて来た。吉川町の煙管問屋・多田屋の番頭と14歳になる多田屋のひとり娘の、おつきの女だった。
14歳の娘には、母親の遠縁との縁談話があった。婿養子、言うことのない相手だったが、娘は妊娠してしまう。相手が誰だとか、一切、言わない。子供を流してほしいとふゆに頼みに来たのだった。
娘に会ってみると、双子を身ごもっているように思えた。主人(父親)からは中絶を言われるが、産むのも容認のようなニュアンス。ただし、命に関わる場合は母親優先をと言われる。あくまで、婿を迎えて跡取りを残さなければいけない。
ふゆは、双子を産ませる。しかし、母親は死んでしまった。双子の一人は、多田屋の軒先に置き、一人はガストホイスの前に置いた。(つるに置かせた)
それぞれ、捨て子の形にして、跡継ぎにする、という道だった。
Posted by ブクログ
コンプレックス、マイノリティ、出自、女の連帯などのテーマがちりばめられた作品だと思っている。
出自(いのち)で幸せが決まるのか、性質(もってうまれたもの)で幸せが決まるのか。
私は「圏外」を「マイノリティ」の表象と捉えた。
<あらすじ>
「女性の幸せは子どもを産んで育てること」という時代に生きる主人公ふゆ。
しかし幼少期の病気の後遺症で、自分は子どもを産めない人生だと自覚する。
彼女が手にする幸せとは。幸せとは何か。
<印象的なシーン>
コンプレックス(ぶつぶつ)のせいで、あれもできないこれでもできないのは気のせいだと気づいたところ。竹林の崩壊。
<印象的な設定>
最後に生まれたのが、双子(同じ腹から生まれた)でしかも女の子(何が幸せとなるのか比較のために重要な要素)のところ。
<印象的なセリフ>
いかなる理由や働きかけや脅しがあろうと、女は、産まされてはならぬのである。それと同じく、いかなる理由や働きかけや脅しがあろうと、産めないことがあってはならぬのである。(P189)
<この次に読むのにお勧めの本>
産む自由/産まない自由 「リプロの権利」をひもとく
塚原久美さん
集英社文庫
Posted by ブクログ
痘痕面であることをもって「おまえは圏外」「一生外側にいるしかない」「おまえはを世間並の人間にしてやれるのはわたしだけ」と呪縛を掛けられ、主人に手籠めにされ堕胎を強要されるおふゆ。それでもおふゆは胸の内に観念と堪忍の竹林を育て耐え続ける。中盤まではひたすら救いのない展開でしんどいが、後半は一転して女産医として女性を救う側となり…。
自分の中の真黒い部分である「くゎいぶつ」の心や、心の中の黒珠に住む得体のしれない(でも常にふゆを肯定してくれる)「ウニコール」は、心の闇かもしれないが、救いのない運命の中でふゆが尊厳をもって生き抜くためには不可欠のものだったと思う。
最後、ふゆはちかが遺した双子を老舗の子とふゆの子として別々に育て、持って生まれたものと籤引きで決まる運命との実験を試みようとするが、たぶん結果はどうでもよくて、どんな運命でも心の中にそれを自分の人生として生き抜くための芯を育てられるかどうかなのかなと思った。