あらすじ
ささやかな悩みから、深刻で重大な問題まで、
「哲学は人生論である」が持論の気鋭の哲学者・國分功一郎氏(東京大学教養学部准教授)が34の相談に全身全霊で答えます。
質問のいくつかは、たとえばこのようなものです。
・自分に嘘をつくってどういうことなの
・母と母の夫になじめない
・先が見えず不安。自信を持つにはどうしたらいいの
・哲学の勉強をするにはどうしたらいいの
・抑え難い復讐心があるのだが……
「書かれていることだけを読んでいてはダメである。人生相談においてはとりわけ、言われていないことこそが重要である。人は本当に大切なことを言わないのであり、それを探り当てなければならない」(本書あとがきより)
國分先生の本気度200%の回答をぜひご堪能ください!
《解説・千葉雅也》
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Posted by ブクログ
行間からその相談者の心の奥底に迫り寄っていく國分さんおそるべしという感じで毎晩寝る前に(PERFECT DAYSスタイルまだやってます)セブラル相談ずつ読み進めてった。言わないことにこそ本質が隠れているというのは仕事をするうえで意識していきたい、ので、その行間読み取りテクニックを学ぼうと思ったが、解説で千葉さんが言うてたように、急ハンドルすぎて(この千葉さんの比喩すき、自分なら路肩に一旦停車するって言うてたんジワジワ)テクニック学びとれず。毎相談これはズバッと回答か?寄り添い回答か?と半ばヒヤヒヤドキドキしながら読んでた私はカブトムシ…とりあえず真似ぶことから始めていきたい。行間を読み取る。そういえばこないだセルフ行間読み取りをしてました。久々のツイート、しかもちょい酔ってた、翌日恥ずかしくて消した文章で、書かれてることが本心なのではなく書かれてないことこそが本心ではないのかとシラフの自分が気づいてしまった、書いてあることはそう自分に言い聞かせたいことであるような気がしてきて、ゾゾゾっとしました。〜fin.〜
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夜遅くまで一気に読み切ってしまった。
メルマガに寄せられた人生相談を哲学の研究者が哲学書を読むように解読していく様子が面白い。さらに別の哲学研究者が人生相談に対する回答について同じく哲学書を読むように解読し解説している。
笑ったり時には身を摘まれる思いになったりした。
著者と解説者の思考プロセスがとても魅力的でした。
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人生に対して漠然と不安を感じている人には是非読んでもらいたい(その種の発言をする友人に勧めたい)。相談について作者が応答する形になっているが、そもそも相談者の方々の文章もわかりやすくてすごいなと思った(わかりづらい点も少々あったが、ある種の葛藤を感じられて良かった)。作者の答えも質問の内容から(文章のみのため可能な限りで)相談者の悩みの核をついていて、読者の視野を広げてくれている。明確な答えがズバッとあるわけではない点、信用も置けるし、人生への汎用性もあるように感じた。
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どんな悩みも一般的・抽象的である限りは解決しない。(なぜならそれらは存在しないものだから)
いかなる状況も個別具体的な事例の中にあり、
調べて情報を集め理解する事で、それを分析する事が可能になり突破口がみえてくる。
上記の筆者の提言を知れただけでも大変読む価値ある本だと思った。
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こういうコラムみたいな本を読んだことがなかったので、これはこれで面白い。
お酒を飲んだときに1つずつ読む時間が好きです。なんだか微睡の中ラジオを聴いているようで。
Posted by ブクログ
哲学的な視点から人生相談に乗る國分さんの本。まずすごいと思った点が、投稿者の背景や状況を細かく分析して、真の問題点をつきとめている点。投稿者の悩みは一見よくあるものだなあと思っていると、思いがけないところで本当の悩みや実態が隠されていることに気づく。文章を正確に読まなければ、多分気づかない。
そして浮き彫りとなった悩みへのアプローチも独特。よくある人生相談として、相談役が「俺/私はこう思う。だからお前もこうするべきなんじゃないか?」といった「俺/私流の考え」を押し付けであったり、「人生色々あるから前を向くしかない」といった抽象的な精神論で終わって、実質何も解決されないのを見かける(鼓舞される分には問題ないが、解決には至っていない)
一方本書は、序盤で問題点が整理されているので、客観的に実態を把握することができる。さらに明確な答えがない時もあるが、それは解説にもあった通り、自立を目的として、あえて自分で考える余地を残しているのではないかと思った。哲学書などを引用しているのはそういことなんだと思う。「考える」って大事だなあ。
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義両親の「ゴネ得」のQ&Aは圧巻。
以下引用
「ガリ勉は勉強ばっかりしているから問題なのではなく(中略)勉強しておけば大丈夫なんだという“信仰”をもっている点がまずいのです。(略)知識と考える力を身につけたいと思ったなら、ただそれをやればいい。しかし、それらを身につけたら自分の人生は大丈夫だと思っては大変な誤りを犯すことなります。(略)やりたいと思っていることをやればいいし、これじゃダメかなと思ったら立ち止まって考えればいい。ただ、「こういうことをやっていた人間はこうなれる」などとは思わないことです。」
「特にいまの若者は、無気力・無感動・無関心などと言われる。けれども、そんなことはない。一人ひとりはいろいろなことを考えている。でも、それを外に向かって発信するためのきっかけがない。どうすればいいのかも分からない」
「(グリューンの「自分自身に対する裏切り」)欠けるところのない無条件の愛情をずっと注いでもらって生きてきたひとなどいないからです。どんな親の愛だって、やはり多少は条件がついているのです。だから誰しもが心に多少傷を負っています。友人との関係、恋人との関係、社会や世界との関わりのなかで、傷を少しずつ回復しながら人間は生きていきます」
「「~が勉強したいんです」と言って大学に来るけど、入ってみたら本当にこれでよかったのか分からないってのがよくありますよね。あれも自分が勉強したいって言っているものが何なのかよく分かっていないから起こるのです。また、実際にいま自分が勉強していることが何なのかまだ十分に分かっていないのに、分かった気になってそれは面白くないとか判断を下していることもあります」
「人間の心はただ単に、これまで収集した情報が入っているだけです。別に無限の泉でも何でもないんです」
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メモ
◼️誰にも相談したことがないのでできない
観念の物質化と考える
人に話すと楽になる理由
◼️悲観的な夫に腹が立ってしまいます
「プラス志向の人は、そもそもたくさんの事柄を考えないで済ましており、また、たくさんの事柄を考えないで済ますために多大なエネルギーを必要としているから、考える事柄が限定されている。ということは、プラス志向の人はあまりものを考えていないということになる。…そうやって無理をしていると、無理していることがつらいものですから、頑張らない人間がいることに苛立ちを覚えます。『なぜお前は弱音を吐くのか。俺なんてこんなにまで無理して頑張っている。プラス志向を維持している』という気持ちになるのです。」
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届いた相談文に対して國分さんが回答するというどっかの人生相談コーナーが書籍化した本。
相談文に書かれていることから書かれていない背景を類推し、鋭い指摘をする様は読んでてあっぱれという気持ちにさせられた。音楽に詳しい人と素人では同じ曲を聴いても前者の方がより豊かな体験ができるように、知見がある人と素人の間には同じものに触れていても受け取る情報量にかなりの差がある。世界とより豊かに接するためにも色々と勉強をしないとな、と改めて感じた。
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自分だったらここまでバッサリ言われると心が折れるかもしれませんが、第三者視点から見るととても面白かったです笑
國分先生が変に寄り添わず、情報不足があれば容赦なく詰めたり、独りよがりな相談であれば指摘するのは読んでいるこちらも背筋が伸びました。ただ、こういう風に言ってくれる人や機会はかなり貴重だとも思いました。
特に印象に残ったのはプラス思考のお話です。プラス思考とは考えることを放棄すること。物事のネガティブなところから目を背けることと言われ、確かにと思いました。
世間ではプラス思考=いいことだと言われがちですが、そうやって考えることを放棄するのは違う気がします。
関連しているかはわかりませんが、生成AIが基本ポジティブな返答をするのも、人間が思考を放棄するのを助長するかもしれません。現代社会において、生成AIは必要不可欠なものになりつつありますが、頼りすぎないようにしたいと思いました。
あとは一人で思い詰めず、人に話すこと。自分の仲の思いや感情を言葉にして「物質化」するのも大切だと思いました。泣くことはすっきりすると言いますが、もやもやした思いも言葉によって形にすることですっきりすることができるかもしれません。
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授業で読んだ國分功一郎さんの評論が面白く、手にとってみた。
哲学は難しいという印象があったが、寄せられた質問に答えていく形式になっていて読みやすかった。
人生の話をしよう、という名前の通り寄せられた質問からその人の生き方なども考察した上での解答で読んでいて驚くことが多かった。
Posted by ブクログ
東大の教授でもある哲学者の著者のメルマガでの人生相談をまとめた本。
相談は書かれていないことが重要とし、本当は何が言いたいのかを推測して鋭い指摘をされている回も多い。一方で親との関係に悩む大学生の回など、相談者の人生に大きな影響を与えるような回もある。
哲学書を引用しながら相談に答えていくのだけれど、そんな捉え方、考え方があるのか、ということだらけで発見と学びの一冊だった。
自分が何かを相談された時 表面の言葉だけ受け取って的を射ていない回答になってたんだろうなとか、相談する側のときはただ自己開示をしたいだけというのが滲み出ていたんだろうなと気付いてしまった。気付けてよかった。
哲学書やそれ以外の本から得た知識を適切な形で引用できるとこんな素敵な相談相手になれるんだと、自分も頑張ってみたくなった。
2025年下半期は哲学に触れたいと思っているので、まずは本書に出てきた本から、手始めに積んである暇と退屈の倫理学から読んでいきたい。
Posted by ブクログ
決断が必要なときは?意図せずに行われていた逡巡と熟考の末に、ああ、これがなすべきことだったという仕方ですでに決心ができている自分に気づく。
決断とは受動的なもの。人間はこうしようという形で決断するのではなく、そうなってしまうという形で決断する。
もっともっと今自分が置かれている自体を見つめること。そして自分の中に決断が出来上がるのを待つ。
焦ってはいけない。焦りは今心の中に出来上がりつつあるパターンから目を背けさせる。
こういうことをやっていた人間はこうなれると思わないこと。答えはない。
愛するとは相手を認めること。相手が存在していることを心からいいと受け止めること。
心な穴からは確かに寂しさや欠点が出てくる。しかしあなたの魅力もそこから生まれている。
誰もが心の穴を持っている。けれども幸せな人はその心の穴を無理に塞いだりしようとせず、おりあいをつけている。心からの充実感なんてウソ。しかし、ほんのりとした充実感はありえる。横っちょに大きな穴があいていて、もしかしたらそこに落ちてしまうかもしれないけど、うまくこの辺りに立っていれば落ちないし、楽しいこともできる…。
はらぺこあおむしから感じられるゆったりとした落ち着きと素敵な感覚。
一般的、抽象的に考えている限り、理想は実現しない。なぜなら一般的、抽象的なものはこの世に存在しないから。存在しているのは個別的、具体的なものだけ。
仕事はおもしろくない。でもおもしろくする方法はある。それは調べて情報を入れて理解すること。具体的なことを考える。理想をどんどん具体的にすること。
失業の救済はどうするか知らないが個人の救済は勉強だ。
自分に嘘をつくというのが生きることにおいて一番良くないことである。
情動と感情。違和感を感じても、それでも、も考えてしまうのが感情。違和感を感じたらそれを大切に。自分に嘘をつかないとはそういうこと。
プライドが高い。それは自信があるの正反対。自信がない。だから誰かを見下すことで自分のプライドを維持しようとする。
どんな悩みも一般的抽象的な限り解決しない。どんな問題も具体的状況の中にある。ここの具体的状況を分析すると必ず突破口が見えてくる。
頑張れば何かが解決するわけじゃない。頑張るんじゃなくて考えることの方が必要。
自分が本当にそれをやりたかったのかどうかがわからなくなる。それは、その対象についての情報と理解が欠如しているから。
じゃあ自分は具体的になりがやりたいんだ?何かを大々的に打ち出して行くというよりは、仲介して、スムーズに進めるとか、そういうことしかできなさそうだよな。だったら一つの言葉を極めて、ノウハウとか、他の人が得ることができないいろんな考え方をたくさん学ぶことか。で、それを新しいノウハウにする。
弱音を吐く、悲観的な人に対してイライラしている人に対して。
プラス思考でいるのにもエネルギーがいる。不安を抑圧しないといけないから。で、つらくなってくる。弱音を吐く人の気持ちが想像できなくなってくる。そういう人もいるんだよ。
そして、くるみさんもご主人に愚痴や弱音を聞いてもらってよいのですよ。つらい時に助け合うために一緒にいるのです。
人間の精神エネルギーには一定の量があり、どこかが大量にエネルギーを消費すると、他の部分には多くのエネルギーを使うことができなくなる。
やる気そのものが精神の限られたエネルギー資源に依存している。将来に対する不安なことがあるなら、新しい可能性を探すためのエネルギーも少なくなる。
誰かに弱音を言ってみようかな、というより、ちょっと観念を物質化してみる。
仕事の仕方、友人との付き合い方、配偶者との関係、どんなことについても、こうでなければならないなんてことはない。大切なのは自分の気持ちを少しずつほぐしていって、折りたたまれていたまのを開いていって、見えてきたものに対して素直になること。そのときにかすかにおぼろげに責任というものが見えてきてそれが引き受けられるようになる。
Posted by ブクログ
読者からの人生相談に哲学の考え方を用いて答えていく形式
哲学の考え方を基に回答しているから一般受けしないかんじはする
自分の生活の場ですぐ実践できなかったり、すんなり納得できる回答じゃないという意味
とはいえ面白かった
年齢が上がったらより納得しながら読める本な気がする
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こわいぐらい相談にズバっと斬り込んでいらっしゃる。でもどこか思い当たるような、すごく納得のいく話に着地していてとても参考になる。
もうちょっと読み込んでみたい、そんな本です。
Posted by ブクログ
「暇と退屈の倫理学」で國分先生のことを知り 長めのタイトルに興味がわき手に取った。
読者の方から寄せられた人生相談に國分先生が答えていくという内容の1冊。
読者からよせられた文章には"書かれていない部分“に視点を持っていき 時にズバッと時に優しく回答をされている様があたたかい(ズバッとなんだけど)
人生相談と哲学 一見??という組み合わせだが読み進めながら
哲学=ちょっと難しいことを議論したり 考える学問という認識だったが よりよく生きていくために必要な 活かしてこその学問なのかもしれないと感じた。
哲学って面白いのかもしれない。って思う
Posted by ブクログ
相談者の文章やその中に書かれていないことにも注目して推測しながら分析する手法が面白い。
自分に嘘をつくこと=[情動]という身体的な反応に対して[感情]が逆らうこと。
違和感[情動]は無視したらダメってことですね。
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久々に読んだ國分功一郎先生の本。同じ悩みというわけではないけれど、時に辛辣な先生の言葉は私に言われているみたいに感じ、痛いところを突かれるなぁと思いながら読んだ。解説を千葉雅也先生が書いているが、そちらもなるほど〜と思う内容。
誰かと話すこと、想いを伝えることって大切だ。
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まず、相談文を何とか理解しようとする姿勢に感服しました。そして多角的な見方による考察の鋭さが素晴らしかったです。
面白かったのは「イロニー」を持ち出して回答していたこと。たまに自分も実行していたが、言語化出来ていないことだったので、なるほどと腹落ちしました。人間の精神エネルギーやプラス思考についての考え方も非常に共感できる内容でした。総じて勉強になる読書体験でした。
Posted by ブクログ
「書かれていることだけを読んでいてはダメである。人生相談においてはとりわけ、言われていないことこそが重要である。人は本当に大切なことを言わないのであり、それを探り当てなければならない」(本書あとがきより)
相談者にかなりキツめの回答もあるが(というか殆どそんな感じだが)、哲学の知見に基づいて的確に丁寧に答えており、思いやりも優しさもあり、また自分自身の抱えている問題にも通じるエピソードもあり、大変面白く読めました。
Posted by ブクログ
メルマガPLANETSが初出。参考図書も記載されているので、深堀りしたい場合に参考にできる。
哲学とは何かを知らなくとも、この本はかなり面白かった。
問いとして挙げられているのはいずれも人生相談なので、自分でもあるあるといった内容が多かった。
それゆえ、自分の中でも経験した問いに対する、答えの1つをこの本では示していた。
これだけだと他の本との差別化はないですが、その答えが哲学という観点で述べられているので、回答としてはかなり珍しい内容であることが多かった。
読み終えて長らく経つが、記憶している面白い本。
Posted by ブクログ
オタクと呼ばれている人の中には、モノや概念が純粋に好きな人もいます。しかし、オタクはうまく自己肯定できていない場合が多く、「モノや概念が好きな自分」が好き、「それについて他人より詳しく知っている自分」が好きであり、その意味で「多くの女性とセックスできる自分が好き」というナルシシズムで心の穴を埋めているヤリチンと極めて多くの共通点を持つことが考えられるのです。
つまり、オタクが何かをきっかけにモテるようになり、その対象が「女性」に変われば、彼は簡単にヤリチンになるということです。
二村さんはもっとすごいことも言っています。
モノや概念に熱中することで、「苦手な人間関係から逃げている自分」を認めるのを避けているオタクがたくさんいる。そういう人たちは「キモいオタク」と呼ばれる。なぜ彼らがキモいのかと言うと、自分を「ごまかしている」こと、ナルシシズムが強すぎることが周囲にバレバレだからだ、というのです。
つまり、「キモオタ」と呼ばれる存在は、その容姿とは全く関係ないということです。
二村さんはこの「キモチワルイ」という存在容態が如何なるモノであるかを別のご著書で分析されています。それが『すべてはモテるためである』です。これが教科書の二冊目になります。この本は内容をかいつまんで説明することができないものになっています(つまり、最初からずっと読み進めて、読者が自分を問い直すような構成になっている)。ですので、要約はできませんが、「モテるオタクとモテないオタクの違い」「モテないオタクは、ある種のマンガを自分に都合よく読み間違えている」などといった箇所(前掲書、第二章第四節)が参考になるでしょう。
とはいえ、全てを二村さんまかせにするわけにもいかないので、僕なりに、学術的にすこし説明を加えておきましょう。参照するのはフロイトです。メランコリーというのは愛する対象を失った場合に起こるのですが、たとえば死などによって愛する対象を失った人でも、全員が全員メランコリーになるわけではないとフロイトは言っています。どういうことかというと、その「愛」がもともと自己愛的傾向を強く持つ場合に、メランコリーになるというのです。(「喪とメランコリー」『フロイト全集14
』)。
オタクの場合は、そもそも自己愛が極度に強い。だから彼らは自分が、フロイトの指摘しているようなメランコリーに容易に陥ることを多少共無意識に感じ取っているのではないでしょうか。それ故に、自分をごまかして、別のものによって心の穴を埋めようとする。
回遊魚さんの質問を読んでいますと、大変失礼ながら
この「キモオタ」的なものを感じます。たとえば次の一節。
「さらに自分の問題は、女性との関係構築の不得手さを、コミュニケーションが持つ原理的な暴力性(人は人の踏み込まれたくない領域を知ることはできない、など)に対して向き合っているナイーブな俺、という自意識で処理しているところです」
ここには、自意識で処理するのはまずいということが意識できている俺、という自意識が読み取れます。自意識で処理してしまっている俺はダメだーーということが意識できている俺はダメじゃない、というロジックですね。自分は性的マイノリティーではないと思うが、そうかもしれないーーということが意識できている俺はダメじゃない、というのも同じロジックです。
そして、このロジックはバレバレです。
多分、周囲にもバレバレでしょう。
さて、もし僕が回遊魚さんの近くにいる友人だったら、「お前、自意識を意識できてるなんて無言の主張はバレバレだから、ヤメレ」と言います。まぁ、それを言い続けたら、そのうち変わるかなぁ、みたいに思います。
最初に僕が考えている語学の原理を述べておきたいのですが、語学の勉強というのは大変才能に左右されます。特に、発音も含めた喋る能力についてはそうです。配偶者が外国の方であっても、その外国の言葉の発音が全然なっていないという人もいます。要するに外国語の発音に関して、才能がないのです。
しかし、そんなことは考えてみれば当たり前ではないですか? 発音なんて歌を歌うのと同じです。歌が上手い人なんてほとんどいませんよね? 歌が上手い人はどんな歌を歌ってもうまい。下手な人はどんな歌を歌ってもヘタ。だから、ある意味でどうしようもないんです。
そしてこれは発音に限らず、ある言語の習得そのものについても言えると思います。やはり何年も外国に住んでいても、その現地の言葉がいっこうにうまくならない人というのがいるんです。自分が生まれ育ったところの言葉以外にはうまく入れない、入っていきたくない……そういう気持ちも含めての「才能」です。もうこれはどうしようもない。
とはいえ、悲観することはありません。語学の世界ほど、努力が報われる世界もないからです。確かに才能の差はあるので、十のことを一の努力で出来てしまう人がいます。しかし、あなたに才能がないなら、十のことを十の努力でやればいいのです。結果は同じです。十のことができるようになります。
ここで重要な問題が出てきます。十の努力をしてでも、十のことを自分のものにしたいのかどうか? そこまでして語学を本当にやりたいのか?
語学の問題というのはここに尽きます。十の努力をしてでも十のことを身につけたいという欲望があるなら、十の努力ができますので身につきます。しかし、そういう欲望がないなら無理です。語学とは努力を強いるものであり、努力を可能にするのは欲望です。
確かに発音がよくならないことはあります。しかし、聞いて理解したり、読んで理解したり、きちんと意思疎通して議論したりということは出来るようになります。
ただ、やはり問題は欲望なのですよ! そこまでやりたいか、何としてでもそれをやりたいという必要を感じているか……。
先日、とある数学者の方から、「運がいい人いうのは、心身で行っている計算の量が多いのかもしれない」という話を聞きました。この話、詳しく話をすると「計算とは何か?」という数学の重大問題につながるので軽く書きます。問題になっているのは、先ほどの「思い込むことで周りからのアドヴァイスを遮断」のことです。
人間はものを考えたくありませんので、基本的に情報を選択的に吸収しています(この辺り、自分の本の紹介で恐縮ですが、『暇と退屈の倫理学』に書いた「環世界」の議論を参照してください)。思い込んでいる人間は、この選択がより強くなっていて、周囲からの情報収集を極端に遮断しています。そうでないと、思い込みを突き崩す情報に晒されて、再び苦しい状態に戻ってしまうからです。
さて、このことが意味するのは、人によって周囲の環境から吸収する情報の量は大きく異なるし、同じ人でも心身の状態次第でその量が大きく変化するということです。情報の量が多くなると、普通人間はパニックを起こします。大量の情報を処理しきれないからです。ところが、どうやら、他の人よりも相対的に多くの情報を心身で受け取り、しかもそれが支障なく処理できている人がいるようなのです。
「情報」といっても、「どこで何が売ってる」とかそういうことではありません。いや、むしろそういうことも含めた、ミクロな情報群のことです。前にいる全然関係ない人の顔色とか、毎日会っている友人や同僚の精神状態とか、テレビでやっているどうでもいいCMの雰囲気とか、さらには自分の体調の具合とか……。そういう自分に与えられている情報を他の人よりも多く受け取り、且つ無意識のうちにそれを処理できている人というのがいるのです。
運のいい人というのは、そうした人のことではないか、というのが先の仮説です。運がいい人というのは、したがって、大量の情報を無意識のうちに処理・計算しており、日常生活のうちに無数に存在する選択の場面でそれが役立っている。つまり、後に「ラッキーである」と思われるような帰結をもたらす無数の選択を無意識のうちに、そして不断に行っているというわけです。
僕はこの仮説はおそらく正しいと思います。そしてこの仮説が正しいならば、運は決して偶然ではないということになります。「運がいい」人は、これまで積み上げてきた厖大な情報処理に基づいて、無意識のうちに適切な選択をこれまた積み上げている。「運が悪い人」は、情報をできる限り排するようにして生きていて、計算結果を積み上げていないため、無意識のうちに行われている無数の選択場面で利用できる情報のリソースが乏しく、適切な選択が行えない(すこし前に「ざんねんな人」という言い回しが流行りましたが、それも多分このカテゴリーに入ります。一生懸命だけど、いや、一生懸命だからこそ、情報の受け取りを無意識に拒否しており、計算結果を積み上げることができていないわけです。だから常に残念な結果に終わる)。
昔からそう思っていましたし、この人生相談を始めてこの考えの正しさを再認識しましたが、どんな悩み(問題)も一般的・抽象的である限りは解決しないのです。いかなる問題も個々の具体的状況の中にあります。そして個々の具体的状況を分析すると、必ず突破口が見えてくるのです。
しかし、悩み(問題)が一般的・抽象的である場合にあ、そうやって分析する情報がほとんどない。だから、Aとも言えるがBとも言えるというような対立に陥ってしまって、答えが出ない。
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チープな言葉で言えばレベルの高いYahoo!知恵袋みたいな本。
自分も他の人も今まで生きてきた歴史が地層のように堆積して今を形成しているから、すぐに考え方やその人の性格が変わらないし根本の部分を見つめることが大切だと感じた。
あと人は無意識に言葉や内容を良くも悪くも自分の都合のいいように選んで話していることが多いからその背景にも気付けるようにいつかなることができたらいいなと思った。
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哲学はほとんど全ての学問の元となる学問だと聞いたことがあります。哲学のようで心理学のようである、精神科医のように相談を紐解き導く國分功一郎の分析力は読んでいて非常に心地良い。相談内容をまるで哲学の本を読むようにして“書かれていないこと”も読み解いたとありましたが、その姿勢を文章から感じ取ることができました。難解なイメージを持たれている哲学を分かりやすく書いているので、ここから哲学に興味がわく人もいるのではないでしょうか。ただ一点不安だなと思ったのは、國分功一郎の真似のように相談をバッサリ切ることが正だと考える人がいやしないかなということです。哲学の土壌があってこそ成せる技だと思うので、この領域に辿り着くことは簡単ではないと思います。
Posted by ブクログ
カウンセラーか、精神分析家か、と思いつつ、哲学の先生の人生相談を読む。
時に厳しく、時にめちゃくちゃ優しい。
バッサリ切るからこそ、なんだかこの人信じられるなって気持ちになる。
そうか、哲学とは、人生論だよな。と改めて。
本の紹介本としても、大変面白い。
そして何より、千葉雅也の解説が、なかなかなんとも良い。是非解説も。
Posted by ブクログ
各エピソードで、大部分は近い感想持ちつつ國分さんの言語化きれいと思いつつ、何個か真逆の立場取りたくなる
著者が全て正しいとは思っていないが、説明されると確かに固定観念かもと気づく瞬間が面白かった
Posted by ブクログ
『暇と退屈の倫理学』の國分先生が、哲学の視点から人生について考察し、日常生活の中で湧き出てくる問いをわかりやすく解説する本。
恋愛、結婚、仕事、家族など相談内容は多岐に渡り、読者自身が考えを深めるためのヒントを提供してくれる。
「生きる意味」や「人生の目的」といった普遍的な問いについて考察されるが、わかりやすい平易な言葉で書かれているため、哲学に馴染みのない読者でも理解しやすい内容となっている。
ちょいちょい挿入される哲学者の下世話エピソードが結構おもしろい。
ーーーーーーー一以下、抜書きーーーーーーーー
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フィンガレットによれば、岐路に立った人間が自由意志で選択するのが決断であるという考えは、西洋思想が作り出したステレオタイプに過ぎません。私たちは時折、重大な選択を迫られます。それらは徐々に行われることもあれば、突然に行われることもありますが、いずれにせよ、常に意図せざる仕方で行われるとフィンガレットは言います。
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人は誰かと経験を重ねてから或る人とお付き合いするのではありません。いまそこにある相手との付き合いこそが経験になっていくのです。自分は女性との付き合いの経験値が低いと考えるのではなくて、いまその経験値を毎日高めているのだと考えてみてください。
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ガリ勉がいけないということではないのです。これをやっておけば自分の人生は大丈夫なのだという〝信仰〟に頼ってしまうことがまずいのです。
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哲学者のスラヴォイ・ジジェクが紹介しているこんな「下品なジョーク」があります。 「船が難破し、貧乏な田舎者がたとえばシンディ・クロフォードと一緒に無人島に漂着する。セックスの後、女は男に「どうだった?」と聞く。男は「すばらしかった」と答えるが、「ちょっとした願いを叶えてくれたら、満足が完璧になるんだが」と言い足す。頼むからズボンをはき、顔にヒゲを描いて、親友の役を演じて欲しいというのだ。「誤解しないでくれ、俺は変態じゃない。願いを叶えてくれれば、すぐに分かる」。女が男装すると、男は彼女に近づいて、横腹を突き、男どうしで秘密を打ち明け合うときの独特の流し目でこう言う。「何があったか分かるか?俺、シンディ・クロフォードと寝たんだぜ!」
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このディオゲネスという人はオナニーが大好きだったからなのです。彼は、オナニーは自分一人で、自由に、しかも簡単に快楽を得られるから、こんなにいいものはないと言っていました。しかも、さすが犬儒学派です。彼は、人が見ていようと、ところ構わず、どこでもオナニーをはじめたらしいのです。ある時、彼は広場でオナニーしながら、「ああ、お腹もこんなぐあいに、こすりさえすれば、ひもじくなくなるというのならいいのになぁ」と言っていたそうです。
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「未練」というのはなぜ感じるのでしょうか?それは自分が「支払いを受けていない」という感覚を持っているからです。自分はサービスを提供した。だから支払いを受けるべきである。しかしそれが未払いになっている。その感情( =勘定)のことを、世間では「未練」と呼んでいるのです。
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「プライドが高い」というのは、もちろん、言うまでもなく、「自信がある」の正反対です。自信がない。だから誰かを見下すことで自分のプライドを維持しようとする。
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人間の気持ちというのは心身の状態によって本当に簡単に一八〇度変わります。ちょっと話は逸れてしまうかもしれませんが、森岡正博さんが『感じない男』という隠れた名著の中で、いわゆるオナニーの「オカズ」として使われたポルノやグラビアは、射精が達成されると、突然目の前から消えて欲しいものになってしまう、と書いています。不思議です。それまでの数分間、想像力のポテンシャルを最大限に発揮しつつ、視覚の解像度を限りなく高めて凝視していた対象が、射精という一瞬の身体的変化を経ることで、全く無価値なものになってしまうのです。人間の気持ちなどそんなものなのです。心身の状態によって簡単に変化するのです。
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どんな悩み(問題)も一般的・抽象的である限りは解決しないのです。いかなる問題も個々の具体的状況の中にあります。そして個々の具体的状況を分析すると、必ず突破口が見えてくるのです。
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多くの場合、大人は疑わずに社会を眺め、子どもは疑いをもって社会を眺めます。自分をほとんど疑わない大人は、疑う子どものことが全く理解できませんので、子どもの疑いを押しつぶすことがあります。それは最悪です。子どもが反発してくるならいいのですが、反発してこない場合にはとてもよくないことが起こります。
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人生相談においてはとりわけ、言われていないことこそが重要である。人は本当に大切なことを言わないのであり、それを探り当てなければならない。
Posted by ブクログ
國分さんの著書をもっと読んでみたくて手に取った本。そういう動機で読むのに適切だったかどうかは分からないけど笑
限られた相談文から状況を推測していくのが見事で、探偵とか、はたまた占い師ってこんな感じなのかも〜と思った。自分だったらなんと言うだろう?と考えながら読んでみると、バッサリ切り捨てるようなところと掬い上げるところが國分さんと違うところが結構あった。
そんなこんなで、私は読解能力とか想像力がないなあ…と思ってしまっていたけれど、千葉雅也さんの解説がとてもよかった。自分とは違う人間、それでいいんだ。(私はすぐに他人と比べて自分を誤っていると思ってしまう傾向があることに改めて気付かされた)