あらすじ
約1分の勾留質問で164日間勾留、検事の作文で作られる供述調書、証拠
改竄や捏造……。冤罪に巻き込まれた著者がみた驚愕の刑事司法の実態とは
法制審に参加した市民委員5人が戦慄した、抜け穴だらけの刑事司法改革。誰もが信頼できる刑事裁判のために、私たちにはなすべき事がある。取り調べの可視化、人質司法の解消、証拠開示制度・再審制度の見直しで、刑事司法は必ず変わる、必ず良くなる
神津里季生(連合元会長)
松木和道(元三菱商事法務部長)
周防正行(映画監督)
安岡崇志(元日本経済新聞論説委員)
「有罪率99.9%」は、先進国の中では異常なまでの高率です。以前は、検察の優秀さを示す数字であるかのように言われてきましたが、本来なら無罪となるべき事件や、そもそも無実の人たちが、かなりの数、有罪になっていることが指摘されています。
警察、検察、裁判所に対する国民の信頼度は高いと思いますから、皆さんは、「まさか、何もやっていない自分が犯罪者にされるはずはない」と信じているでしょう。
私も、かつてはそうでした。それだけに、検察の強引な取調べ、身に覚えのない罪でも、否認を続けると長期間にわたり拘置所に閉じ込められる「人質司法」、証拠開示になかなか応じようとしない検察の姿勢、あってはならない証拠の改竄という事実に、愕然とさせられたのです。
「はじめに」より
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日本経済新聞の連載「私の履歴書」を読み、衝撃だった。その後すぐにこの本が出版され、読むことにした。
まず、日本の有罪率「99.9%」であることを肯定的に捉えていた自分にとって、世界的にみても高すぎであることや、村木さんのように冤罪を生んでしまう危険性があることを知った。いつだれが疑われ、犯罪者になってしまうか分からない恐ろしさを感じた。
また検察や裁判官がまるで己の利を考え、本来の仕事を忘れてしまっているのではないかとも思えた。台湾の検察総長の言葉として「裁判は、人間が行うものである以上、必ず誤りが生じます。誤りがあるなら、我々はそれを正す義務があり、正す機会を与えるべきです。私自身は、冤罪が存在していることを正面から受け止めます。そのように考えるほうが、むしろ健全だと思うからです。」を挙げ、日本の検察や裁判所にも、少なくともこの発想に学び、冤罪と向き合う姿勢を持ってほしいと書かれている。再審制度は検察官や裁判官を救うものであり、決して否定されるものではないはずだ。
政府は2026年5月、再審制度見直しを盛り込んだ刑事訴訟法改正案を閣議決定した。
しかしながら、検察は例外的に抗告が認められており、当事者の生活は長期間拘束されてしまう可能性が残されている。今後も自分事として注目していきたい。
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非常に有益な本。また非常によくまとまった本。一度は読んだほうがいい本である。日本の取り調べのあり方に問題提議を行う一冊であった。日本の検察の取り調べが世界的に旧態依然で、法務省のやる気の無さ、そのあり方が後退している実態がよく分かった。一体検察は人権というものをどう考えているのだろうか?疑わしきは検察の利益では、遵法精神に反するのではないか。こうなっている現状は国民の無関心にも由来するところもある。いつ自分が被疑者被告人になるか分からない。人質司法は社会の大きな害悪であり大問題である。検察や裁判所の組織的な問題でもあり、大鉈を振るう必要がある。100年以上前の自白に基づく証拠によって裁判が行われてること自体、おかしなこと。他国の事例を参考に一刻も早く改革するべき。本書が多くの人の目に触れること祈るばかりである。
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検察は事実を積み上げるのではなく、先に描いたストーリーに合わせて証拠や供述を組み立てていく構造に強い違和感を覚えた。本来は「有罪と言えないなら無罪」であるところが、「無罪と言えないなら有罪」になっているという指摘は重い。
ただ、この問題は刑事司法に限らず、組織や日常の仕事にも通じると感じた。
人はどうしてもストーリーで物事を理解し、自分に都合のよい前提で判断してしまう。だからこそ大切なのは、誰かを糾弾することではなく、なぜ間違いが起きたのかを見つめ、同じ過ちを繰り返さない仕組みを考えることだとも、述べられていた。その通り、自分の働き方にも参考としたい。
私が日頃思っている「人は精一杯やっている」という前提を持ちつつも、人は間違える存在であることを忘れない。その両方を持つことの大切さを考えさせられた一冊。
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まさに「おどろき」だ。
本来、治安を守り、人権を守るべき司法が、ひとを拘束し、場合によっては人生を狂わす。当事者である、検事や裁判官は、問題意識よりも、組織防衛や自己保身に走って、ろくに改革もできない。
実際に人質司法を経験し、冤罪に問われかけた筆者の言葉は重い。
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失敗を隠す文化の裏側には、失敗を責める文化がある。
この本は冤罪という国家の最たる人権侵害の温床について考察している。
著者は厚生労働省課長時代に冤罪で起訴された村木さん。
検察官の取り調べの過酷さや、生活基盤を破壊する「人質司法」の深刻さが当事者の実感を伴って記されている。
もし自分が今の司法運用下で、在らぬ容疑で捕まったらと、背筋が凍ります。
同質性を持つ組織では自己を省みて改革する力が乏しいことが言及されています。
重大な失敗の裏側には、その誘因となる小さな見過ごしがいくつもあり、その違和感に気づくにはできるだけ多様な視点が必要です。
自分が所属している組織に自浄作用はあるだろうか?私を含めで同質性ばかり重視していないだろうかと問いを感じました。
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驚きの刑事司法
〝犯罪者〟の作り方
著者:村木厚子
発行:2026年3月20日
講談社新書
冤罪被害者である著者が、自らの体験を振り返るだけでなく、体験を通じて見えた問題点の確認や改善すべきことへの提言をしている。言うまでもないことだが、法務大臣の諮問機関である法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」委員となって、刑事司法制度改革の検討に加わってもいる(2011.6-2014.7)。
僕は、冤罪については若い頃から何冊も本を読んできたが、そのたびに憂鬱になり、他人事ではないと感じてきた。今日まで冤罪被害にあわなかったことは、むしろ運が良かったからとさえ思えるほど、検察による〝犯罪〟、でっち上げは酷い。
ただ、本書は著者自らの冤罪被害に対する憤りをぶちまけている本ではない。さすがに事務次官になるような器、ごく冷静に振り返り(本当は冷静を通せる訳ないとは思うが)、問題点などを整理し、この酷さを少しでも多くの人に知ってもらい、改革の機運を盛り上げようという心意気が感じられる一冊でもあった。
検察だけでなく、裁判所・裁判官への批判や改革の必要性を強く訴えているのが特徴でもある。さらに、自らの事件ではマスコミによる取材に惑わされたものの、法制度を変えるにはマスコミの力が不可欠であることも訴えているところが、実に冷静でもある。
第一部を構成するのが1~5章で、ここがもっとも力を込めて書かれた部分。
第二部は6章、7章において、痴漢冤罪事件での職場復帰やその後の人生などについて、経済事件における事前予防策や起きた時の対応策などを扱っている。
第三部は8章と9章で、著者からの提言となる。
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第一章
弁護士が依頼人を信用できるかどうか判断するポイント
①事実を包み隠さずに話しているかどうか
②依頼人が弁護士の意見に耳を傾けるかどうか
選ばない方がいい弁護士
①最初から有罪の心証を持っている弁護士
②話をちゃんと聞いてくれない弁護士
③検察官的発想から抜けきれていないヤメ検
役立った弁護士の助言
①何も隠したり捨てたり(証拠など)してはいけない
②勾留期間や取り調べについて知っておく
③嘘の調書を取られたら、弁護士に手紙で知らせて証拠化してもらう
④虚偽の自白調書を取られないことを目標にする
第二章
検察のストーリー
「村木は2004年6月上旬頃、B(ノンキャリの部下、係長)に証明書の作成を指示した」
理由は、「凜の会」は6月8日に証明書なしで郵便料金割引制度の利用許可を申請したが、公的証明書が必要と言われ、改めて6月10日に偽の証明書を提出していたから。「だから偽証明書は6月8日~10日に作られた、村木の指示は6月上旬ということになる」
ところが、
捜査報告書に掲載されたプロパティの写真には、証明書の作成日時が04年6月1日1時14分32秒と明示。これは5月31日深夜の続き。となると、村木が指示したのなら、その時期は6月上旬ではなく、5月31日以前でなければいけない。この矛盾を見つけたのは村木自身だった(勾留中に)。
この矛盾を解消するため、主任弁護士の前田恒彦検事は、保釈後のBに返したフロッピーを「04年6月8日」にプロパティ書き換え、つまり改竄していた。返却した理由は、手許に置いておくと請求された場合に開示しなければいけないから。前田は逮捕され、証拠隠滅で懲役1年6月の実刑確定。
無罪になる6条件
①タマが良い(被告人が善人に見える、本当のことを言っていそう)
②筋が良い(被告人の主張が分かりやすく、それなりに納得できる)
③弁護人が優秀
④裁判官が良い
⑤検察官が無能
⑥運がいい
東京には無罪判決を書いたことが一度もない裁判官が大勢いる。
大阪の裁判所は東京に比べて捜査機関に対して厳しい目を持っている。反社がらみの事件が多く、府警や大阪地検が荒っぽい捜査をしたから。
当時、東京での一般的な刑事裁判では、弁護人席の前に長椅子があり、被告人をそこに座らせた。なぜか大阪では、裁判官の正面に座らせていた。時代劇の「お白州」状態。村木の裁判では、裁判長が進歩的な人だったこともあり、弁護団の要求で弁護人の隣に座ることができた。
検察ストーリーにおいて、凜の会幹部が永田町の議員会館で石井一議員に厚労省への口利きを依頼したとされた日は、石井の証人尋問によりゴルフをしていたことが判明、検察も裏を取っていた。それを隠していたが、裁判でつい口を滑らせて知っていたことがバレてしまい、「今の質問は全部撤回します」と質問をやめた。石井はその日、国会期間中だったが、所属している決算委員会の仕事がなかったために平日ゴルフをしていた。もし保身に走る議員なら、叩かれるかもしれないそんな証言はしなかっただろう。
第三章
「人質司法」について書かれている。
村木が勾留されていた大阪拘置所の独居房は、畳2畳にトイレと洗面台がついた部屋で、畳部分とトイレとの仕切りはなく、房内には監視カメラがついていた。
裁判官は、検察官から勾留請求があると、被疑者に勾留質問をする。「不要不当な身柄拘束を防ぐために、検察官の言い分だけでなく被疑者本人の言い分を裁判官が聞いて、勾留の可否を中立的に判断するという建前があるため。しかし実態は、被疑者の氏名、生年月日、住所、職業と被疑事実に対する認否を確認するわずか数分の質問という形式的な手続きにとどまり、弁護士立ち会いも権利がない。村木の場合「否認しているんですね」「はい」というたった1分ほどのやりとりで勾留が決定された。
大川原化工機事件の相嶋静夫顧問は、日頃から二ヶ月に1回は血液検査を受けていたが、勾留のために定期検診を受けられなくなった。起訴後にすぐ保釈されて検査を受けていれば、もっと早く癌は発見され、適切な治療や手術を受けられたはず。保釈されたのは、亡くなる2日前だった。保釈条件には会社関係者との接触禁止があったため、最期に立ち会うことも、葬儀に出席することもできなかった。
大河原化工機事件では、違法捜査をした警視庁公安部や、起訴事実全体を立証するための基本的捜査を怠った東京地検に批判が集中したが、被告人の身柄拘束を安直に認め、その後も1年近く保釈請求を却下し続けた裁判所も、厳しく批判されるべき。
東京五輪汚職事件で贈収賄に問われたKADOKAWAの角川歴彦(つぐひこ)開帳は、79歳で不整脈があり、拘置所で3度も人事不省となったが、医師は対処療法のみ。激しい腰痛にも襲われたが、医務室でX線撮影をしたものの医師は鎮痛剤を処方しただけ。保釈後検査したところ、骨粗鬆症から腰椎骨折が判明。拘置所の医師は骨折を発見できなかったことになる。
第四章
この章では、裁判所・裁判官の問題点を中心に取り扱っている。冤罪を生むのは検察官によるストーリーづくりばかりでなく、裁判官もその片棒を担いでいるという点について声を大にして主張している。では、どうしてそうなったのか。著者は歴史を紐解きながらそうなった経緯と問題点を整理している。
「精密司法・調書裁判から、核心司法・公判中心主義へ」というキャッチフレーズが、裁判員裁判が始まった2009年にはよく言われた。精密司法においては、大筋はどうでもよく、小さな節々が大事。犯行否認でも構わない。調書の枝葉末節部分に真実味を持たせれば「やった」ことにしてしまえる、と豊橋事件の刑事は語っている。
刑訴法321条は法廷での供述に代えて調書を証拠にすることを禁じているが、被告人以外の検面調書は次の3条件を満たせば例外的に証拠採用OK。
①供述が任意になされたこと
②調書の内容が法廷の供述と相反するか実質的に違うこと
③調書の方を信用すべき特別の情況があること(「特信性」と呼ぶ)
無実を訴える裁判では、弁護人は、検察のストーリーに沿って作られている供述調書の証拠採用に同意できないのが当然だが、被告人が長期間拘留されることを避けるため、やむを得ず同意することがよくある。同意しないと、その証人に「口裏合わせ」の働きかけをする恐れがあるとして検察側が保釈に頑として反対し、裁判所もそれを認めがちだから。
日本の調書は「一人称独白形式」で被疑者があたかも主体的にすらすらと物語っているような印象を与える。これは江戸時代から行われていて、吉田松陰も「吟味詰り之口書(ぎんみづまりのくちがき)」というものがとられ、斬首刑を言い渡された。この口書こそが、今日の供述調書のルーツ。
「治罪法(明治13年)」や「明治刑訴法(明治23年)」の下、予審が行われ、法廷に出す被告人や証人の供述調書を作成する権限は予審判事にあった。捜査機関(警察・検察)が作っても、証拠能力を認めないのが大審院の判例だった。ところが、大審院は明治27(1894)年に判例を変更、「被告人や関係者が自由任意に喋ったことを捜査官が書き取っただけの書面なら、予審判事の権限を侵すものではない」と供述調書の証拠能力を認めた。文面上の自由任意を装うために、一人称独白形式の供述調書が定着した。江戸時代の「口書」が公然と復活。
戦後、GHQ統治下で「刑訴応急措置法」により、自白調書は「強制、拷問もしくは脅迫による供述でなく、不当に長く拘禁された後の供述でないこと」などを条件に証拠能力を認め、その既定を原稿の刑訴法に移し入れた。「はい」「いいえ」形式より、一人称独白形式の方が自由任意に喋った印象を裁判官に与えられやすい。
原稿刑訴法の最大の問題点
①検察が持って要る証拠の全面開示制度がないこと。
公判前(ぜん)整理手続では、弁護人の主張に関連する証拠について開示請求できるが、公判前整理手続が義務づけられている事件は全事件の約2%に過ぎない。
②被疑者・被告人の勾留について、裁判所・裁判官が検察官の主張を唯々諾々と認め、結果的に「人質司法」に加担していること。
戦前・戦中の裁判所は、司法大臣が監督する組織だった。検事局は裁判所に「附置」され、司法大臣が監督・指揮していた。検事局には治安維持法などを担当する「思想検事」などと言われる成績のよい(部内の人事評価が高い)検事がいた。戦後、パージされたのは「思想検事」の一部だけで、ほとんど全ての司法官は責任を問われずに職務を続け、高位の裁判官・検察官に。明治維新で奉行はクビになったが、与力や同心はそのまま。似ている。
明治から戦前までの司法省は、司法試験合格者のうち優秀な人材の多くを検事に採用し、判事も出世コースに乗せたい人を司法省の要職に登用した。人事面でいえば、司法官のなかで検察官、とりわけ司法省の中枢にいる検事が裁判官より上位にいた。
2024年に死亡した木谷明弁護士は、裁判官時代に30件もの無罪判決を出した。検察に控訴されたのはそのうち1件だけ。著書で日本の裁判官を3タイプに分類している。
①迷信型(捜査官は嘘をつかない、被告人はつく)
②熟慮断行型(迷信型の対極にいる)
③優柔不断・右顧左眄型(6割強の裁判官がこれ)
村木無罪判決を担当した裁判官は、A4判で158枚、文字数14万字近い判決文を書いた。読み上げに4時間近くかかった。多くの裁判官は、自分が書くべき判決の答えは検察官が起訴状に書いているので、そのとおりにするほうが仕事の効率がいいと考えるだろう。自白調書があれば「多少の強制がともなっていたとしても本人が『やった』と言っているのだから有罪にすべきだ」と判断する安心材料にもなる。
第五章
再審に関する問題点の洗い出し。この章は、昨今の報道で比較的馴染みのある話が多い。改正の緊急性が極めて高い二つの課題もよく耳にすること。
①再審開始決定に対する検察官による不服申し立て(抗告)が認められていること
②証拠開示についての規定がないこと
さらに
・再審開始事由の拡大
・再審請求審における国選弁護制度
・死刑確定者に対する拘置を含めた刑の執行停止
・有罪が確定した裁判(原審)に関与した裁判官には再審請求審や再審を担当させないようにすること
などについても課題として挙げている。
以下の3事件について、事件の概要や捜査、裁判、再審請求以降の問題点などに関して考えている。概要が書かれているにすぎないが、どれも本当に酷い冤罪事件ばかり。それでも無罪確定までいっているのでましな方だと言わざるを得ない点がなんともやるせない。明日はわが身であることも思い、恐怖が襲ってくるし、読んでいても憂鬱になってくる。
・袴田事件(誤認逮捕から無罪確定まで58年)
・福井女子中学生殺人事件(同38年)
・東住吉事件(同21年)
それぞれに冤罪被害者の人生は悲惨な状況となったが、東住吉事件では、火災で亡くした娘の供養ができなかったばかりか、冤罪被害者の両親に育てられた息子(当時8歳)が29歳になっており、引き離された影響で、再会後も親子の会話が成り立たず、関係もうまくいかなかった、そして、一切の付き合いがなくなったという。なんと、冤罪で息子まで遠くに奪われてしまったことになる。
第六章
1.防衛医大教授痴漢冤罪事件
2006年4月、小田急線車内で女子高生の下着の中に手を入れて下半身を触ったとして、防衛医大教授のN(当時60歳)が強制わいせつ罪で逮捕・起訴。手指鑑定で繊維検出されず。懲役1年10ヶ月の実刑判決。控訴棄却。2009年4月、上告審で逆転無罪判決(差し戻しではなく自判)。
Nは無期限の起訴休職となったが、無罪判決を受けて職場に復帰、裁判に約3年を費やしていたためその時点で定年退官となるはずだったが、考慮されて退官は3年延期された。
2.三鷹バス痴漢冤罪事件
2011年、走行中のバス社内で女子高生のスカートの上からお尻を触ったとして三鷹市の中学校教諭T(当時27歳)が逮捕・起訴。手指鑑定で繊維検出されず。認めないなら出さないと「人質司法」をちらつかされる。留置場で年越し、28日後に250万円の保釈金で出た。
バス車載カメラ映像を開示させたところ、触ったとされる時間帯にTはリュックサックを身体前にかけて立ち、左手でつり革、右手で携帯電話メールを打っていた。通信記録も残っていた。証拠は女子高生の証言のみ。しかし、2013年5月の一審で求刑通り罰金40万円。バスが揺れて一瞬だけつり革の左手が映っていなかった時間があるため、その瞬間に触ることは不可能ではなかったという「有罪推定」判決だった。二審では、映像解析の専門家である大学教授に映像を鮮明化処理した上で再鑑定を依頼、Tの左手がつり革を掴んでいたことが確認できるとなった。2014年7月15日、二審にて一審判決破棄、無罪。検察は上告せず確定。
Tは夏休み明けから職場復帰したが、2年半の起訴休職中に担当していた三年生の高校入試や卒業式に立ち会えなかった。地元駅に立って無実を訴え、署名活動もしたため、生徒、保護者、教師達は裁判を傍聴したり署名集めをしたりして、職場復帰も普通にできた。
しかし、偏見などで職場復帰後もうまくいかないケースもあり、いづらくなることもあることだろう。大企業などは起訴の時点で生涯を棒に振るに等しいケースもあるらしい。
また、人質司法により、認めれば略式起訴・罰金で済むといわれてそうしてしまう人もいるが、前科となって、それはもう消えなくなる。確定すれば、例えば、医師や薬剤師などは、戒告、三年以内の業務停止、免許の取り消しといった行政処分を受けることになる。
第七章
○プレサンス事件
プレサンスのKと共謀した学校法人M学院理事長が、M学院の土地売却で得た21億円を使い、プレサンスの山岸忍から借りた個人債務を返した。M学院の資産で理事長の個人債務を返せば業務上横領となるが、山岸忍もそれを知っていたので共謀とされた。山岸は否認、部下のKからは、理事長個人にではなくM学院に対して移転先の土地購入資金として18億円を貸した、と説明されていた。大阪地裁はKの供述は信用できないとして無罪、検察は控訴断念。
しかし、この事件で株価は急落、山岸は代表取締役社長を辞任、自身と関係会社が保有する自社株を他社に譲渡せざるを得なくなった。銀行が金を貸さないと言ってきたため。山岸は創業社長にして、東証一部上場企業に育て上げた。
Kは、当初、山岸の関与を否定していたが、関与を認める供述に転じた。それは、大阪地検特捜部検事・田淵大輔が行った違法性のある取調べの結果だった。
「どういう神経してるんですか!検察なめんなよ!命懸けてるんだよ俺たちは・・・」「反省しろよ少しは。なに開き直ってんだ!・・・なんだ、その悪びれもしない顔は!」まさに恫喝だった。
たとえ冤罪でも犯罪の嫌疑を掛けられると、企業の存続は危うくなりかねない。よほどの大企業でない限り、銀行が融資をストップする可能性がある。プレサンスがそうだった。中小企業やスタートアップの場合、トップが長期間身柄拘束されれば、全ての仕事がストップする。
公判前手続き中は、裁判は行われず、被告人は保釈されていても関係者との接触禁止条件があれば、会社の人と会うことも連絡することもできないので仕事はできない。経営者であれば事業停止に。公務員の場合は起訴休職になり、無給。裁判が長引いたら、仕事に復帰できないまま定年を迎えてしまうのではなかという不安、恐怖。「犯罪者」のまま会社や役所から去っていく人は多い。
企業が捜査の対象となり、社員が身柄拘束をされずに取調べを受けた場合、通常、取調べから戻った社員に対し、弁護士や法務部員によるインタビューが行われるが、戻ったばかりの社員はたいてい怒り狂っているとのこと。最初の30分ほどは、いかに非人間的な扱いを受けたか不満を述べ続ける。それを吐き出させて冷静にさせないと、取調べ内容についてのインタビューには入れない。
例えば、ある一部上場企業の廃棄物処理法違反嫌疑での取調べ
「Aさんよ、お前さんの奥さん、具合悪いんだってな」「あんたが帰れなくなっちゃったら、奥さんどうなるんだろうね」
Aさんの妻は、癌の診断を受けていた。警察官はそこまで調べ上げ、Aさんの「弱み」として突いてきた。
2007年に大阪府枚方市の清掃工場建設をめぐる談合に関与したとして大阪地検特捜部に逮捕・起訴された小堀隆恒(元枚方副市長)は、連日、検事から「クズ野郎、ゴミ野郎」と罵声を浴びせられた。「二度と枚方に住めないようにしてやる」「息子も娘も街を歩けないようにしてやる」とヤクザまがいの恫喝も。半身不随で介護施設に入っていた90歳の母親を「調べるぞ」とも脅された。小堀は一審無罪、控訴せずに確定、冤罪だったが、彼の母親は無罪判決前に死亡。
第八章
法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」委員での話。
最初から変える気のない法務省サイド、アリバイ的に法律の専門家でない市民を入れている様子がありありと分かる。法制審議会でのとりまとめ意見は、国会に提出される法案の土台となる。
特別部会のメンバーは、委員26名、幹事14名、関係官2名の計42名で、殆どは法学者、警察・検察関係者、裁判会、弁護士、法務省関係者など刑事司法の専門家。そのなかに「非専門家」の一般市民が7名いて、労働組合代表、映画監督の周防正行、元新聞論説委員、そして、刑事事件で拘置所に長期間入った経験のある村木厚子もいた。
比較的バランスの取れた構成だと言われていたにもかかわらず、早速に特別顧問が変えることに否定的な意見を述べる。それに対し、法務省にとって耳の痛い話をする大学教授、日弁連の弁護士、そして、村木などの市民の発言は次々に潰され、無視されていく。国民は主体ではなく客体であり、法務省は刑事司法制度を改革しようという気持ちがなく、盛り上がる世論を抑え、最小限の改革にとどめたいという意図で「一般市民を多数入れた開かれた会議で改革をした」とアピールしたかったに過ぎない。
「郵便不正事件」で証拠を改竄した前田恒彦検事をかばったとして、犯人隠避で逮捕・起訴された大坪弘道大阪地検特捜部長(懲役1年6月・執行猶予3年確定、現在弁護士)は、「取調べをすべて録音録画してくれないと捜査に応じられない」と言った。自分のことになると必死になる。
「特別部会」で大きな無力感を持った。3年間も会議したが、どれ一つ思うところまで議論が深められず。いかに法制審が「専門家のもの」であるか、市民の感覚と違う日とたちの議論にゆだねられているかを知り、市民やマスコミの応援が必要なことを痛感した。市民が感心を持ち、その内容を知り、発言することが大切。
「現行法には、取調べや自白について、319条に任意性に疑いがあれば排除するとの規定が肺居ているが、運用が必ずしも厳格に行われていない」と法務省特別顧問が発言。
運用で変質してしまうことは、ある意味で避けがたいことかもしれないので、法改正に向けた取り組みを続けていくべき。
第九章
取調べに過度に依存した現在の捜査・公判のあり方を変えるには、本来、現行の刑訴法を正しく運用すれば済む話だが、捜査機関や裁判所には、間違った運用を見直す姿勢がきわめて稀薄。それならば、法律を変えるしかない。
①取調べの可視化
②全面的証拠開示
③「人質司法」の解消
③の人質司法について、勾留用件の大原則がある
・被告人が定まった住居を有しないとき
・被告人が罪状を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき
・被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき
*条文には「取調べの必要があるとき」とは書いてない
「郵便不正事件」での証拠改竄の重大不正についての最高検察庁による検証において、村木は一度も事情を聴かれていない。いかに「身内」による形ばかりの検証だったかを物語っている。加害者側からのみの話を聞いて進められた。
袴田事件における「5点の衣類」の捏造はあり得ないとする検察は、捏造についての調査を行わず、事件当時の捜査関係者や担当検事から誰一人聴取せずに済ませた。
「郵便不正事件」の検証結果が発表されたのが2010年12月24日、袴田事件のそれは2024年12月26日。いずれも年末の慌ただしい時期に駆け込みのように公表、マスコミの扱いがあまり大きくならない、突っ込んだ検証もしないだろう、という意図が窺えた。
裁判所を改革する有効な方策として「法曹一元化」がある。もっぱら弁護士から裁判会・検察官を採用する任官方式で、アメリカ、イギリスなどでは確立した慣行として行われている。日本でも、弁護士団体が明治時代から法曹一元化を求めてきたが、現在でも、制度にも慣行にもなっていない。
「郵便不正事件」で、大阪痴漢に在籍していた塚部貴子検事は、「村木さんはやっていない」と周囲に語っていたらしい。ところが、強引な捜査に異議を申し立てた塚部は東京地検に移動、大川原化工事件では同社幹部3名を起訴。結局、一人が命を落とすことになった。
Posted by ブクログ
著者自身の経験に基づいた記述は、当時の様子が目の前で起きているかのように感じた。他のいくつかの事例の説明があるが、これもまた興味深く、あっという間に読み終えた。
人質司法などの問題点が、「専門家」によれば問題ではないとされる。変化を恐れる日本人の特徴がはっきり出ており、憤りすら感じた。急速な社会の変化に応じて、あらゆる分野で対応を求められている。正しい考えが尊重される国であってほしいと思った。
Posted by ブクログ
10人の犯罪者を有罪にするためなら1人の冤罪を生んでもいい体制という問いかけには考えさせられた。著者が官僚なので文章が精緻だが専門的で難解だった。身近にある脅威は痴漢冤罪。