あらすじ
公布から80年、今こそ日本国憲法を本気で考える。憲法をめぐって紡がれた物語は、国民に浸透しつつも、第二次安倍政権下で危機に直面する。その時、立ちはだかったのは意外な“存在”だった――。「天皇への敗北」はなぜ起きたのか? その理由を、30年前に物議を醸した「敗戦後論」、昭和の憲法学者と文人の抵抗、戦争責任まで遡って探る。戦後憲法学の試みを近代文学に準え、複雑に絡み合う「天皇・憲法・戦後」の核心に迫る。
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Posted by ブクログ
まーじでいま読まれるべき本。
憲法一条で規定された天皇は、憲法の存在が脅かされるときに護憲的な役割を果たすという機能が内在されていた。天皇制はもちろん令和のいまリベラルな価値観では到底許容してはならない「飛び地」である…にもかかわらず第二次安倍政権での安保法案改正・あるいはそもそも超民主主義的なふるまいをする安倍政権に対して「民主主義」としてNOを突き付けることができず、天皇の言葉に頼る形になってしまった。これが「天皇"への"敗北」として本書で書かれていることだ。全くもって非常にその通りで、現状の高市政権にていま議論されている皇族数の確保問題も超重要な国民的マターとして進めないといけない。
Posted by ブクログ
難しかったです。
気付きとしては、私なりに言語化する。
誤読してたらすいません。
憲法では、立憲主義と民主主義のバランスを取れることが、日本国民に求められている。民主主義に偏り過ぎ、戦争への兆しが見えた時、立憲主義へ大きく寄せたのが天皇だと見た。結果的には、天皇に頼ってしまって、日本国民は成熟できてはいないことが分かった。
この日本国民の未成熟について深掘りすると、日本国憲法の制定に主体性が持てていない、ねじれが存在する。
主体性が持てないことは、当時の天皇をはじめとした日本国の正式な加害性の謝罪が明瞭化されなかった。ねじれは基本的人権を天皇が持てない憲法条文になっている飛び地状態であることに国民は認識していないでいること。
気になるのは責任無能力者とは何だろうか?
印象に残ってるのは、加害者は被害者意識があり、加害性の認識ができていないことです。確かに先の大戦の日本政府の意見の雰囲気も被害者っぽい印象を受けますし、教育も自国の被害について誇張して伝えていたかなと思い返す。
そう思うとみっともないな、恥ずかしいと思う。日本国民のマインドにこの被害者意識がデフォルトになっているのは、なんとなくわかる気がする。靖国参拝時に報道される中国の発言もわかる気がしてきた。
戦争が続くのはこのような加害者の被害者意識というのも大きく関係しているのかもしれない。
今の世代も関係ないとは言えないと感じた。
Posted by ブクログ
・民主主義と立憲主義の緊張関係
・民主主義のみではだめp56
・P68 天皇への敗北
天皇による護憲的立場に頼ってしまっている
(天皇はそもそも憲法に内蔵されている仕組み)
安倍政権時 憲法秩序が危機を迎えた際、
民主主義的な手段での対抗はほとんど力を持たなかった
→メモ:天皇は家父長制の頂点にある存在であり、その意味で象徴天皇制の廃止を求める意見もある。が、憲法秩序の維持において天皇が果たしている役割を知り、天皇制廃止する・しない と短絡的に考えることはできないなと思った
・P123 戦後 という観点で考えないこと
それはゼロの出発を想定することになり、主体として戦争責任を引き受けることはできない
加藤の指摘:現代と戦前の日本との連続性の欠如
連続性をどうつくるか(自己欺瞞をどうなくすか)
・P135 アクチュアルな問題に取り組むことによって、連続性を作る
Posted by ブクログ
タイトルこそ天皇だけど、語られる大半は憲法と文学。作者自身は哲学者なので自説を滔々と語るのではなく、感じたことを発言していくスタイルが信頼できるとともに読みやすい。読み終えて日本人はそろそろ天皇から卒業・自立しないといけないのではと改めて思いました。
Posted by ブクログ
大好きな國分功一郎さんの新刊
もちろん読ーーーむ!
しかし最近わいは保守派への転向を明言してるのだが、よく考えたら國分功一郎さんもゴリゴリのリベラルなんよな
ゴリゴリのリベラルの人を大好きと言ってしまう保守派ってなんやねん!っていうね
まぁ、いいじゃないか
あっちにふらふらこっちにふらふらでもいいじゃないか
それがわい
今回の國分功一郎さんは憲法について考察する
そこから戦後の責任論や天皇制についても言及している
あ!本作でも加藤典洋さんの『敗戦後論』を取り上げてたな
どっかで読まねばなるまいね
そして天皇制な
天皇に基本的人権ないやないか!というのが論点のひとつになっていて、もちろん「天皇は例外」って位置付けなんだけど、そこはもっと明確にして国民の中でそれで良いのか悪いのか考えるべきだ!と仰っている
あれ?明確になってない?なってないかな〜
いずれにせよ左派はすぐ「天皇かわいそうじゃね?」に持っていって「こんなどいひーな天皇制やめようぜ!」に繋げようとするんよ
で、わいはと言うと、天皇陛下たいへんだな〜と思うけどやっぱ天皇制は続けたい
だってそれが(理屈抜きで)日本だと思うから
勝手なこと言ってるとは思うので、せめて感謝の気持ちは忘れないようにしたいな
Posted by ブクログ
途中で読んでる本がなくなるってのはあるんだけどこの本なくなった。暇と退屈のから入った私というか、みんなだいたいそうだと思うけど、からするとまあ軽くはない話題だよね。まあテキストに対する考察と言えるかもしれん。途中でなくなったのでまあ読まれなかった手紙的なことなのか?違
僕のキリスト教に対しての興味は、バイブルスタディというようなサークル活動!が成り立つのかという引っかかり、正しくなくても勝てばいいというディベートの文化、聖書に書かれてるわけじゃねえから変えていいんだって言い回し、it doesn’t make senseという言い回しとかをひっくるめた英語と日本語の違いのもとなんだろう。みたいなことなんだけど。憲法の正当性とは何か?って考えるとこれは日本のバイブルスタディにはなるわなって感じなわけ。そして、ジャンプとかで論理鍛えられている日本のマーケットであれば憲法漫画とかワンチャンいけんじゃね?つて思った。面白いよ。まあ新書っていいよねって感じ!
Posted by ブクログ
コラムの亡命の箇所、2026年の最低最悪の衆議院選挙の話かと思ったら12年前の選挙だった。不意打ちの解散によって争点もハッキリしないままに自民党が票を集めるのは10年以上前も今も一緒だったらしい。
Posted by ブクログ
安保法制や憲法改正を掲げ日本中に大きな議論を巻き起こした第二次安倍政権。そんな政権から日本国憲法を守るためには、結局天皇の一言に頼るしかなかった。保守は憲法改正を断念せざるを得ず、当初は反天皇制であったはずのリベラルもそんな天皇を利用するしかなかった。立憲民主国家において日本国民の力で守るべき憲法も天皇の力を使うことでしか守ることができなかったことは、いわば日本国民の「天皇への敗北」である。
戦後の日本人の多くは、旧帝国の第二次世界大戦時の戦争責任は否定しないものの、大日本帝国の国民ではなく戦後生まれ変わった日本国の国民として、どこか「被害者意識」を持ってしまうのはなぜか?
では日本人が本当に「先の大戦について反省」するにはどういう態度が相応しいのか?ベストセラー哲学者國分先生が憲法学と戦後の文学者たちの二つのアプローチから迫っていく。
いま、再び急速に民主主義へ挑戦する権力が力を持ちつつあり、民主主義が危機に晒されている。第二次世界大戦とどう向き合い、膨れ上がる傲慢な権力へ対抗していくのか、それぞれがこれを読んで内省するべき一冊。
Posted by ブクログ
國分功一郎の『天皇への敗北』を読んだ。わりとまともにこの国の民主主義と立憲主義の安倍以降の危機、中野重治、江藤淳、加藤典洋、天皇の戦争責任…などに関しての、著者の批評的整理が記してある。誰にでも読めるし、おそらく内容も理解しやすく書かれている。
内容の議論には正直なところ新鮮味やユニークさは無く、個人的には今更こんなことを…と感じたが、現在の我が国の政治社会の空気の流れとその源流、原動を鑑みれば、これをあらためてわかりやすく整理する必要があるということか。勿論けっして幼稚な内容ではないが、整理する必要があるという事態が極めて幼稚ではないだろうか。
新書サイズだし、國分だし、読みやすさは保証できる。ただ興味や関心や危機感が無いのなら読む意味はまったく無い。
それにしても…天皇に関する本書の扱い、新潮から出すにはギリギリな内容だったか?
Posted by ブクログ
戦後の憲法学は、日本国民が自ら憲法の価値を理解し、自らの手でこの価値を担うようになること、つまり憲法に対する成熟した態度を養うことを目指してきた。しかし、第二次安倍政権下で憲法が危機に瀕した際に、国民は自らの手で憲法を守ることができず、天皇に頼ってしまった。このことを著者は「天皇への敗北」と表現している。
この主張を一定理解はすれど、そのまま自分の意見とするかどうかには留保があるべきだと感じる。また著者自身もおそらく読者自身が自分で考え、自分の意見を持つことを歓迎するだろう。
哲学講話シリーズを読んできた読者としては、ほとんど哲学への言及がないことに面喰らったが、いま読むべき本ではあると思う。
しかし一方で、「ではどうすれば」という点への踏み込みは限定的であり、読者がそれぞれ考えていかねばいけない問題である。