あらすじ
30年以上封印されていた音声、初の書籍化
「まあ、これが遺作だな。死後公開だ」
学芸会の劇ではいつも主役で、12球団全部のマークを自分で手描きした野球帽をかぶり、蓄音機でDJをやっていた少年時代。高2の夏の一目惚れから始まった一生の恋。岩手から上京し、細野晴臣の家に集い作曲を学んだ「はっぴいえんど」前夜。バンド解散後に手がけたCMソングがテレビで流れたときの喜び。ナイアガラ・レーベルを創設し、アメリカン・ポップスが大好きだった少年時代に原点回帰した「ロンバケ」の大ヒット。壁一面ビデオ・デッキで埋め尽くされた伝説の部屋。インターネットが一般的になる前からのめりこんでいたパソコン通信。放送直前に完成した完璧なドラマ主題歌――
1991年8月、「死後公開」を約束に、親交のあった著者が聞き手となって福生の仕事場に三日三晩泊まり込みで行われたロングインタビュー。カセット・テープに録音されて30年以上封印されていた「軽妙洒脱な語り」をそのまま活かし、深い愛情を込めて綴った、POPの頂点を極めた大滝詠一の知られざる素顔。
教師をしながら一人親で息子を育て、欲しがる雑誌は全て定期購読し、ラジオを与えて「大滝詠一」の礎を築いた母。新婚時代、ラジオ局が激安で放出した大量の中古レコードを「全部買えば」と鼓舞した妻……ふたりの女性の格好良さにも痺れ、朝ドラのような展開に心が熱くなるノンフィクション!
ぼくはこの3日間を記録した膨大なカセット・テープの山を棚の奥にしまい込み、内容をどこにも公開せずにおいた。
でも、大滝さんが突然逝去された2013年からもすでに10年以上。そろそろかな、と。
大滝さんの言葉をもう一度、まあ、超膨大な情報量のうちのほんの一部ではあるのだけれど、世紀を超えた今の空気の中に解き放ってみようと思う。(「第2章」より)
大滝さんは誰かを聞き手に立て、自分の考えを“証言”として残すことを好んだ。そうした意味で本書は、ぼくを聞き手に大滝さんが綴った記録帳のようなものなのかもしれない。(「あとがき」より)
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Posted by ブクログ
3月21日は“Niagara day”。
名盤「A Long Vacation」をはじめ、幾つかの作品がこの日に発売された記念日である(ファンの間では勝手にそう決めている。いんや、もう決まった)
今年も50周年記念版等が発売されたが、書籍の目玉はこれ。音楽評論家で米米クラブのプロデューサーなども務めた著者が、1991年8月に行ったロング•インタビューをもとに書き下ろした一冊。今まで語られてこなかった話が色々とあった。今後も繰り返し作品を聴き、本書も読み返していきたい(ファンとはそういうものだ)
【余談】
山下達郎さんが、以前にこんな事を言っていた。
「僕の所に、『大瀧さんの事を聞きたい』という人が来る。僕は、『大瀧さんの事を説明するには3日かかるよ』と答える。『それでもいい』と言うから、僕は3日3晩かけて大瀧さんの事を微に入り細に入り説明する。
全てが終わった後、君はこう言うだろう」
『そんな人いない』
Posted by ブクログ
奥に引っ込むという選択をしている人の評論というのはどうか?と言いつつだからこそ読みたくなるわけです。すごい。読みたくなる人は満足するので読みましょう。C A7 F Gが弾きたくなるでしょうし、キャロルキングを聴き直すことでしょう。
Posted by ブクログ
大滝詠一さんが二〇一三年の暮れに亡くなって以降毎年三月二十一日に◯周年記念盤やら発掘音源集やらベスト盤やらがリリースされるのがお決まりのようになり、二〇一六年の”DEBUT AGAIN”までは私もなんとなく買っていたのだが、そのうち? という音源集や、はては盆踊り大会やギャラリー展示まで開催されるようになり、なんか違うな、と感じ十年近く遠ざかっていた。さて二〇二六年三月。”NIAGARA TRIANGLE Vol.1”の五十周年記念盤は買わなかったが、この本は買った。脳内で、一九九〇年代のお二人の声で再生しながら読んだ。お馴染みの名言がいっぱい書きとめられている。今でもぐっとくるのは「(前略)君の中にお家再興っていうのがあるならば君の城を建てろよ、と(後略)」(pp256-257)。新鮮味を感じたのは奥様との出会いのエピソード(pp100-105)。