あらすじ
いつも、二番目。
私を一番に思ってくれる人は、誰もいない。
それでも私は——ひとりぼっちじゃ、なかった。
恋人に「プロポーズするなら元カノがいい」と告げられ、婚約寸前でフラれた桃子。
田舎の父からも、
「天国の母さんに、桃子が幸せになった姿を見せてやりたい」と言われてしまう。
「私には、愛し愛されるパートナーができない。
他の人はじょうずに進める人生ゲームのマスが、自分には進めない。
私は、なにかが足りてない人間なんじゃないか——」
桃子が働いているのは、三軒茶屋の小さな喫茶店、「雨宿り」。
ここでは、毎週金曜夜十時、“元カレごはん埋葬委員会”が開かれる。
失恋相手との思い出のごはんが作れなくなった人たちが、
その恋を「埋葬」するために集まる場所だ。
モラハラを受けているのに、相手に好かれるように振る舞ってしまうかれん、
推しが結婚してつらくても平気なふりをする美穂、
二股をされても「彼以上に成長させてくれる人に会える気がしない」と悩む夏希、
「初デートで牡蠣を食べようと誘われたら、脈なしってことですよね?」と思い出を語る黒田……
相談者たちの失恋の話を聞き、
思い出の料理をつくって共に食べるうち、桃子は気づいていく。
誰かに選ばれないからといって、足りていない人間なわけではない、と。
元カレごはん埋葬委員会。
迷った心が帰る場所は、ここにある。
“ままならない気持ち”の名手、川代紗生の新作・書き下ろしが登場!
共感とおいしさのつまった、なんども読みたくなる1冊です。
【目次】
第1話 プロポーズ未遂の洋風茶碗蒸し
第2話 ググれよ男のさっぱり煮
第3話 推しに捧げたカルボナーラ
第4話 二股男の不合格オムライス
第5話 "脈なし"を悟った牡蠣フライ
第6話 ママがいない日の塩胡椒チャーハン
第7話 愛されなくても愛せるからあげ
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
本当に大好きだった。
父からの、言葉になぜか私も泣けた、、
足りてる、足りてない、当たり前、幸せ、
本当に人それぞれで。
でもやっぱり、30代になって独り身だと
世間からは足りてない、難があるから独身のまま
とかってみられてしまう。
なんなら、自分自身で、そうレッテルをはって
しまう。やだな。
私も、ももちゃんと一緒で
誰かにいてほしい、それこと生活している時に
ふと私を思い出してくれる、
そんな相手がいたらなって。
そんなの当たり前に思うのに、私だって
結婚したり子供産んだりしたいのに
はああ、すごくももちゃんの気持ちが分かりすぎて。
埋葬委員会、素敵だな。
私も、雨宿りみたいなお店があるなら
常連になりたい。
なんなら、ももちゃんと友達になりたい。
一緒に、4人でご飯を食べたいな。
私のことを理解してくれる人が身近にほしい。
そんなことを思う本で、素敵すぎました。
Posted by ブクログ
とても共感性の高い話でした。
一人でも寄り添ってくれる身近な相手が見つけられるだけでも幸せな事だと思うし、今のこの環境を受け入れて幸せだと思い込むことも大切だと思います。
最後はきちんと自己を大切にできてい良かったなと思いました。
Posted by ブクログ
落ち込んだり、悲しんだり。何をやってもうまくいかない。ネガティブがネガティヴを呼んで、心の湖底に沈んでいく。
そんなときは、本を読む気分にはなれないかもしれない。でも。……だからこそ。
この本を、開いてほしい。
夜の月のように寄り添い、慈雨のようにぽつりぽつりと降ってくる言葉たち。透明なガラス瓶いっぱいに詰め込んで、心に抱いて瞼を下ろしたら。
きっと。ほんの少しだけ、自分に優しくなれる。
Posted by ブクログ
自分の年齢のこともあり、すごく考えさせられた本。
結局幸せというのは自分が決めるもので、その幸せの形は人それぞれ異なるものと改めて感じた。
自分自身の幸せを見つけたい気持ちになる。
Posted by ブクログ
『何かが足りていない』
『何かが欠けている』
そんな感情を少しでも知っている人の手に届いてほしいな。
✾月がきれいな夜に、誰かに思い出してほしかった
✾川代紗生
✾SUNMARK
『傷つくことを知っている人』
『傷つけることを知っている人』
『大好きな人がいる人』
『大好きな人が全て。ー世界の法律みたいになる人』
『耳が痛くなる言葉に心を揺さぶられる人』
『迷いや後悔を抱えている人』
『一歩踏み出したいと勇気を出す人』
言葉が多くない、穏やかな優しい人。
いつも許してくれる優しい人。
穏やかだから、優しいから、平気なんだ。
…そんなことないよ。
胸の中には色んな想いがあるんだよ。
でもその言語化はとても難しく、感情だけが胸の中に置き去りにされてしまうことはありませんか。
哀しいや淋しい。
怒りにもどかしさ。
叫びだしたくなるそんな気持ち。
傷。
そんな気持ちをそっと迎えに行けます。
物語の中のたくさんの言葉たちに胸がきゅっと切なくなって、抱きしめたくなります。
生きていていい、そう背中からそっと包んでくれる、自分を愛する方法をそっと教えてくれるそんな柔らかく優しい物語。
そして美しい装丁にうっとりとときめき、手元に置いて眺めるだけで心癒される一冊です。
私の一目惚れ本でした✨️
傷つけられたことばかり執着するのは、もうやめようと思った。人生がうまくいかないとき、わたしはすぐに人を責めたがる。心にできた傷を数える。いろんな角度から丁寧に観察し、こんなに傷ついた、傷つけてきたあいつはひどいと、心のなかで何度も何度も、相手を刺し返す。
わたしたちは、努力した。努力したけれど、だめだった。
…生きる糧です。栄養です。わたしの体の六十パーセントは有栖川瑛二でできてます
なんだか、「自分が傷ついていない理由」を、必死に探しているように見えた。傷ついていることを認めてしまうと、それですべてが終わってしまう。
…その人が、世界の法律みたいになっちゃうもんだよね
俺も、知りたい
この法律から、抜け出す方法
優しい言葉よりも、耳が痛い言葉のほうが真実っぽく聞こえるものですよ
決めるしか、ないんですよ。新しい世界に行くには。たしかに耳が痛い言葉を言ってくれる誰かがいると、安心します。引っ張ってくれる感じがする。この言葉をいってもらったことこそが人生の転機だって思えるくらいの、衝撃が走る。でも、ほんとうは違う。人生はそこまで簡単には変わってくれない
ああやって自分の苦しみをとことん掘り下げてようやく、夏希さんは、自分以外の誰かが決めた「法律」を脱ぎ捨てる決意をした。
『あのときこうすればよかった』の積み重ね、なの。『こうすればよかった』って毎回思いながら階段をのぼってる。どれだけのぼってもいつも後悔してる。でも、後悔しないと先に進めないの。一段うえに上がるには、みんなと同じペースで会談をのぼるには、どこかで間違って、後悔する以外に方法がないの
ずっしりと重たくなった心を抱えて、一緒に生きていく。その覚悟のあらわれが、言葉なんじゃないでしょうか。
自分のなかにある記憶を、別の誰かの記憶へと引き継いでいく。どうか届きますようにと祈りながら、自分の存在の足跡を、別の誰かへと託す。
パートナーがいないからって、わたしを、足りてない人間みたいにー扱わないでほしい。
生きることはそれだけで苦しいことだ。でもそれでもいいじゃないかって。だったら苦しい気持ちごと抱えて、一緒に生きようって。それは僕が誰かに言ってほしかった言葉でした。生きてもいいんだ、と思いました。こんなー足りないままの僕でも
この人がいる世界なら、生きる価値があるって思えるから
そうか。自分を愛せないなら、自分の所属する世界ごと、愛せばよかったんだ。
自分を好きになれなくとも、間違うことがあっても、足りていなくても、なんとかもがき、少しでも好きな自分になれるようにと努力してきた黒田さんを、店長を、そういう人たちが生きているこの世界を、わたしは息苦しくなるほど、愛おしいと思う。好きだと思う。互いの記憶のなかに互いが存在することが、うれしいと思う。それでよかったんだ。
たとえ、自分を愛せなくとも、世界を愛することは、できるんじゃないだろうか。愛せる世界をつくる努力は、できるんじゃないだろうか。
Posted by ブクログ
めっちゃいい。泣いた。
結婚してない自分は何か足らない人間ではないかなど、誰かに価値を決めてもらう人生に縋ってしまう人に送りたい。
主人公が働く喫茶店では、元カレごはん埋葬委員会が開かれる。そこに訪れる人たちの話。
装丁も好き。
Posted by ブクログ
こちら、ご縁があり、発売前にご献本いただきました。が……
「おいおい、あんまりじゃないか」
そう呟いて、一度本を閉じるしかありませんでした。
そうだった。文章のタッチがリズミカルだからいつも騙されてしまうのですが、彼女はいつも「そういうところに気づかずに生きていられたら楽なのに」というところを詳かに言語化してくれるのです。おそらく、自身も相当に傷つきながら。
前作『元カレごはん埋葬委員会』の続編としての本作では、少し大人の女性になった桃ちゃんのリアルな焦燥感が描かれています。それと同時に、喫茶「雨宿り」に訪れる相談者の女性たちの、本人も気づかなかった息苦しさの正体にも光を当てています。
「ああ、この話はあの人との関係性に似てる」
読み進めるうちに、消化不良のまま放置するしかなかった過去の恋愛の記憶が想起されて、キュっと胸が締め付けられる思いでした。
自分が“正しい“と思う努力をして、でもそれが相手が求めるそれとズレがあって、頑張っても頑張っても報われない。そのうちに自分のカタチがわからなくなって、それでも自分に理由をつけながら生きていくしかない。そんなあの頃の私を見捨てないでいてくれる人が、「雨宿り」にはいました。
また、全編を通して“幸せ“について問われ続けます。
自分自身の思う幸せが精神的な充実にあるのに対し、世間一般のいう幸せは形式や数字によってわかりやすく記号化されているような気がしています。正直なところ、私はその形式や数字に微妙にうまく乗っかって、周りからの「幸せになってほしい」圧をなんとかかわしている自覚があります。でもそれは、ただただ幸運だった。
私は生まれたのが女で、30過ぎて好きになって結婚してもいいと思ったのがたまたま人間の男性だった。その人もたまたま私のことを結婚してもいいと思ってくれた。ただそれだけのことだけど、それがいかに難しいことか、過去の恋愛や人間関係においてやらかしまくっている私には、よくわかっているつもりです。
人間の数だけ、幸せの形がある。もしそれが世間の認識とズレていたとして、自分の選んだ幸せの形を全世界に認めてほしいなんてことは思わないかもしれない。でもせめて、自分を大切に思ってくれる人たちには理解してほしい、きっとそう思うのではないでしょうか。
最後の数ページ、祈るような気持ちでページをめくりました。
優しいだけではない、悲しいだけではない、全然完璧なんかじゃない「雨宿り」に集う人たちの幸せの形を、どうか見守ってください。