あらすじ
外国語の学習は、多くの人に「良いこと」と信じられているが、正しい発音や流暢さ至上主義、ネイティブ志向、努力神話……等、学習者に劣等感や罪悪感を生む「呪い」も孕んでいる。本書はそうした言語学習の副作用を指摘し、言語やことばをインストールできるシステムではなく、社会的な活動のための人間らしい営みとして捉えなおす。ことばは硬直したものではなく、流動的で柔らかく、世界の見え方を歪めも解放もする存在である。学習者が自由に、そして幸せに学び、より豊かな世界をつくるための方法論を探る。
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Posted by ブクログ
ことばとは、自分のidentityを確立する手段、人とつながる手段、社会に参加する手段である。言語学習の場で見失われがちな、ことばの本質について述べている。レベルの呪い、ネイティブの呪い、「正しさ」の呪いといった言語学習の副作用にとらわれることなく、おおらかに、ことばを身につけよう。
インド人は訛りに誇りを持っている。ドクターを ダークタルのように発音してはばからない、それは、自分たちのethnicity であり、identity を示していると考えているそうだ(p122)。日本人の考えとは対照的だ。通じれば、それでいいのかもしれないが、少なくても私は、インド人の英語は分かりづらくて困るから、自分のカタカナ英語は改善したいと思う。
外国人や外国にルーツがあると思われる人にかける「日本語がお上手ですね」ということばは、マイクロアグレッション(小さな攻撃)になってしまうことがある。日本語ネイティブでない、日本人と同じではないと、壁を作られるように感じるそうだ。彼らの identifyを傷つけることになるらしい。自分なら、英語が上手ですねと言われたら、単純にうれしいので、そんな感じ方があるのかと目から鱗だった(p106)。