あらすじ
自分とセックスしている夢を見て、目が覚めた――。女から女へと渡り歩く淫蕩なレズビアンにして、芝居に全生命を賭ける演出家・王寺ミチル。彼女が主催する小劇団は熱狂的なファンに支えられていた。だが、信頼していた仲間の裏切りがミチルからすべてを奪っていく。そして、最後の公演の幕が上がった……。スキャンダラスで切ない青春恋愛小説の傑作。俊英の幻のデビュー作!
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Posted by ブクログ
友人が突然貸してくれた本。前情報無しに読んだらとても面白かった!
中山可穂先生の小説は「レズビアン小説」と称されることが多いらしい。今作で初めて先生の作品を読んだ私個人としては、この表現は間違いではないが、決してそれだけではないだろうと感じた。
主人公の王寺ミチルは芯の通った人物で、ひたすら演劇に身を捧げている。ただぼんやりと人生を浪費し女を貪るようなキャラクターではない。もしかすると演劇界には同じような人物がいるのかもしれない……と思わせてくれる、血の通った主人公だった。
また作者は文化的資本が溢れたところで暮らしていたのだろう、そして知的好奇心に溢れた人物なのだろうと伺える描写がいくつもあった。主人公たちが演じる作品はヒトラーの人生をなぞったものであったし、登場人物の中で最高齢である女性が暮らす館の描写は以下のように建築様式に明るくないと書けない文章であった。
「バロック、ロココ、アールデコ、アールヌーヴォー、およそ目につく限りありとあらゆるスタイルがごった煮にされてひしめきあっていた」
……教養のない私にはどれもピンとこない。今日のうちに調べておこうと思う。二十代と明記されている主人公の視点でこのように描かれている点が美しいと感じた。主人公が家庭教師のアルバイトをしている設定も納得だ。
また解説(文庫版)の山本文緒氏も以下のように記している。
「中山可穂の小説のもうひとつの魅力に、芸術に触れる豊かさというものがあると思う。私は音楽も映画も絵画もワインの種類も、からきし芸術方面に乏しいので、彼女の小説にちりばめられた人生を豊かにするキーワードがわからなくて寂しい思いをした」
この素直な一文により、私が読書中抱いていた文化的教養のなさからくる羞恥の心が幾分か救われたように思う。主人公の彼女が持つ知識が読者側に求められるスタンダードなのではなく、彼女が劇団の長を務めるだけの頭の持ち主であっただけなのだ、と。かっこいいぜ、王寺ミチル。名も知らぬファンとして、私を抱いてくれ。
ところで、文字列の意味が理解できず作品に没入できないままでいるのも苦しいところがあるので、作中に出てくる音楽については何度かスマホを用いて調べた。
「女の人を抱くときは、エルガーの行進曲のように典雅に。」
この一節に差し掛かったタイミングですぐ、「エルガーの行進曲」をApple Musicのサブスクリプション(最近出たクラシック版で!)で検索してみた。
聴き覚えのある行進曲だった。典雅というより勇敢な曲という印象を受けた。こんなに勇ましい抱き方をするのか。もっと官能的で落ち着いたクラシックかと思ったので、テンポの良い楽曲が流れてきて正直驚いた。これが彼女の中にある、少年らしさというものなのだろうか。
次に、文体について。この作品は耽美な描写が多いにも関わらず、小気味良くすらすらと読める文体であることが私にとって嬉しかったし、この作家の作品をもっと読みたいと思う大きな理由となった。
耽美な小説となると難しい熟語を用いられることが多い気がしていて、どうしても読む気になれないことが多かったのだが、この作品は日数でいうと二日でさらりと読めた。話自体が面白かったというのも勿論だが、私のように読み手に教養がなくとも話についていける名文揃いだと感じた。
また私自身、中学の短い間演劇をやっていたことがあり、その点の感情移入がし易かったというのもあるかもしれない。舞台に立つ直前の緊張感、それまでの悪夢を見る日々、役に入り込む時特有の高揚感、これらの内容は演劇に携わったことのある人ならではの描き方だと感じた。作者は実際、小説を書く前は演劇に携わっていたそうだ。この方の劇も観てみたかった。
またもう一度、舞台に立ってみたいと思う作品だった。演劇を愛し、賞を取るという目標を持ち、それでいて辛さに押しつぶされそうになって泣き喚くこともあり、睡眠薬を所持していて……か弱いところもある主人公。劇でも私生活でも周りの心を揺さぶり振りまわす。そんな主人公に憧れ、恋焦がれた。
本作を薦めてくれ、貸してくれた友人に感謝したい。先ほど、自分用に通販で買った。これで返却してもまた読める!
ここまで、この作品の虜になっている私の文章を見て、それでもまだ本作を「レズビアン小説」だと称する人物がいたら、花束で頬をぶちます。
Posted by ブクログ
燃えるような恋愛だったり、時として儚く狂おしい恋愛だったりといろんな側面を持つ百合小説である。ミチルさんはたくさんの女性と関係をもつ事で意中の女性へ嫉妬をさせ、恋の駆け引きを楽しんでいたのだろうか。私自身は異性愛者(ノンケ)だが、ミチルさんが目の前に現れたら惚れてしまうだろう。実際、ミチルさんに虜になった登場人物たちに感情移入をしてしまった。最後は切なかったがそれすらも美しいと思ってしまった。