【感想・ネタバレ】日本の宿命のレビュー

あらすじ

何かがおかしい。「嫌な感じ」がどうにも消えない。カリスマが現れても新政府ができても高邁な理想を掲げられても、絶望的いらだちが治まらないのは、なぜなのか? 橋下現象、政権交代、国境騒乱等混沌の真因はどこにあるのか? 維新、大戦、高度成長期等の転機から自由、平等、民主、経済成長、ヒューマニズムの追求こそが幸福であるという、この国が負わされた近代主義を徹底的に懐疑する。稀代の思想家からの鋭い一撃。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

評論らしい評論を読ませていただいた。大東亜戦争の意味すること、侵略ではないとする言動の根っこにあるものが分かりやすかった。
現在の無脊椎ともいえるニッポンの状況がどこから来たのか、鎖国を開き、明治維新の攘夷と文明開化の側面がどのように大陸進出と太平洋戦争につながり、戦後の経済発展とアメリカへの自発的従属がもたらされたか。
戦争に赴かざるを得なかった人々の犠牲とそれを戦犯とした疾しさについては、個人レベルの感傷として理解できる部分と社会・世情レベルではやむを得ないと感じる部分もある。
福沢諭吉の一身独立、一国独立が、これからの世界への開国にも大切だという主張には納得した。
13-45

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2013年03月28日

Posted by ブクログ

ネタバレ

戦後の民主教育を受け、共産主義の失敗を見てきた我々の世代にとって「民主主義を疑う」ことは非常に難しい。というよりそれは前提としてあるもので意識すらしていなかった。しかしギリシア・ローマ時代の昔から、独裁制と民主制は交互に現れるものであり、ある意味表裏一体のものであるようだ。近年の日本の政局を見ると、またもその歴史を繰り返すかのような動きを見せている。民主主義のもと、大衆の民意が力を持つようになると、政治は民意を意識して、あるいはそれに左右されて大局的な思考ができなくなる。その結果あらゆる決定に時間がかかり、効率は落ちる。苛立った大衆は強い指導力を求めるようになり、そこに民主的な手続きのもと、独裁者が登場する。独裁者は常に喝采をもって迎えられるのだ。特に声の大きい者たちの…。

筆者は民主主義を否定しているわけではなく、「民主主義が健全であるためには常に民主主義を疑い、注意深く見守っていく必要がある」と述べているのだろう。民主主義は意外に脆弱であり、独裁制は意外にしぶとい、ということを忘れないようにしなくてはならない。

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2013年02月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

現在の日本を覆う、何となく筋が通らなくて、リーダーも人々も、どこもかしこもブレている感じ。著者はこれらの根本原因を、江戸時代後期まで遡って、西欧列強との立ち位置を巡っての日本人の態度、思想の変遷に見出そうとします。

以下、本書を思い切ってまとめてみます。

列強からの侵略を恐れた日本人は、武力による防衛を目指すが、あまりの実力差にそれが叶わかったため、西洋文明を取り入れて、国としての力をつけることを優先する。しかしいつのまにか「開国」自体が目的化してしまう。やがて力をつけた日本が欧米と衝突するのは歴史的必然であった。戦後は、防衛を米国に委ね、文化や経済のアメリカ流を受け入れ(これも「開国」といわれる)、自由と経済成長を信奉して経済大国となったが、やがて経済戦争ともいえる80年代の経済摩擦を迎えたのも歴史的必然。85年のプラザ合意以降は、米国を助けるための経済政策に勤しむことになってしまった。明治から一環して、自立自助の精神が欠けたままになっており、これが日本人の肝が据わらない原因である。

福沢諭吉や三島由紀夫など、まだまだ面白い話があったのですが、ざっとこんな感じでしょうか。

いわゆる保守派の意見として、これは正論だと思いますし、なるほどと考えさせられるところが多かった。でも、実際に、目の前にある、政治や経済や、もっといえば自分のビジネスの課題に対して、どうやって日本人として自立した矜持を持って対応していくかとなると、現実的にまた別の難しさがある。

こういう思想は、背骨作りのために、吸収し考えなければならないけれど、それだけでは生きていけないんですよね。背骨と小手先。どちらも大事なんだよな、という、ちょっと本書の筋から外れた感想になってしまいますが。

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2013年06月20日

Posted by ブクログ

ネタバレ

自分のことを棚に上げて書いてしまうけれども、佐伯さんはずるいと思う。

そう感じてしまう理由として、佐伯さんの評論家的立ち位置である。とりあげるどの問題に対しても、結局最後まで解決策や道筋を示すことなく、それぞれの課題に個別に取り組んでいる政治家や専門家、学者、行政等の振る舞いを批評するスタンスをとっている。
 その都度、「その問題を論じること自体が目的ではない」と断りを入れて、「その背景にある○○が問題なのだ」というが、その「○○」に対する解決の道筋も示していないように思われる。
 とりあげる諸問題の裏には「日本の無脊椎化」がある、と言っているが、「無脊椎化」がどんな価値観の喪失によるものなのか、またそれを回復することが望ましいのか、新たな時代に新たな価値観が必要とされているのか、イマイチ明確ではない気がする。
 だから研究者、というより評論家・批評家との印象である。

 「1980年代論」の中で、戦後日本が戦争で亡くなられた方々の上に築かれてきたものである、との認識に伴う「疾しさ」の感覚が失われていることを嘆いているが、これが「無脊椎化」でいうところの価値観の喪失なのか?であれば、それが現代の諸現象にどうつながっているのか、もっと解き明かしてほしい。(個人的には、戦後に生まれた世代として「疾しさ」と言われていも今一つ、ピンとこないものもあるが…)

もう一つ気になるのが「開国という強迫観念」の中で西洋的な知と日本的な知を対比させている割には、「日本的な知」についてが曖昧で、「なんとなく」「イメージ的」な議論になっている印象がぬぐえないところである。読んでいて、じゃあ佐伯さんのいう評価されない、下等とみなされている「日本的なもの」って何なのか?それは本当にいま評価されていないのか?下等・劣等とみなされているのか?そもそも「誰に」そうみなされているのか?
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 さてと、上までの内容とは別の視点での感想。
 この本の中で一番印象に残ったのは第9章の「1980年代論」、この中に紹介されている記述にハッとさせられた。
 三島由紀夫や吉田満の文章を引いて、戦後日本が陥ったお金や快適さを求める自己中心主義がもたらした社会の退廃を指摘している。この現象への危機感は右・左関係ないものだったんだ、という気づきにびっくりした。その背景や解釈はことなるかもしれないけど、この危機感は共通しているものだったのだ、ということが新鮮だった。

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2013年03月25日

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