あらすじ
愛子先生の現在と過去を綴る傑作エッセイ集。
◎阿川佐和子さん、大笑いして大絶賛!
「どうして文士とは、総じてワガママで変人なのか。そして、文士の子どもがこれほど酷い目に遭っているというのに、どうしてみんな笑うのか! まことに不可解!」
185万部突破ベストセラー『九十歳。何がめでたい』の作家・佐藤愛子さん。「憤怒の人」「怒りの佐藤」と呼ばれた愛子センセイの娘で、一つ屋根の下に長く暮らす杉山響子さんが、現在102歳となり、衰え記憶を失っていく母の今と、自身の記憶の中にある母との濃密な思い出を、愛情と哀切たっぷりに綴った傑作エッセイ集の誕生。
≪かなわん人だった。うるさい人だった。何度クソババア、と思ったかわからない。
けれどこうして母との思い出をたどっていくと、冷えて固まった火山岩のところどころにキラキラ瞬いているカケラを見つけるのだ。それは雲母のようで水晶のようで私はしばし見入ってしまう。するとみるみる遠い昔に引き戻され、忘れていたいろいろが色鮮やかによみがえってくる。≫(「グルグル歩道橋」より)
(底本 2026年1月発売作品)
感情タグBEST3
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本当は怖くて‥‥読むのをやめよう・・‥と何度も思いました。
私にはすぐそこに見えてる未来に思えて…
自分の知らないところで、変化するって怖いでしょう…
ある程度の年寄りは読むのをやめた方が‥
最後の方は昔の思い出(まだ若いころの)なので、ほっとしましたが、辛いです‥‥
くれぐれも老人は読まないように…申し訳ない。
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私にとっては「あの佐藤愛子さんの娘さんが書いたんだ〜」という驚きのような気持ちから読み始めた本だけれど…まず佐藤愛子さんが認知症であったことに驚いた。九十歳シリーズ2冊を読んでいたので、老いてなお愛子節健在な様子にまさかそんなことが起こっているとは、想像できてなかったから。
介護を経験した私には時々刺さる言葉がある。
老人ホームの入居を決めた時の「(キョーコさんの判断は)正しいかもしれない。けれどいく正しくても罪の意識が消えることはない」とか「死は死んでいく者よりも、残った者にとっての試練」だとか「(介護している時は)母親というフィルターを通して自分の中の醜さや身勝手さを突き付けられたのだ」とか…私自身今になって思うことだと思い知らされた。
ただ、この本はそんなドキッとすることもありながら、ほとんどはまさに「娘と私の時間」で、キョーコさんは愛子さん譲りのボヤキで母と過ごした時間を語ってくれ、だいぶほっこりしながら、私も母に思いを寄せることができた。
間違いなく、私もほとんどが母によって作られ、私の中には母のカケラがある。そして私はそのカケラを繋いでこれから生きていくんだろうと思える。
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私はこの本を、母として、娘として、そして孫として読んだ。それぞれの立場から思い浮かぶ記憶があり、そのたびに見える景色が変わった。今回の読書は、自分自身の人生と家族関係を見つめ直す、非常に密度の濃い体験だった。
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この本で、佐藤愛子という人がエネルギーの
塊り(憤怒の)ということが分かった。
佐藤愛子の本を少なからず読んで来たが、
これで最終。母・佐藤愛子のカケラの娘さんの
杉山響子さん、お疲れ様でした!
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佐藤愛子さんのエッセイ「娘と私の部屋」が「non-no」に連載されている頃、毎月、発売が楽しみだった。
エッセイを読むためにファッション誌を購読していたのである。
母と娘の、対等(に見えた)な丁々発止がとてつもなく面白く、その母娘関係がうらやましかった。
なんと言っても、「怒る佐藤愛子」にスカッとした。怒る女はカッコいいなと思った。
佐藤愛子さんは長生きで、いつまでも変わらずシャキッとしておられた印象。
認知症を患っていたことをこの本で初めて知った。
響子さんは、最初、母の認知症を隠そうとしたという。
私は、小説家が認知症になったと聞かないので、書く人は認知症にならないのだと思い込んでいた。
物語を紡ぐのは一番、頭にとって良いことだ、そして、本をたくさん読んでいたら自分も少しはあやかれるのかななどと密かな期待をしていた。
隠しておられた方もいたのかもしれない。
人間、長く生きれば衰えていくのは当たり前なのだ。
響子さんはずっと愛子さんと暮らしてきた。
それは長い日々だったし、これからも続くとどこかで思っていたのではないだろうか。
しかし、だんだんと母が自分の知る母でなくなっていく様を目の前で見せられる。
私も経験があるが、話が通じなくなっていくのは疲れる。
ちょっと変だなから始まり、あり得ないことを言い出すようになって、ああ、ついに来たのだと知る。
知性的だった人の変容を見ると、その落差がさらに辛い。
いつ爆発するか分からない活火山だった母が今や死火山になってしまったという響子さんの思いはなおさらだろう。
「私が死んだら『お母さんについて書いてくれ』ってあっちこっちから言ってくるからそのつもりでいるように」と愛子さんから言われていた響子さんは、今こそ、書くべきだと思ったという。
ーー私は、母自身が忘れてしまった母を覚えているのだーー
いつまでも覚えておくよ、という、娘から母へのメッセージ。
母と過ごしたかけがえのない日々を振り返る「母と私の茶の間」と言ったところだろうか。
Posted by ブクログ
かつて、ひょんなことから佐藤愛子氏のお嬢さんである杉山響子さんの『物の怪と龍神さんが教えてくれた大事なこと』を読んだ。その関連で、響子さんがお母さんのことを書いた本ということで手に取る。とてもよかった。そして私ごときがエラソーに言うのもなんだが、その筆力に感心した。
年取った母親を持つ身として時に共感し、時に涙ぐみながら読み進めた。息子にとっての母親はどうかわからないが、いろんなことがあっても母親と娘。切なくて、そして悲しくて、あたたかくて。会ったこともないけれど、小さかった響子さんが目に見えるようだった。響子さんは幸せだったんですね。なんだか安心した。
p158
つまらん話をする人を憎むという愛子先生。ではどんな話ならいいの?と響子さんが聞くと、
*間髪入れず「悪口だね」と母は答えた。
「でも陰口はダメね。面白くないから。悪口と陰口の違いってのがあるのよ。悪口は言われている本人が聞いたとき、怒るより笑い出す。陰口は聞いた本人が不愉快になる。そういう違いがある。私が好むのは悪口のほうね」
p237
数々の怪奇現象が起こる北海道の浦河での思い出。
*「あの馬、すぐにシナシナになる馬。あの馬のことを思い出すんだよ。あの馬を見て笑ってたときは幸せだったなぁ。あんたと二人、ベンチに腰掛けて歌合戦を見た、あの日に戻りたいねぇ」
母と過ごしてきた沢山の夏がある。
その一つ一つを思い出そうとすると、私は大切な何かをなくしたような気分になって悲しくなるのだ。
p248
道端で団扇を配る若者に「それもらっていい?」と聞いてティッシュをもらってきた響子氏に娘の桃子氏が
*「もらうことは恥ずかしくないんだよ。若い人にため口を使うのが恥ずかしい。『団扇ください』ならいいんだ。でも『もらっていい?』とか『さっきから欲しかったんだよねぇ』とか言うでしょ。そういうのが恥ずかしい」
↑
まさしく私。恥ずかしいおばさんなのか、私。
p290
何年か前、地元の喫茶店で隣り合わせた中年女性が、料理の話をしていた。サバ缶とキャベツを使った料理。愛子先生は、そのレシピをメモし、さっそく自宅で作ってみる。
*「なるほど。あのオバハンはこういうのをおいしいと思うのか」
母はおいしいおかずを作ろうとしたのではないんだ。母はあのオバハンがどういうものをおいしいと思う人間なのかが知りたかったのだ。
~
母はキャベツのサバ缶和えを通して、見知らぬオバハンの日常のかけらに一瞬触れたのだと思う。
p316
『戦いすんで日が暮れて』のラストシーンに描かれた「グルグル歩道橋」に響子氏は愛子先生とよく出かけた。環七にかかる螺旋階段の歩道橋から、2人して「ばかやろー」「うるさい」と叫ぶ。
*このとき、母は何を考えていたのだろう、と老いた私は考える。借金のことか、小説のことか。
「小説のことだね。いつも小説のことばかり考えていたよ、あの頃は。借金かえさにゃならんから必死だったね」
私の中の想像の母がそう答えた。
母は知っていただろうか。あの瞬間、私ははちきれんばかりに幸せだった。母がいて、五十円のアイスがあって、茜色の空が広がっていた。夜がそこまで来ていても寂しくも怖くもなかった。大切なものは揃っていた。
だから今の私はあの瞬間を、歩道橋で叫んだあのときを思い返すと、何かを失った気がして泣きそうになるのである。
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かつて佐藤愛子のエッセイを続けて読んでいたことがある。
そのキョーコさんのエッセイ!
愛子先生の「今」は、そうなんだ…と、
時の流れを感じた。
本書は、そうした愛子先生の今に奮闘される
キョーコさんのエッセイかと読み進めると
かつて読んだ「娘と私」の
キョーコさん目線からのお話。
いやいや、キョーコさんもとても文章がうまくて、
読みながら、クスッと笑えたり。
そうか、そんな気持ちで先生と対峙されてたんだなぁ
と改めて思ったり。
そして、また、現在の愛子先生を見つめる
キョーコさんの目線で描かれた今。
娘の気持ち。
切なく、優しく、悲しく、あたたかく。
自分の母のことを思い、また、共感と、
母から与えられていた愛情を思い出して、
胸が締め付けられたり。
読んでよかった。
キョーコさん、素晴らしいエッセイでした。
Posted by ブクログ
佐藤愛子さんが亡くなられた
102歳!
これは生前に長女杉山愛子さんが書かれたエッセイ
お仲間に入れていただいている同人の
指導をずっと続けてこられた佐藤愛子さん
その厳しさと優しさを漏れ聞いていた
天寿を全うされたがやはりサビシイ
それにしてもキョーコさんのエッセイ
なかなか巧み
さすがだなあ
≪ 今もなお 憤怒の炎 たちのぼる ≫
Posted by ブクログ
好きな作家さん、佐藤愛子さんのカケラ…この本を読んで本当に亡くなってしまわれたんだなと実感。意味あっての怒り方?にいつも笑い、そうかといって娘さんにとってはやっぱりお母さん。とても娘さんの気持ちがわかる。小さな頃を思い出して二度と来ない日々に心がキュッとなる。思い出な浸ると悲しくもなる。でも仕方ない事なのだ。誰もが老いる。そんなどうしようもない感情がよくでていた。老いるとは、ちょっぴり娘にとっては切ないものなのだ。
Posted by ブクログ
中学生の頃、佐藤愛子さんのエッセイにハマってました。あの頃のように楽しく読みましたが、親が老いていく様子を見る子どもの切なさや愛情‥が伝わってきて、私まで切なくなりました。キョーコさんの愛情、感謝が詰まった本だと思います。
Posted by ブクログ
佐藤さんの映画、「90歳なにがめでたい」を見に行きました
始終笑い通しで、当時82歳認知症の母を見ていた私はこんな元気な90歳が羨ましく私の母もああだったらいいのにと強く思いました
現実は笑えることもあまりなく、苛立つ事や悲しくなることが多い認知症の介護、それは今も継続中です
でも、佐藤さんも同じだったんですね
老いゆくものはみんな孤独で寂しい、本当に胸に刺さる言葉です
それがわかっていても常には優しく出来ない…
いつか母が天に帰った時には私も後悔するのだろうな
でもそれが自然なんだと、響子さんは言ってくれてます。みんな同じなんだとも
私も忙しい毎日で忘れてしまっている母のカケラを今のうちにたくさん、たくさん集めようと思います