あらすじ
聖武天皇によって建立された東大寺の盧舎那仏。奈良時代、日本は神々への祭祀を軸にした「祭祀国家」から、仏法に基づく統治を行う「鎮護国家」へと舵を切った。国家体制を揺るがすほどの大変貌。その裏には大地震と熊野の豊かな鉱脈にあった――!? 美食と地質の関係を描き出したマグマ学者が次に解き明かすのは歴史と地質の深い繋がり。ヤマト王権の祭祀から神仏融合へと至るまで、地質学の視点で日本の始まりの時代を究明する!
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
歴史的な出来事を地理的・地学的な側面からも見る試み。とても面白かった!
・なぜ弥生時代ヤマト王権は奈良盆地で興ったか
・熊野はなぜ聖域となったのか
・熊野の深山蓊鬱な地は如何にしてできたか
・奈良時代の神仏融合は何故/どのように推進されたのか
などなど。
古代の大和や熊野に関心があるため、どのトピックも興味深かったです。
Posted by ブクログ
300万年前のフィリピン海プレートの方向転換が奈良の大仏建立や神仏習合を導いた。一見荒唐無稽に思える説明を美食地質学を講じる著者が多方面の文献を調査して展開します。人間社会が自然の壮大な営みの中の一部にすぎないと感じた一冊でした。
奈良時代好きならおすすめですね~。
Posted by ブクログ
古代史の地質学的な背景を探っていく内容だが、著者自身が古代史そのものに入れ込んでいる。
ヤマト王権が奈良に生まれた理由の一つとして、この地が平坦な盆地で比較的水に恵まれ、稲作に適していたことが指摘されている。唐古・鍵を中心とする「おおやまと」地域は、盆地へ流れ込む最大の河川である初瀬川が流れ、湿地の近くにあったため、盆地内でも米の生産力が高く、それを背景に勢力を誇っていた。初瀬川流域に広く分布する斑レイ岩は鉄に富み、それが初瀬川に運ばれて稲の根腐れや病害を防いだり、空気中の窒素を固定する鉄還元菌の生育を促す効果をもたらした。3世紀の中頃を過ぎると、おおやまと地域は多くの移住者を迎えて新田開拓や技術開発を進め、米や手工業の生産力が飛躍的に向上した。洪水の危険性が低い川の上流域に、大規模な灌漑水路(纏向大溝)が建設され、おおやまとの中心となった。
5世紀後半から8世紀初頭までの間は、乾燥・温暖と湿潤・寒冷の幅が大きい気候不順期だった。735年と737年に疫病(麻疹)が大流行し、人口450万人のうち150万~200万人が死亡した。ヤマト王権が大神神社を創始して以来続いてきた祭祀国家を鎮護国家へと変更することが、アマテラスの子孫であり、神祇を祀ることが使命である天皇の存在そのものを否定することにならないよう、聖武天皇と橘諸兄が採用した方策が神仏融合だった。
Posted by ブクログ
同年にでた『大地と人の物語』のように、神話や伝承、歴史を地学の立場で語る本が増えている。
来ちゃうのか?ブームが!
本作は日本古代史を地学的に掘る。
日本の歴史を学ぶものは、例えば「ヤマト(奈良盆地)の豪族の政権が強くなったの、なぜ?」という問いに「コメがたくさん取れたし、海からの距離もちょうど良かったし…」みたいな答えは用意できるし、まあ知っているわけだが本書では「じゃあなぜ奈良盆地のオオヤマトのあたりでコメがとれる?」と、もうひと掘り、問いを立ててくれる。
とくに、中盤、熊野の山や奇岩、鉱物などを扱う部分は読み応えがあって、いい学びになった。
ちなみに、「門外漢」が古代史を語る時あるあるの、「だからこの神話は実話だと思う…」とか「学会で黙殺された新事実!」みたいな断言口調のアホなことは基本言ってこない、押し付けがましくはない本なので、その辺は安心できる(もちろん、特に後半部で、学説が割れていたり定説のない事象に、「私はこの説の立場をとって語る」みたいな話の振り方はあるが)。
Posted by ブクログ
日本人は古くから、山に神を仰ぎ、巨岩に神の気配を感じ、湧き出る水に祈りを捧げてきた。やがて仏教が伝わると、その祈りの風景に仏が加わり、神と仏は時に重なりながら、この国独特の信仰を育んでいった。その背景を地殻変動から読み解こうとする。火山が生んだ山、断層がつくった谷、地下から湧く水。神が鎮まる場所、寺が建つ場所には、大地の営みが深く関わっていた。神は自然への畏れから生まれ、仏は人の苦しみに救いをもたらした。その二つが大地の上で出会い、溶け合ってゆく。神と仏を知ることは、日本人がこの激しく動く列島と、どのように生きてきたかを知ることでもある。