あらすじ
日本一に輝いた1978年スワローズの真実
弱小球団スワローズを日本一へと導いた広岡達朗。徹底的に「正しさ」を貫いた名将の栄光と落日をめぐる証言ノンフィクション!
広岡達朗は老害ではない
93歳の”炎上老人”は、本物の名将だった――。
1978年、ヤクルトスワローズが叶えた「奇跡の日本一」
”冷酷な監督”は優勝未経験の弱小球団をどう変えたのか
一瞬の栄光と崩壊、そして広岡の今に迫る渾身の一冊
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
大好きな小説「監督」の世界を別角度から見られたようで楽しかった。
正しいことを、正しい方法で行えば、必ず結果が出る。広岡と野村の比較も面白かった。
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アメリカキャンプ中に自らを売り込みに来たデイブ・ヒルトンについて
「『大事なのは経験があるかどうかより、チャンスを与えられたら一生懸命やることだ。その結果を評価するのは監督だ』と思っていた。その通りだ。」
このことが村上春樹が小説を書き始めるきっかけに繋がった。
そして、このガッツ溢れるアメリカの若者も既にこの世にいない。
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少年時代のソフトボールのポジションがショートだったので、巨人のONよりも広岡が好きだった。巨人ファンだった私をアンチ巨人にさせたのは、空白の一日で有名になった江川事件である。巨人はこんなにも汚い手口を使うのかとガッカリして大っ嫌いになった。
そんな頃に弱小球団だったヤクルトを好きだった広岡氏が優勝させたのだ。
それからはヤクルト一筋。そして今も広岡氏の大ファンでもある。
Posted by ブクログ
1978年ヤクルトスワローズ初の日本一。監督は広岡達朗。
90歳を過ぎた御大に対する取材。若松、松岡、大矢、杉浦、水谷など当時の主力選手への取材も含め、弱小球団のあの奇跡の1年を振り返る。
難を言えば、企画がギリ間に合ってしまったが、遅かったこと。広岡達朗の難聴、認知障害など。明らかな老いの中からの取材。筆者の苦労は伝わってくるが、ノンフィクションとしてはどうなのだろうか。監督中心より他の選手にもっとスポットをあてた方がもっと良い作品にはなった気がする。
野村監督の時代の前のあの奇跡の1年。懐かしい選手名から楽しめる作品でした。
Posted by ブクログ
野球そのものにそんなに興味ないのだが、昔のちょっと知ってる名前があるとやっぱり読んでみたくなる。知ってると言ったって、進め!パイレーツか、がんばれ!!タブチくん!!でくらいしか知らない。なので、本の中で出て来る、川上哲治氏への複雑な思いなんぞ、全くわからない。
もう90歳越えて、ちょっと認知症やばい、約束してきたけど会えへんのとちゃうか、と言うところから始まる。なんじゃこれはと思ったのだが。
ヤクルトの初優勝の年を中心に、広岡氏にインタビューを進め、周辺の人の言葉も合わせて広岡達朗という人物を浮かび上がらせていく。
硬骨漢のサムライ。
そんな言葉が浮かんだ。
正しいことを正しいやり方で正しく続ければ必ず結果になる。
まさに正論をゴリゴリ押してくる。目的は勝利であって、監督と選手の関係であって、それ以外は些末である。そんな監督だったみたい。
だがそのやり方がうまくいくのは、チャンスと人生が無限にあることが前提な気がするし、全く認めていないという野村克也監督とは正逆のやり方なんだろう。少なくとも、タイガースでは全くうまくいかなかったんじゃないかと思うけど。
ぼくが子供のころはジャイアンツV9で圧倒的で、その後でヤクルトが優勝したのは覚えているが、あれが初優勝やったんか。
認知云々ていうちょっと失礼な展開が要るのかと思っていたら、最後の一章のためだったのか。なるほど。
Posted by ブクログ
年代的には記憶も曖昧なヤクルト監督時代、初めて聞くエピソードや世の中的なイメージとは異なる人間性にも触れられ興味深く読めた一方、認知症気味で取材がままならない点なども詳らかにされ、後味の悪さも感じた。