【感想・ネタバレ】日本ポップス史 1966-2023 あの音楽家の何がすごかったのかのレビュー

あらすじ

吉田拓郎からVaundyまで。時代の「てっぺん」を取った音楽家をつなぐ通史!

「あの音楽家がいちばんすごかった時代」と「あの時代にいちばんすごかった音楽家」、両者の視点から生まれた無二のポップス史。
レジェンド音楽家が何を成し遂げたのか、そして誰に何を継いだのか――日本の大衆音楽史に一本の進化論軸を通す。
本書は日本のロック、フォーク、ニューミュージック……「日本ポップス史」の全体像を知りたいと思ったときにまずは手に取るべき設計図、見取り図となるだろう。
「作品性」だけに傾倒するのではなく、「時代性」、ひいては「大衆性(≒セールス)」までをしっかりと捕捉したスージー鈴木流の「通史」がここに誕生。

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Posted by ブクログ

■はじめに
今年でタイガースのファン歴は53年になる。これだけ長く贔屓を続けていると、〈あの時のあの選手は凄かった〉〈あのプレイは本当に痺れた〉─そう語り出そうとすれば、二つや三つは即座に浮かぶ。

たとえば、1973年の田淵幸一のホームラン。生ビール一杯で30分は軽く語れますな。ジャンボ鶴田の高く、美しく、破壊力のあるドロップキックを、滔々と語る知り合いもいる。

本書は、そんな“語りたくなる衝動”を、日本のポップスに向けて真正面から引き受けた一冊。

著者のスージー鈴木が、これまで浴び続けてきた日本のポップスを、通史として描き切ろうとした野心作。しかもです、既存の定説に対して、明確なアンチテーゼを携えて。─さあ、行ってみよう!

■内容
1966年から2023年までの57年間、ロック・フォーク・ニューミュージック…、日本のポップスの流れを俯瞰しつつ、著者自身が初めて耳にした際の「腰を抜かさんばかりの衝撃」を随所に織り込みながら語られる、日本ポップス史。

本書のコンセプトは明快。
「あの音楽家がいちばん凄かった時代」×「あの時代にいちばん凄かった音楽家」。

アーティストは何が優れていたのか。何を成し遂げ、何を次世代へ手渡したのか。1960年代の勃興期から現在に至るまでの進化の道筋を、〈時代性〉〈大衆性=セールス〉という視点を含めて丁寧に追っていく。作品性にももちろん目配りはある。でも最終的な評価ポイントは、きわめてシンプル─「売れたかどうか」。

敬意と愛情に満ちたパッション溢れる文体に加え、時にコード進行の解説まで飛び出す。楽譜や楽器に親しんだ人なら、その凄味を二重に味わえる一冊。

■感想
まえがきに掲げられた「日本のポップスの通史を書きたい!」という言葉。あくまで“表向き”だと、僕は読んだ。

実際の執筆動機は、日本ポップス史に長年まとわりついてきた「はっぴいえんど中心史観」に対して、一言申し上げたい–そう、先述したアンチテーゼ。その思いが、かなり強く滲んでいる。

著者の「はっぴいえんど中心史観」とは何か?
作品性を過度に尊重するあまり、「売れなかったけど凄い」ひいては「売れなかったから凄い」という評価が一般化し、日本語ロックの起点ははっぴいえんどであり、それ以前の日本にはロックは存しなかった──という見立てに収斂していく構図。

さらに、はっぴいえんどを褒めておけば、「音楽が分かっている人」に見える。結果として、「はっぴいえんど=日本語ロックの創始者」というブランド価値だけが、年々強化されていく。

本書はそうした“後講釈の歴史評価”を潔く退ける。「あのアーティストは時代を先取りしていた」、
「10年後に出ていれば評価された」といった仮定法を良しとせず、その時代なりの答えを出した音楽を正当に評価する。たとえば、ザ・スパイダーズ、吉田拓郎、キャロル。

作品性という曖昧な物差しではなく、〈時代性〉〈大衆性〉という、逃げ場のない評価軸を提示する姿勢が、実に痛快。

ただ著者自身、「はっぴいえんどから脱却し、ポップス史をニュートラルに眺めるまでに、かなりの時間を要した」…と率直に語っている。

僕自身、「そもそも、はっぴいえんどってロックなの?」と首を傾げてきた一人なので、この提言は実に刺激的だった。

ロックとは、ビートとリズムが合致した楽曲なのか。それとも先進性なのか。アヴァンギャルド性なのか。未だに答えは見つからない。

だからこそ、スージー鈴木には、あらためて〈日本ロックとは何か〉について、一冊まるごと書いてほしいと思う。

■最後に
「歴史書に客観中立などあり得ない。制作者の主観は必ず入る」というスージー氏の言葉に、思わず膝を打った。チャーチルが「歴史は勝者によって作られる」と言ったように、歴史とは常に誰かの視点に規定される。それでも人は、その主観にまみれた歴史を知り、そこから学ぼうとする。

本書は、日本ポップス史の大きな流れを掴ませてくれると同時に、ニューミュージック旋風の風上にいた“当事者の一人”である僕に、あらためて、その凄さと偉大さを思い出させてくれた。

──これはもう、Spotifyを開かずにはいられない。そんな読後感を残す一冊。

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2026年01月19日

Posted by ブクログ

スージー節、炸裂。著者の本は様々読んできましたが、この本が一番がBS12の音楽トーク番組「ザ・カセットテープ・ミュージック」の雰囲気に近いと感じました。彼の語りは長年の聴き手としての洞察&愛情の深さと大阪弁のイントネーションで増幅される軽妙さと広告代理店出身者らしいケレン味のある論理展開が魅力なのですが、それがこの新書ではかなり再現されています。(文字での大阪弁はないですが…)たぶん、かつての著作のようにアーティスト毎やレーベール毎の深掘りではなくて「0000年の○○○○」という連続コラムっぽい構成がそうさせているのかもしれません。そういえば、番組でも「0000年の○○○○」プレゼンテーションフォーマットが多かったような…。で、調べたらなんと今日が一年一回(?)の「第9回カセットテープ大賞」のオンエア日でした。この感想書いてないとチェックできなかった!観なくちゃ!でも、なんか不思議…本てこういう偶然連れてきますよねぇ〜。この新書に戻ると時代とアーティストの紐付けにいちいち自分が過ごしてきた感覚が言語化される快感を覚えます。だからこそ「1994年の小沢健二」と「2016年の宇多田ヒカル」の間の空白がとても気になりました。あの時、時代は何を聴いていたんだろう?自分は何を耳にしていたんだろう?ちょうどiPod時代なんだだよなぁ。音楽が街からMP3プレーヤーの中に移管されたタイミングなのかもしれません。

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2025年12月22日

Posted by ブクログ

書店で気になったもの。期待通り。サザン本も面白いんだけど、取扱い範囲を音楽全般に広げても、やっぱり興味深い書が出来上がるんですね。素晴らし。だいぶ偏食で、かつニッチな方ばかりを攻める聴き方しかしてこなかったけど、その反動か、最近は王道ポップスへの渇望が強い。本書でも触れられるように、サブスクっていう強い武器を手にした現代だからこそ、せめて本書で取り上げられたような作品群くらいは味わってみたい。

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2025年11月21日

Posted by ブクログ

著者のスージー鈴木氏の見解を前面に押し出した邦楽ポップス通史。単なる事実の羅列から離れた、著者自身の音楽体験を基に書かれた文章だけに、同時代の雰囲気を感じ取りながら楽しむことが出来た。

著者の音楽への造詣の深さと、厚みのある論考に思わず唸らせられる。こうした音楽本はしばしば歌詞解釈に終始する“文芸本”に陥りがちであるが、本書ではサウンド面についても噛み砕いて解説しており、音楽評論家としての著者の矜持が窺える。

また、著者の姿勢として、「売れた音楽」に対する高評価が印象的であった。兎角音楽は分かる人に分かれば良いという、スノッブ的な面があることは否めない。しかし、時代性と大衆性の2本軸で書かれた本書は、ポップス初心者に最適のミュージック・ガイドになっている。

一つ内容に触れるならば、本書は日本語ロックの起源ははっぴいえんどであるという論を採用していない。ザ・スパイダースやザ・フォーク・クルセダーズの活躍にも触れた上で、はっぴいえんどを語るあたり、著者の邦楽ポップス通史には厚みがあると言える。

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2025年11月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

<目次>
序章   1972年
第1章  1966~1979
第2章  1980~1994
第3章  2016~2023

<内容>
著者の音楽視聴の歴史も交えながら、30人のシンガーを分析していく。分析内容が的確かどうかはあまり関係ないだろう。時代を飾ったシンガーが網羅されていること、その楽曲の多くをみんなが知っていること、がポイントか?近年のシンガーの分析がなかなかいい。

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2025年11月17日

Posted by ブクログ

良いポップスは後世に影響を与えていく。

本書は著者の産まれた1966年から1994年、2016年から2023年までの括りでその年の象徴的なアーティストを採りあげている。当時を絡めた著者の熱量、思いが伝わって面白く読んでいった。
2016年は間が空いた理由が語られ、あまりポジティブにはかたられないため、その間を育って来た自分としては少々寂しい思いもあった。著者も言うように、ここを入れると新書のボリュームでは収まらないが…

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2025年12月24日

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