あらすじ
日本民族に独自の美意識をあらわす語「いき(粋)」とは何か。「運命によって〈諦め〉を得た〈媚態〉が〈意気地〉の自由に生きるのが〈いき〉である」――九鬼は「いき」の現象をその構造と表現から明快に把えてみせたあと、こう結論する。再評価の気運高い表題作に加え『風流に関する一考察』『情緒の系図』を併収。 (解説 多田道太郎)
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Posted by ブクログ
いき、とは何かについてが知れるとともにその研究姿勢に関しての学びも多い本。
二元的態度、という決して交わらない平行線のような緊張感を保つ媚態と、理想主義に基づく意気地、そして最後に非現実性をふまえた諦めを経ていきという美的感覚が、浮かび上がる。
それを絶妙な、筆者の言葉を借りると、「意識現象のもとに存在する」いきの描写とともに概念の解釈がなされていく。
筆者の研究態度としての真髄が「意味体験を概念自覚に導くところに知的存在者の全意義が懸っている」という一説に表されているだろう。
Posted by ブクログ
「いき」とは江戸時代の江戸を中心に始まった日本特有の美学である。江戸時代は身分差を持つ恋愛が頻繁にあったと考えられる。そのため身分差を超えないための一種の禁欲的行為として「いき」が機能し、浸透したのだと考えられる。
江戸時代では身分差があった場合に恋愛関係にはなることは不可能であった。そこで、「いき」が機能してくるのである。媚態の状態では、異性との距離を出来得る限り接近せしめつつその極限に達しないことが大切ある。そして、媚態は異性の征服を仮想目的とし、目的の実現とともに消滅の運命にある。目的の実現から生まれるのは倦怠・絶望・嫌悪と言った感情である。
しかし、だからと言って媚態の状態を持続させるのは難しいことである。そこで、媚態を保つ手段として意気地が出てくるのである。自己の欲求とは逆の行動を取ることによって目的の実現を防ぐのである。この状態を貫いた場合には、最終的には心中へと行き着いてしまう。