あらすじ
写本が語る、中世の人々の人生と心情
中世写本とは、書かれたテクストであると同時に、テクストの作者から写字生・画工、パトロン=注文主、後の所有者や再発見者まで、かかわった人々の個人史の集積体でもある。たとえばヘンリー八世が作らせ所有していた詩編集には、聖書を題材にしつつ当時の政治を反映した挿絵があり、王の心情を物語る書き込みがなされていた。
写本文化は、注目を集め歴史に名の残るパトロンや著者だけでなく、膨大な数の無名の人々に支えられてきた。そしてそのなかには、他人の作とされないよう自分の存在を暗号にして写本に残した人や、名前もわからないが特徴のある画風からキャリアの推測がなされている人のように、あるいは二度焼け出された本のように、さまざまな形で写本の中に人生のなにがしかが、かいま見える場合がある。本書はそうした有名無名の男女の人生と、その作品である写本の生涯を、カラー口絵とともに読んでいく。そして同時に、さまざまな女性著者の作品と、それがときに社会的地位に左右されて数奇な運命をたどった(後世の女性写本研究者の業績すら例外ではない)経緯を拾い上げた、一種の「写本にまつわる中世ジェンダー史」でもある。
[目次]
はじめに
プロローグ 羊皮紙錬成
第1章 発見
第2章 惨事すれすれ
第3章 写本の注文主(パトロン)たち
第4章 画工(アーティスト)たち
第5章 写字生と書記たち
第6章 写字生と著者の関係
第7章 隠れた著者たち
エピローグ 写本の衰退
あとがき 過去の使用と誤用
謝辞
年表
監訳者あとがき
用語集
図版一覧
文献目録
原註
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
気鋭の歴史学者による写本の本。著者の写本愛に溢れており、語り口は柔らかく読みやすい。
写本を語る上で欠かせない、羊皮紙、インク、写字生や画工だけでなく、特筆すべきは「隠れた作り手」たるパトロンや、その著者に言及していること、そして特に語られることの少ない、女性に言及していることだ。歴史に埋もれかけたノルマン・コンクェストの頃のエマ女王を称える本、男性写字生によって改変されがちな女流詩人や女性作家の作品、そして女世捨て人という文字通り表には出てこない人々にスポットライトを当てている。また、それら女性の著作内容に関しても、同じ女性ならではの踏み込んだ視点で分析を行っている。
写本について知るにはちょっと変化球気味だが、読みやすく、また読み応えのある一品。