【感想・ネタバレ】掌に眠る舞台のレビュー

あらすじ

交通事故の保険金で帝国劇場の『レ・ミゼラブル』全公演に通い始めた私が出会った、劇場に暮らす「失敗係」の彼女(「ダブルフォルトの予言」)。金属加工工場の片隅、工具箱の上でペンチやスパナたちが演じるバレエ『ラ・シルフィード』(「指紋のついた羽」)。お金持ちの老人が自分のためだけに屋敷の奥に建てた小さな劇場で、装飾用の役者として生活することになった私(「装飾用の役者」)他5編。演じること、観ること、観られること。ステージの此方と彼方で生まれる特別な関係性を描き出す、極上の短編集。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

8つの短編。この物語に出てくる人たちは、
ひとりぼっちの小さい背中とか、役への未練とか、
死骸の蒐集とか、ベッドの下の地層とか、
寂しそうというか可哀そうなふうに、
側からは見えるけど、みんな思うままに世界を作って
その中で一番幸せに生きていて、だからこそ
そこで生まれる秘密の交流が、どれも輝いてると思う。

幻覚みたいなものも、よく出てくるなあと思った。

・指紋のついた羽
縫製工場で働く縫い子さんと、
向かいの金属加工工場の物置きで、ひとり遊ぶ少女。
バレエの演目『ラ・シルフィード』を二人で観る。
少女は、そこで舞い踊る真っ白い妖精たちに惹かれた。

妖精から手紙の返事がこないと落ち込む少女に、
「踊る人たちは皆、無口だから。
言葉を使うのが苦手なのよ、きっと」
縫い子さんの言葉選びがロマンチックですてき。

縫い子さんはラ・シルフィードになって
少女の手紙に返事を書く。

「私たちは自分の羽に、赤ちゃんの指紋で
かわいらしい模様をつけてもらおうとして、
乳母車のそばを舞うのです。
あなたの指紋に彩られた工具たちも、
どんなにか優美に舞うことでしょう。
工場の明かりと、路地の西日は、
工具箱の舞台に最上の光を当ててくれます」

縫い子さんはボビンケースのなか、
少女は工具箱の舞台の上で、無言の世界をつくる。
二人だけの密かな交流が、いつまでも続いてほしい。
————
・ユニコーンを握らせる
昔、女優だった人と呼ばれていたローラ伯母さんの家に
入学試験のため四泊することになった。
家にある食器は全て、底に『ガラスの動物園』ローラの
台詞が手書きで書かれている。食べ終わって底の文字が
現れ出るたび、伯母さんはローラを演じ始める。

毎晩、たった一目ずつしか編まない手袋。
手のひら側には、立派な角の生えたユニコーンの半身。
伯母さんはいつか、この手袋を『ガラスの動物園』で
結ばれずに別れたジムに渡す。
角が折れていない、立派なユニコーンを握らせるために。
一生かけても完成しないだろう速度で、編む。
「ゆっくり時間を使えば、その分、長生きできる」
「待ち続けていなかったら、
誰も戻ってくることはできない‥」

ユニコーンが握れる手袋と、台詞の書かれた食器たちと
あらゆる全ての気象が一枚に収まっている水彩画、
ここが伯母さん手作りの、完璧な舞台。
きっと最期までローラであり、女優であり続ける。
————
・鍾乳洞の恋
きっかけは長年放置していた、
左下奥歯のブリッジを取り換えたこと。
しつこい首の痛みとともに、極細の白い生き物が
ブリッジの間から生まれるようになった。

ブリッジの奥は、影すら飲み込む暗い鍾乳洞。
その迷路を潜り抜け、次々に生まれては
半日も経たずに息絶えるその死骸を、
シャーレに大切に保存していく。

彼女は目の見えない院長に声を提供し、
院長は彼女に鍼治療をする。
二人の世界は暗いブリッジの中だから
視界がなくても、声と指で支え合っていける。
————
・ダブルフォルトの予言
私は交通事故の保険金で、「レ・ミゼラブル」全公演の
チケットを購入し、欠かさず通っていた。
「こんにちは、毎日来ている人ですね」
劇場に住んでいる、という不思議な女性に
声をかけられた。彼女は、舞台上での失敗を予測し、
身代わりになる仕事をしているのだという。

そのうち彼女の部屋で、作ってきたお弁当を食べたり
他愛ない話をするのが日課になっていた。
そこに、他に食べるものは何もなかった。

千穐楽を迎えたあと、いつものように彼女が来るのを
待っていたが、とうとう会えなかった。
揺れる二人分のお弁当が切ない。
何度も通り抜けていたはずの関係者以外立ち入り禁止の扉も、警備員に追い返されて入れない。

「もしできたら‥私の交通事故も、
予言して身代わりになってくれていれば‥」
という言葉で終わる。
彼女は何者だったのか、幻覚?不思議な終わり方だった。
————
・花柄さん
いつも色々な種類や素材の、花柄のスカートを履く女性
は「花柄さん」としてちょっとした有名人だった。
お芝居ではなく、サインを貰うことが趣味のようなのだ。

ある日偶然、劇場の楽屋口で俳優にサインをもらった。
遠くの舞台に立っていたはずの人が、自分に気づき
たった一人自分のためだけに時間を使ってくれる。
誰でもいい、架空の人と生きている人の境を漂っている
俳優さんの、名前という最も確かな印が欲しいだけ。

サイン入りのプログラムは、どんどんベッドの下に
積まれていった。サインたちが連なり合って、
自分を包んでくれる錯覚を味わいながら眠る。
最期の一枚までしっかりベッドの下に収めて、
眠りにつく。彼女だけの宇宙が完成した。
————
・装飾用の役者
私という人間が、いかにコンパニオンとして貴重な資質を
持っているかを証明する事例として、
「装飾用の劇場の役者」をこなしたときのお話が始まる。

自宅に劇場をつくったN老人は、
そこで芝居をする役者として私を雇った。
ただ舞台に必要な要素だけが閉じ込められた、
人工的な一個の惑星ともいえる場所から出ることは
許されなかった。

いくら集中しようとしても、神経のどこかは常に、
観客席のN老人に支配されていた。
老人の、闇より暗く濡れた眼球は、私のどんな動きも
見逃さない。自分の指先や口内と、
老人の眼球が次第に一体に溶け合う様子は、
もうこのまま離れることができないんじゃないかと、
少し不安になる。

最後に「どのようなご要望でも、お応えします。
言われるままにすべてを差し出し、すべてを受け止め
お仕え申し上げます。」と言う。
緊張しながらも全身を眼球のために捧げる彼女からは、
コンパニオンであることへの異常な執着を感じた。
————
・いけにえを運ぶ犬
子供の頃、町に時折やってくる「馬車の本屋」のお話と
演奏会で曲を聴いているシーンが交互に語られる。

本箱を曳く年老いた犬と、ラッパを鳴らすおじさん。
さまざまな種類の本が隙間なく詰まった本箱は、
一つの世界が運ばれてくるようなものだった。

どうしても欲しい本「渡り鳥の秘密」を買ってほしくて
ダメ元でおばあちゃんに頼むと、
耳の窪みで小さな渡り鳥を飼っていたという
不思議な話をされた。おやつにあげたキーウィの種が
腸に詰まって死んでしまったそうだ。

僕が「渡り鳥の秘密」をシャツに隠そうとしたとき、
本箱を曳く老犬の視線が、真っすぐに僕を射貫いた。
それ以来、「渡り鳥の秘密」には触れていない。
そして、老犬に庭のビワの実をたくさん与えたのを
最後に「馬車の本屋」は姿を消した。
僕があげたビワの種が腸に詰まって死んだのだと、
僕は信じている。それでもまだ、犬の瞳には、
シャツの裾を握る僕の姿が残っている。
僕はそこに、いけにえのように閉じ込められている。

未遂とはいえ、本を盗もうとした、
という罪悪感は消えないんだろうな。
老人の鋭い視線は、自分自身の視線でもある。
おばあちゃんのお話が不思議で面白かった。
(凍ったロバのミイラとか、胎児の弟を飲み込んだとか)
————
無限ヤモリ
かつては子宝の湯として賑わっていたらしい温泉街。
私は、濃い錆色の湯をたるんだお腹になすりつける。
入浴後の散歩で必ず立ち寄る場所に、
廃墟と化した芝居小屋と、
その先のジオラマが飾られた理容室がある。

ボロボロの芝居小屋では、保育所の子どもたちが
鬼ごっこをしていた。
舞台の上に、鬼はあがることができない。

店主のおじいさんはもともと、体が弱くて歩くことも
ままならない息子さんのためにジオラマを作った。
ジオラマの中の子供たちは、一人残らず元気いっぱい。

滞在する保養所のレジ横には、
二対のヤモリが虫籠に入れられて三箱並んでいる。
二匹が縺れ合い、縺れたところから血の巡りが
悪くなって腐っていく。粘液もやがて蒸発し、
目玉が落ちて干からびると、
永遠の結び目「無限ヤモリ」、子宝のお守りが完成する。

冬の夕暮れ時、真っ暗な芝居小屋で、
「誰も僕を鬼にしてくれなかった」と泣いている。
廃墟の舞台に取り残された男の子を下ろしてやると、
真っ白な運動靴で、楽しげにジオラマに入っていった。

ジオラマのどこにも切れ目がない列車の軌跡もまた、
無限のつながりとなり、その中でなら
息子はいつまでもどこにでも駆けていける。
女性の願望が見せた幻だったのか、幽霊なのか。

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2026年07月26日

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