あらすじ
「今日は花金」「一杯くらい飲めないと」「絶対に終電で帰る」 「泥酔しても8時出社」 ――
【デキる奴ほど酒を飲む】はいつ生まれ、なぜ消えゆくのか?
近世まで、飲酒は非日常を体感する儀礼的な営みであり、祝宴では酔いつぶれることこそが「マナー」だった。工業化の過程で、都市に集まった人びとは翌日の労働のために飲酒を規制しはじめる。好んで夜の街に繰り出しながら、酔いを隠し、記憶喪失を恐れ、「ワリカン」でしめやかに終わる。こうした一見矛盾する飲み方は、どのような過程で都市民たちに内面化されていったのか。近代化の隙間で労働の日々を生きた日本人の秘史を、気鋭の社会学者が炙り出す。
●帰る客に玄関先で飲ませる近世の「追酒盛」
●明治半ば、浅草の盛り場は昼のものだった
●「社用族」は総力戦体制が生んだ
●昭和の日本は「ワリカン」が主流化、世界的にも「奢り」が少ない国に
【目次】
はじめに
第1章 つぶれるまで飲む――近世の飲酒スタイル
第2章 仕事帰りに飲む、終電で帰る――昼酒慣行の終焉
第3章 曖昧な仕事と飲酒――酒席の労働化
第4章 飲んで、燃料補給する――ガソリンとアルコール
第5章 米から麦へ――あらたな飲酒文化
おわりに
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
江戸時代
仕事をしながら酒を飲む
飲酒は、米を酒にして、反労働的、反生産的な営みだった
20世紀
飲酒は余暇に押しやられる
20世紀後半
飲酒は燃料補給
戦後
清酒からビール
米から麦へ
健康的な滋養飲料のイメージ
現代
ノンアルの時代
それぞれの時代背景を踏まえて、飲酒、飲み会の有り様の変遷が整理されていて面白い
これから酒はどうなるのだろう
Posted by ブクログ
近世、近代、現代に至る、飲酒文化の移り変わりを解説。
人類と切り離せない「酒」というドラッグ。その位置付けの変化が面白い。「へぇ〜」となる事例が盛りだくさんで、飽きさせない。
近代日本において「酔っぱらい」は決してマイノリティではなく、ある意味当たり前の存在だったようだ。
生産性とは対極にあると思われる「酒・アルコール」が、実は近代の工業化社会と労働文化を補完してきた。
「酒を飲むのも仕事のうち」
これは昭和・平成にかけて、日本のサラリーマン社会では一般的なアイデアだったはず。令和の今でも、業界によっては残っているのではないか。
日本は欧米社会ほどアルコール規制が厳しくないが、飲酒文化を都市勤労者の生活にうまく組み込んできたからかも知れない。
もちろんアルコール依存症や暴力などの問題はずっとあるわけだが、酒の全面禁止はまた別の問題を引き起こす(禁酒法下でのギャング台頭とか)。
アルハラが批判される現代でも、酒は飲食文化の中に不可欠の位置を占めている。つまるところ、人類と酒は、ほどよい距離感で付き合い続けるほかないのだ。
Posted by ブクログ
文化史の読み解きとして面白い題材。新書のペースで読むにはデータ記載部分などは堅苦しいが、本格的に単行本で読むにまで至らない関心からするとちょうどいいか。『夜更かしの社会史』なども気になっていた筆者の本ということで、いい意味でよくこのテーマを掘り下げてくれたなという感触。
Posted by ブクログ
人類史と酒と言うのは、かなり見せずに関わっていると言うことが、この書籍を読むとわかる。労働とは何なのか、娯楽とは何なのか、酒とは何なのかと手前味噌に酒を楽しめる。そんな社会を私は望む。