あらすじ
〇「滑稽でもあり哀れでもある主人公が、実在の人物に思えるほど描写が自然で的確」(冲方丁/選評)
〇「名作が名作として読者の心に届く瞬間を目の当たりにできた思いで胸が熱くなった。」(辻村深月/選評)
〇「選評を書いているいまも、得がたい余韻がつづいている。」(道尾秀介/選評)
〇「淡々とした、ときにはユーモラスな語り口ながら、最後の一行まで緊張感が失われないのは、主人公の根源的な戦いを、緻密に、正確に、描いているからだ。感銘を受けた。」(森見登美彦/選評)
〇「こういう人の、こういう日々こそを、青春と呼びたい。いや、呼ばせてください。」(尾崎世界観)
心身ともに疲弊して仕事を辞めた30歳の宮田は、唯一の友人である浜野から、期間工は人と接することの少ない「人間だとは思われない、ほとんど透明」な仕事だと聞き、浜野と共に工場で働くことに。
絶え間なく人間性を削り取られるような境遇の中、気付けば人間らしい営みを求めるようになっていく宮田だったが、実はある秘密を抱えており――。
選考委員の胸を打った、第16回小説野性時代新人賞受賞作!
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
派遣の期間工社員の宮田と浜野。
機械に追われて高い湿度と騒音の中で毎日を過ごす過酷さを、夜食のパン騒動や、盗まれた自転車や、アダルトDVDを集める浜野、自転車小屋の彼女、男女問題に不思議な感性を持つな田中、機械の作業速度が増し疲弊していく宮田の姿で描いているのだが…。
暗い職場環境であり、工場では虐げられている人間関係でありながら、この小説の2人は悲壮感を感じさせず、特に浜野は淡々と工場の作業を受け入れていく。
ある事で派遣工場をクビになった2人のこれから…を様々に想像してしまう余韻溢れた結末は、宮田と浜野の世界観を見事に締め括っていた。
不思議な面白さがあった。
Posted by ブクログ
バスに乗り工場に行き単純作業をこなし期間工として働く。
P9
〈手元に何かが流れてきて、何かを作り、何かを手放している〉
ミスをすればチェックを行う正社員の
「見逃しですよー」の声が届く。
休憩時間に配られるパン。
取る順番にも序列がある。
主人公・宮田の友人、浜野の飄々としたところがいい。
掴みどころがないような
それでいて、ハッとするようなことを言ったりする。
パンのエピソードも妙に惹かれる。
こう書くと失礼かもしれないが
吉田修一さんの初期の頃の作品を思い出した。
一読者としてお願いをするなら
この先も、変に捻らず素直な気持ちのまま書いてほしい。
(偉そうに言ってみました)
何か面白いことが起こりそうな
そんな予感のする作家さん。
Posted by ブクログ
「映画「PERFECT DAYS』に対して「IMPERFECT DAYS』」と選評で書かれている方がいたが、まさにそんな感じ。これがデビュー作とは凄い。2作目以降も楽しみ。
Posted by ブクログ
期間工である宮田と浜野の友情と一年を描いた小説、というと何だか爽やかなイメージをされそうだけれど、アダルトビデオだとか変なオナホだとか自慰指南書といったものがストーリーの歯車として使われていて、全体の空気感は猥雑でじっとりと湿っている。ただその部分と淡々と書かれる文章ががっちりと噛み合っていて読み心地は不思議と良い。粗雑な職場環境で作業をこなしていく陰鬱な日々の中で、ふと垣間見る浜野のとぼけ具合やおかしみが、意図以上のものに増幅されることなく受け取れるサイズで宮田に届いているのがしみじみとした余韻を読後に残す。まったくタイプが違う小説ではあるけれど、私は読んでいて『成瀬』シリーズの成瀬のことを思い出しました。真っ直ぐで、嘘がなく、大切な友人の為に行動できる、そんな得がたい存在が宮田と小説を最後までギリギリのところで崩れないように支えているように感じました。次にどんな文章で、どんな小説を書くのか本当に楽しみです。
Posted by ブクログ
静かに魂を揺さぶられる、生の哲学が凝縮された一冊。
この物語は、社会の競争から疲れ果て、「他に生きられる場所がない」と諦観した宮田の内面を、極めて繊細に描き出します。華やかな展開は一切ありません。あるのは、単調な工場の流れ作業と、絶望と「まだやれる」という抗いが、静かに終わりと始まりを繰り返す主人公の心の声だけです。
心身を「透明な存在」にすることで安息を得ようとしたはずが、友人・浜野のユーモアと哲学は、逃げ込んだはずの場所で、かえって「生きることの責任」を強く突きつけます。最も困難な選択、それは「自らの生を能動的に選ぶ」こと。彼の心は常に、自己の罪悪感と、凡庸な日常に潜む「大したことのない理由」こそが、次に繋ぐ唯一の力だと気づかされる間で揺れ動きます。
この小説は、孤独と痛みを抱え、社会の周縁で生きる人々の「内なる姿」を克明に捉えています。派手な救済や奇跡はありませんが、だからこそ、小さな希望を積み重ねて生を肯定しようとする切実な決意が、心にも深く響きます。静かな筆致の裏に隠された、人間の根源的な強さを感じたい人に、そっと手渡したい作品です。
Posted by ブクログ
一貫して変わらない筆者の温度感と主人公・宮田の温度感。36℃を下回ることも上回ることもなく、それが心地よい。期間工として働く宮田に起こる事象を、レッテルという名の囲いで限定するのでなく、付箋を貼ったまま読者の手に委ねる書き方は計算された巧さだなと感じた。ただ同時に、冲方丁が選評に書く通り、食器棚の上に置かれた煙草などの小道具の必然性が煮詰まりきっていないというのは全体を通して思うところ。これからの作品を楽しみにしたい。
Posted by ブクログ
淡々とした工員の日常が描かれる。大きな事件も起こらず、アパートと工場を行き来し、休日が終わればまたその繰り返し。それなのに読むことをやめられないのは、時折キラリと光が見えそうになるからか。実家での母とコロッケを作る場面やアパートの駐輪場での女性とのやり取り、病気の友人を見舞うために粥を作るときに見える彼の気持ち。見えそうで見えないものを見つけたいと読んでしまったのだろうか。余韻の残る作品。彼に寄り添ってくれる人がどうかこの先いてくれますようにと祈らずにいられない。
Posted by ブクログ
心身ともに疲弊して仕事を辞め、山の中の工場にて期間工として働く30歳。つくっているのはベルトの部品。一日中同じところに立ち、流れて来る製品を同じ手順でチェックするというだけの、圧倒的流れ作業の単純労働。現状に満足している人は社員を含め誰もおらず、だから、社員と期間工の間で、残業前に支給されるパンを巡る、本当にクソほどどうでもいい小競り合いが勃発する。自転車が盗まれたり、それがきっかけで女の人と知り合ったり、ほのかな恋心を抱いたり、それがずたずたに引き裂かれたり、寄ってくる期間工がいたりの一年。あることがきっかけで、退職に追い込まれる。
哀しみしかない期間工の生活を、淡々と描写している。ただただ暗い話にならないのは、浜野という、映画と自慰の話ばかりする同郷の友人のおかげだ。「降りる人」という生き方を体現する浜野は、達観した存在。「働いて家に帰ったら好きな飯を食える。それから気持ちのいい射精をして、八時間ぐっすり眠れる。これで十分だろ」生きる意味を求める主人公は、彼が頼もしく羨ましい。「一日五回の自慰」を進められ、大量のアダルトDVDを渡される。五回の自慰はしなかったが、何かが開ける。最終、道を誤りかけた主人公を救うのも、浜野である。
以下、いいなと思った文の抜き書き。
「自動掃除機が僕の前で止まった。僕がゴミなのか考えているみたいだった。」
「クソみたいな昼夜逆転シフトに耐えるためには、目の前に見下せる人間がいないと正気を保てないんだよ。要するに、俺たちはあいつらの正気のためにいるんだ」
「小学校の後輩なんかを触媒にして、ありもしない過去へ帰りたいほど、この人は悲しいのだろうと思った。」
「お前も、他の奴がニ、三年で習得することが何もできなかったからここにいるんだろ。ここでお前は、毎日毎日何も習熟しない自分を作ってんだよ」
帯に書かれた担当編集者の言葉、「この小説に救われる人が、必ずいる。そう強く思えた作品です。」の通りの、青い、いい作品だった。