あらすじ
神社の境内には柔らかい笑みをたたえた地蔵菩薩がひっそりとたたずみ、ただ「乙女の碑」とだけ書かれていた。
その建立から数十年、終戦から73年の歳月が経った2018年、いわれを書き記した碑文が建てられた。
戦時下、国策により満洲に渡った岐阜県黒川村の黒川開拓団は、日本の敗戦が色濃くなる中、生きて日本に帰るためにと敵であるソ連に助けを求め、その見返りとして18~22歳の女性たちを差し出すことにした。
身も心も傷を負いながらも、帰国後は差別や偏見にさらされてきたが、女性たちは手を携えて堂々と声を上げ続けた。
そのいきさつが、四千文字でぎっしり刻まれている。
次に生まれるその時は 平和の国に産まれたい
愛を育て慈しみ 花咲く青春綴りたい
なぜ「あったこと」は「なかったこと」にされてきたのか。
歴史に残すことが何を生み出すのか――。
2018年に放送されたテレビ番組は大きな反響を呼び、2025年夏、映画化決定。
著者はディレクターとして、映画監督として黒川に足を運び続けた。
共同体が史実を認め、女性たちが尊厳を回復するまでを描くノンフィクション。
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Posted by ブクログ
岐阜県黒川満蒙団の悲劇は、2018年8月に放送された「綾瀬はるか『戦争』を聞く」という番組で知った。以降、2冊の関連書籍を読み、2025年に上映された映画「黒川の女たち」を鑑賞した。本書は、映画「黒川の女たち」の監督、松原文枝氏の作品であり、映画では理解できなかった細かい内容も書籍で細かく把握することができる。
アジア・太平洋戦争では、多くの日本人が国策により満州に渡った。満州では、現地人の住居や土地を接収し、日本人入植者が占領した。収奪・占領された中国人の怒り、生活苦は想像に耐えない。1945年8月9日より、満州にソ連軍が侵攻し、8月15日に敗戦を迎え、それまでの占領者から立場が変わり、中国人から激しい略奪や暴行を受け、熊本の来民開拓団の集団自決など、各地で集団自決が起きた。黒川満蒙開拓団は、ソ連兵に警護を依頼したが、その見返りに女性を差し出すという卑劣な戦時性暴力を強いた。黒川満蒙開拓団では、数えで18歳以上の15人が選ばれ、ソ連兵に供され、4人が性病や発症チフスにて現地で亡くなった。黒川満蒙開拓団を日本に送り届けるためとの大義名分の元、少女たちが犠牲になり、多くの住民が日本に帰国した。帰国した少女達に待っていたのは、いわれのない誹謗中傷であった。「ソ連兵と良い思いをして」「減るもんじゃあるまいし」など、セカンドレイプにさらされる。生きて帰った少女達は、懇談会や手紙を通じて引き続き連帯したが沈黙を守らざるを得なかった。また、理解ある夫に恵まれ、家族を持ち晩年を迎えた女性たちもいる。
本書は、過去の悲惨な歴史を伝えると共に、黒川満蒙開拓団の遺族会会長が被害女性たちに謝罪を表明し、慰霊碑である乙女の碑に加えて、説明文としての碑文を設置する経過が詳細に綴られる。少なくない被害女性が鬼籍に入る中で、高齢となった女性たちは、実名で証言を行い、性被害の悲惨な事実を凜として語る。そして、著者の松原文枝氏らの面談を重ねる中で、戦時・性暴力によるトラウマが緩解する女性も紹介する。歴史修正主義者による人権侵害が続く中、長年闘い続けた女性たちに連帯し、歴史の継承をしていくのは私たちの責務だ。
Posted by ブクログ
映画を観てからこちらの本を読んだ。
伝え続けることで繋がっていく。
なかったことにはできない。
断絶などできない。
日本がしてきた加害、している加害、搾取かは目を背けず、しっかり向き合わなければならない。
隠し続け、いや黙らせてきた藤井恒さん及び黒川開拓団の人たちを正直最後まで嫌いとしか思えなかった。
時代の教育や環境も一因かもしれないが、それで仕方がないでは済まされない。
加害者としての自覚をもって責任を果たしてほしかった。
そんな圧力や差別、中傷を受け続け、晒され続け、それでも自身のこと、事実を伝えようとし続けた女性たちを誇りに思う。
そしてこれから先、二度と起こしてはならない。
戦争も虐殺も差別も搾取も加害もいまだに行われ続けている。
私もまた加害をしているかもしれない。
自覚が必要だ。
自省と自制が必要だ。
時勢に惑わされず、流されず。
自分の心を取り戻す
自分の言葉を取り戻す
自分の土地を取り戻す
自分の尊厳を
自分の自由を取り戻す
Posted by ブクログ
満蒙開拓団、終戦直後の逃避の悲惨さは知っていたつもりだったが、この本では知らなかった一面を知った。
こんな酷いことを強いた原因はやっばり戦争だ、当時の軍国主義は愚かでしかないと思う。
Posted by ブクログ
開拓団の話はドラマなどを見て知っていたが
これほど過酷なことがあったとは。
2017年の中日新聞だったか曖昧だが
黒川開拓団の女性たちが「性接待」に出された記事を読んだ。
佐藤ハルエさんのお名前はその後で知る。
実名で語ることに私自身が抵抗を覚え
黒川開拓団の話を遠ざけるようになっていた。
それでも、新聞記事が載れば気になりサラッと目を通す程度。
改めて動画を見たり、当時の新聞記事を探して読んでみた。
「刻印」を読み終え
ハルエさんたちが実名で語ることへの抵抗は無くなったが
少し複雑な思いは残ったままだ。
時間はかかるが、当時何があったのか
そこから目を背けずハルエさんたちの思いを
この先も考えていきたい。
安江善子さんの長男・泉さんの言葉
P142
〈このまま放っておいたら、また戦争を始める時代になる気がするんです〉
P143
〈自分たちが伝えるということをやらないと
まずい時代なんじゃないかなと感じています〉