【感想・ネタバレ】人びとの社会戦争 日本はなぜ戦争への道を歩んだのかのレビュー

あらすじ

近代化を成し遂げた大正期以降,解放と引締めをめぐる「戦い」が,人びとの日常のなかで激化し,ついには本当の戦争へと至るまでを描く.軍部が起こした戦争に巻き込まれた国民という視点からは抜け落ちる,人びとの「社会戦争」のダイナミズムから近現代日本の実像を追う.大佛次郎論壇賞,毎日出版文化賞受賞者の渾身の大作.

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Posted by ブクログ

本当に本当に面白い。めちゃくちゃ勉強になった。
「なぜ日本は戦争への道を選んだのか」というポピュラーすぎる問いに、名もなき無数の民衆の立場から答えると、こんなに違った風景が見えるなんて。ものすごく知的に興奮し、感動した。
同時に、当時の戦争への道筋は今の時代にリンクするところもありすぎて読んでいて怖くなった。
同じ轍を踏まないようにすればどうしたらいいんだろう、それには当時のメカニズムをしかと理解することが大事なんじゃないか、そんなふうに思いながら読んだ。

本書では、大正期以降を「解放の時代」と「引き締めの時代」のせめぎ合いとしてとらえ、それぞれの担い手の文化的なぶつかり合いを「社会戦争」としている。
要約すると、大正時代は男女同権や、個人の権利や、男らしさ・女らしさなどの従来の役割からの解放が一気に進んだ「解放の時代」。
街にはパーマ姿のモダンガールやお洒落にキメた文学青年が跋扈し、ダンスホールやカフェが大流行り。部落解放運動や労働運動など権利を主張する運動も盛んに行われた。
しかしそうした急速な変化に素朴に反発を抱く保守層もかなり一定数存在した。そうした人たちは、「一人一人が自分の役割を全うし『らしさ』を大事に生きることこそ日本人の本来の姿だ」と考え、解放の時代を象徴する運動や、着飾って歩くモダンガールらを規制しようとするが、それらは流行っているので中々社会の機運を高めることができない。
そんな中で昭和時代に突入し、満州事変勃発。とうとう「引き締めの時代」が到来したように思えたが、意外とカフェやダンスホールはなくならない。
その後も、戦争で逆に景気が良くなったことなどもあり、38〜40年はなんと映画館が激増、遊郭の遊客数も激増、旅行や温泉もブーム。このようになかなか「引き締め」はうまくいかず、社会戦争はずるずる続いていく。
そんな中で、「非常時」「国防」の名の下での国民総力戦体制というのは、「非常時なのだから個人の権利を主張したり享楽的に個人の楽しみを追求してはいけません。国民一体となってお国のために役割を果たそう」という主張に説得力を持たせることができ、引き締め派にとって願ってもいない引き締め完遂の機会だった。
つまり戦時体制は、個性や多様性の尊重、対立や競争の激化、それに伴う分断と格差の広がりといった解放の時代に起きた数々の事柄に歯止めをかける作用を持っていた。
さらに戦争は単なる口実ではなく、「男らしく戦う」「女は銃後の守りに努める」「日本の精神を大東亜帝国に広める」などというように、戦争そのものが引き締め派の価値観を反映させたものとして捉えられた。
つまり戦争は、領土や国際情勢というような政治的理由ではなく文化的理由によって支持された。
やがてそうしたうねりは近衛首相をはじめとする政府の身動きも取れなくさせていく。対米開戦を避ける姿勢を見せると民衆・マスコミから弱腰と批判され、右翼による暗殺事件も実際的な脅威としてちらつき、アメリカとの交渉も上手くできなくなっていく。結局政府は誰も開戦を望んでいなかったのに、突き進まざるを得なくなったーー。

頭の整理のために、本書のストーリーを自分の言葉でざっと振り返るとこんな感じだと思う。
2段組574ページと大変長いから時間は多少かかるけど、読みやすく面白いのでするする読めた。
そしてこのように民衆の主体性を捉えるアプローチはまさに私の大好きな安丸良夫に通じるもので、自分はこういう視点に感動するのだなということを改めて感じた。

疑問もいくつもある。
・本書読んでいると、当時の社会は新しい価値観派と引き締め派が激しく対立し、すごく分断されていたような印象を抱く。
本当にそうなのかな?なんだかうまく言えないけど、特に新しい価値観派は、引き締め派に対立する主張を掲げて挑んでいたというより、ただただ自分たちの生きたいように生きていただけの気がする。
・当時は引き締め派の方が社会の多数派だったのか?
それともその時々によって人々は新しい価値観を楽しむ派になったり引き締め派になったり行き来したのか?
・新しい価値観派は戦争をどう捉えたのか。本書の理屈でいうと支持しなかったことになるが、実際支持しなかったのか、どうなのか。
・なぜ引き締め派はそれほど引き締めたかったのだろう?!?! 多様性や個性の何がそんなにいやなんですか?!

最終章でも示唆されているように、今は「引き締めの時代」なのではないかと感じる。
ジェンダー平等、LGBTの権利、外国人との共生、そうしたものに露骨に嫌悪感が示される時代で、そうした価値観に相反する政権が誕生し、支持されている。
最後に挙げた疑問は私がまさに今の時代のそうした風潮に対して抱いている疑問で、ここを解き明かさないと引き締め派のことを理解することはできないだろう。
もう本当に色々なことを考えさせられる、素晴らしい本だった。ありがとう。

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2026年03月14日

Posted by ブクログ

「解放/自由/個人」を求める人びとと「引き締め/秩序/一体感」を求める人びとのせめぎ合い(著者の言う「社会戦争」)という視点で20世紀前半の日本史を描き直す試み。そのために紹介される膨大な一時史料がどれも面白く臨場感がある。二段組で574頁の大部だが苦もなく読める。個人の多様性を重んじる立場と世間の中で己の分をわきまえることを重んじる立場は、近世•近代以降のどの時代でもどの地域でもせめぎ合ってきたようで、今日世界中で起きている多様性を巡る対立もその一つに過ぎないのかもしれない。これからしばらくは世界的に「引き締め」優位の時代になるのだろうか。その次にまた「解放」優位の時代が来るにしても、なんとも息苦しい。

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2026年02月14日

Posted by ブクログ

「普通の人々」がなぜ戦争に惹かれ、支持したのか、膨大な一次資料を使って検討した本でとても面白かった。戦争が決してトップダウンで始まったわけではないこと、世論の暴走の恐ろしさ、人の生き様に口を出してしまう人間の性とその行き着く先、この本で書かれている社会戦争が今も続いてるな、と確かに思えること。いろいろ考えてしまう本だった。

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2025年12月30日

Posted by ブクログ

筆者は大正デモクラシー以降太平洋戦争直後までの日本社会の推移を「解放」と「引き締め」のせめぎ合いと捉え、その確執を「人びとの社会戦争」と表象した。
そして当時の国民の意識や発言を広く掬い上げ、それぞれの時期の社会構造を解明しようとした。

「解放」とは、明治維新以降の西洋文明の導入で、個人の主体性や権利意識、自由と平等(男女も含む)、民主主義など開放的な潮流のことである。
政党政治、労働組合、部落解放、カフェー・・・。

「引き締め」は、開放で起こったエロ・グロ・ナンセンスの風潮を是正し、古来の伝統を重視し天皇を頂点とする家父長制や家族主義、儒教的礼節重視の全体主義国家を目指す、秩序とらしさの復権である。
泥沼化した中国戦線から太平洋戦争に拡大した時期の統制には凄まじいものがあった。
大政翼賛会、国防婦人会、鬼畜米英の大合唱・・・。

各々の趨勢は、あらゆる階層の子供から大人まで皆うち揃って社会の奔流を形作ったというものである。
現在のポピュリズムが跋扈するなかで身につまされながらこの作品を読むことになった。

この論考は膨大な一次史料の渉猟をベースに構成している。多様な人々の日記や手紙、投書など個人資料から全国紙、地方紙、雑誌、戦時団体の会報や地方史、そして外交文書や政治家・高官の回想録も網羅した。
『家の光』の投書や大手新聞の見出しも頻出する。

政治的・経済的に見て、また指導者側からみた分析や被害者大衆の側からという研究はよくあるが、これは視点を変えて、予見を持たず個々の国民の声を広く丹念に収集することから始める。そして当時の社会は本当はどうであったのかを究明しようとする。

日米開戦前夜の方針決定には右翼煽動家、メディア、国民大衆の開戦圧力の沸騰は凄まじかった。指導者はテロを恐れて本音が言えない異様な空気が支配し、天皇以下「クーデターを恐れる」恐怖感は想像を絶するものであった。近衛や東条、松岡や永野個人の心の揺れも激しく、世論は抑えが効かず、とんでもない圧力になって指導層に襲いかかる。
泥沼戦争に引き摺り込んだのは軍部や軍国主義者であるが、国民大衆が繰り広げた「人びとの社会戦争」の結果でもあった。
後で安全なところに身をおいて評論するのは容易い。

誰がどうすればこの奔流に棹さすことができたのか。
あらゆる場面で「では、どうしたらよかったのか?」と迫ってくる。そのことに筆者は答えを用意しない。予断なく事実を伝えることを淡々と続ける。
冷静で静謐な文章は読みやすくわかりやすい。

東京裁判やイデオロギー史観で、悲惨な大戦の責任を天皇や軍人・軍閥、政治家や官僚、独占資本家や右翼煽動家、メディアなどに偏って議論し、多くの社会の人々の責任には目を瞑ってきた。
偏波な責任追求構図であった。

読む者に冷静で深い思考を促す大作だ。

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2026年03月17日

Posted by ブクログ

この本は、膨大な資料に基き太平洋戦争は必ずしも軍部の暴走により引き起こされたとは言えず、国民の開放の引き締め要求の力が総力戦を求めた事が重要な要素であったとする。
ただ、なぜここまで戦争を熱望したのか、その理由は釈然としない。流れに流されて同調圧力で異論を封殺する、この国民性は今も変わらない。SNSの力でその傾向が強まっている事を懸念する。

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2026年02月13日

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