【感想・ネタバレ】虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督のレビュー

あらすじ

「なんでやねん?」 「じいさん、あんた誰やねん?」困惑するファンを尻目に、ニコニコ顔で就任会見に臨んだ岸一郎。一説には、「私をタイガースの監督に使ってみませんか」と、手紙で独自のチーム改革案をオーナーに売り込んだともいわれる。

そんな老人監督を待ち構えていたのは、迷走しがちなフロント陣と、ミスタータイガース・藤村富美男に代表される歴戦の猛虎たち。メンツを潰された球団のレジェンド、前監督の松木謙治郎も怒りを隠さない。不穏な空気がチームに充満するなかで始まったペナントレース。素人のふるう采配と身勝手に振る舞う選手たちは互いに相容れず、開幕後、あっという間にタイガースは大混乱に陥っていく……。

ファンでも知る人は少なく、球史でも触れられることのないこの出来事が単なる“昭和の珍事”では終わらず、タイガースの悪しき伝統である“お家騒動体質”が始まったきっかけとされるのは、なぜなのか?そもそも岸一郎とは何者で、どこから現れ、どこへ消えていったのか?

大阪─満洲─敦賀。ゆかりの地に残された、わずかな痕跡。吉田義男、小山正明、広岡達朗ら当時を知る野球人たちの貴重な証言。没年すら不詳という老人監督のルーツを辿り、行方を追うことで、日本野球の近代史と愛憎渦巻く阪神タイガースの特異な本質に迫る!

(著者について)
村瀬秀信 (むらせ ひでのぶ)
1975年生まれ。ノンフィクション作家。神奈川県茅ケ崎市出身。県立茅ヶ崎西浜高校を卒業後、全国各地を放浪。2000年よりライターとしてスポーツ、カルチャー、食などをテーマに雑誌、ウェブで幅広く執筆。2017年から文春オンライン上で「文春野球コラムペナントレース」を主宰するほか、プロ野球関連イベントの司会・パネリストとしても出演多数。著書に『4522敗の記憶』(双葉社)、『止めたバットでツーベース』(双葉社)、『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』シリーズ(講談社)などがある。

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Posted by ブクログ


こんな話があったなんて、、、
1955年の大阪タイガースの監督は、プロ経験のない60歳のおっさんだった!岸一郎。
もっとも、早稲田と満州で好投手として鳴らしていたので、素人ではない。
ただそれにしても、いきなりプロ集団のトップに据えるなんて、
阪神球団、どうかしている。
若手への入れ替えがミッションで、外部の人間でないとできない、と判断したようだが、、
日産のリストラをゴーンがやったようなものか。。

30試合、ほぼ5割近い成績だったが、それは采配によるものではなく選手の頑張り
というかミスタータイガース藤村富美男からも無視され、痔を理由に休養せざるを得なかった。

ここから阪神の「監督より選手が偉い」という悪しき習慣が生まれてしまったと。
歴代ミスタータイガースとて、監督としては寂しい終わり方をしているのが巨人と違うと。

しかしこの方、結果的には小山正明がエースになったり、爪痕は残している。
ロッテの小山として知ってるくらいだから、そんな昔の話じゃないんだよね、、

そんなころにこんなことがあったなんて


第1章 第8代監督 岸一郎
第2章 ベテランを殺す
第3章 1955年の33試合
第4章 ミスタータイガース
第5章 消えた老人を追って
第6章 苛政は虎よりも猛し。

1
2025年02月17日

Posted by ブクログ

これは面白かった!
ただ野球や阪神というチームに少しでも興味があればであると思うが。
どんなに短期間であれ、王、大統領、首相、監督などになれば歴史に刻まれる。それを具現化した様な話しである。巷の人の記憶には残らなかったが、記録にはしっかりと残っている。
ノンフィクションを読むたびに、事実は小説より奇なりであると思わされる。そうであるから、最近は荒唐無稽な内容の小説にしか心を惹かれなくなってしまうのだろうか。

0
2025年08月26日

Posted by ブクログ

読売ジャイアンツのライバルと位置付けられ、熱狂的なファンを多く擁する阪神タイガース。その長い歴史の中で、僅か2ヶ月だけ監督を務め、今やすっかり忘れ去られた岸一郎という人物がいた。彼の正体に迫る評伝。
自分は野球のことはろくに知らないが、なんとなく立ち寄ったスポーツ本コーナーで目にして、題材や帯コメントに興味を持ち読んでみた。
当時ですらほぼ知られていない謎の老人扱いだった岸が実は戦前野球界でスターだったこと、結果を出せず引退に追い込まれたもののそのことは後々まで尾を引く球団の悪しき体質に繋がったこと、引退後の足取りを追う中で明らかになった新事実など、予想以上に壮大な物語が展開されており、読み応えのあるノンフィクションとなっていた。関係者の死去や貴重な資料の散逸もあり、もっと早い時代に取材が行われていればと惜しまれる気持ちもあるが、そもそもこの本が書かれるまでほとんど誰も岸という人物を省みなかったらしいことを考えれば十分以上のものだと思う。

0
2024年09月01日

Posted by ブクログ

1955年、あの阪神タイガースの監督に就任した
一人の人物がいました。

岸一郎という当時としては老人の域に入る年齢
は60歳過ぎです。

年齢もさることながら驚くのはその経歴です。
なんとプロ野球の経験が無い、アマチュア出身
です。ホントか?

今では、いや当時でも考えられない人事です。

何でも当時のオーナーに「チームの改善案」の
手紙を送ったのが目に留まり、オーナーの「鶴
の一声」で決まったとか。そんなアホな。

シーズンが始まると案の定、選手との軋轢が生
じ、ベテラン選手などはマスコミを使って追い
落とそうとします。

そうです。たびたび世の中を賑わす阪神の「お
家騒動」は、これがルーツと言っていいのです。

フロントの強引さ、選手のマスコミを使うした
たかさ、それを評論家となって煽るファン達。

現在の岡田阪神は勝っているから周りはおとな
しいですが、負けが込むと始まるでしょう。
お得意の「お家騒動」が。

阪神ファンでなくてもプロ野球を愛する人なら
ば、きっと「ああそうだよね。阪神って」と
納得できる一冊です。

0
2024年06月07日

Posted by ブクログ

かなり面白かった。阪神タイガース(大阪タイガース)第8代監督岸一郎を巡る、タイガースという球団の「うちがわ」と「外野」、そして岸一郎という人物の半生。生憎、岸一郎の資料のうち処分されたものも多く、深層にある「真相」が何か、そもそもそれ自体あるのかないのかも不明瞭だが、それでも充分に読み応えがあった。何より、複雑かつ登場人物が多い昭和前期〜戦後期にいたるドキュメンタリーを優れた構成でまとめあげているため、阪神タイガースに詳しくなくても引っかかりは少なく読み進められる快適さが大変よかった。昭和の日本や、職業野球(プロ野球)に関心がある人なら、前提知識がなくてもきっと楽しめる。岸一郎氏がこうして蘇ることに、胸が熱くなった。

0
2024年02月09日

Posted by ブクログ

阪神はなぜ勝てないのか。その答えは『虎の血』!?
伝説となった山本由伸の熱投で締めくくられたワールドシリーズ。
大胆不敵な小久保采配を見せつけられた日本シリーズ。
この熱狂のロスを埋めてくれる一冊に出会った。村瀬秀信さんの『虎の血』だ。
この本は、二つの物語として読むことができる。
一つは「組織論」としての物語。もう一つは「謎のキャラクター・岸一郎」の物語である。

アライン不在の組織には勝利はない
「監督やコーチのためやない。ファンのために必死になる。これが虎の血や。」
コレコレ、これが怖いんです。
「お客様のために」と声高に叫び、上層部批判を繰り返していたあなた!――はい、私でした(過去形です!)
会社という組織も、球団という組織も本質は同じだと思う。
その組織の目的・存在理由・ミッションがアライン(共有・整合)されていなければ、勝利は得られない。
宗教組織や軍隊組織はその点が明確で、組織としてはとても優秀だ(話が逸れた)

「ファンのために戦う」――その響きは美しい
だがこの一言は、特に人気球団である阪神タイガースにおいては、錦の御旗になってしまう。
同じ人気球団である巨人においては、それが「勝利」であったという対比も面白い。
この錦の御旗をスター選手が掲げ、監督批判を繰り広げる。
ベンチも球団も、もちろんファンもメディアも酔いしれる。
その間に「勝利」はどこかへ去ってしまう。(うん?ウチの会社のことか?)
誰もが「ファン第一」「伝統を大切に」と口にする。
だが実際には、フロントも、監督も、選手も、OBも――誰一人として「勝利」という一点でつながっていない。
愛情は豊かだが、方向はバラバラ。Not Playing to WIN!
この歴史の原点に立つのが、「謎の老人監督」岸一郎と「ミスタータイガース」藤村富美男である。

「謎の老人監督」岸一郎
「謎」というのも妙な話だ。
なぜなら、メディア露出の多い阪神タイガースの監督が「謎」であるはずがない。
スポーツニッポン(1954年11月25日付)一面に「岸一郎氏と契約」「輝く球歴」と大きく報じられているではないか。
プロ野球発足前の早稲田の大エース。
その後、満州で活躍し、長いブランクを経て阪神の監督となる。
だが、わずか33試合で退任。その理由が「痔瘻」――いや、本当だろうか。
ところが話は不可解な方向へ進んでいく。
「ロシアの血」や「天狗党を斬首した血筋」など、まるで歴史小説のような人物設定。
しかも“べらいち”(詳しくは読んでください)
ただし、これらの謎は最後まで完全には解かれない。
資料が乏しいのは事実としても、もう少し核心に迫ってほしかった。
――誰か、小説でもいいのでスッキリさせてください!

組織論を描くなら、川藤、吉田、広岡といった“野党”のコメントだけでなく、“与党”のコメントも組み込む必要があったのではないか。
岸一郎の人物像を炙り出すには、やや謎が残りすぎているのが残念だ。

それでもこの本の魅力は明確だ。
阪神というチームは、「勝利」よりも「感情の共有」を重んじてきた。
だからこそ愛され、だからこそ勝てない――。
その構造を見事に描き出している。
「虎の血」とは、勝利の血脈ではなく、情の血脈なのだ。
この本のあとがきが暗示しているように、藤川球児監督のもとで、オーナー・球団・フロント・選手・スタッフが同じ方向を見出せれば――
そして熱狂的なファンと、それを商売にしているメディアを巻き込むことができれば――
阪神常勝の未来があるのかもしれない。
でも、それじゃ阪神じゃなくなっちゃう(笑)
ああ、来年の球春が待ちきれない!

0
2025年11月06日

Posted by ブクログ

ノンフィクション物なのに小説の様な読み心地。面白かった。
野球は全く明るくなく、登場人物も検索しながら読み進めた為少し時間がかかりましたが、ぐいぐい読んだと思う。

岸一郎というおじいちゃん監督に焦点を当てた時、見えてきた謎と闇。
腹の探り合い、策略、ずる賢さ。さらに余計な火種をつけるマスコミ。野球が好きで野球をやりたいだけの選手にもレギュラー争いという攻防がある訳で。

最終章で明かされる諸々にそれまでの登場人物への印象がひっくり返され、これもまた面白かった。見事な起承転結。
人は多面的ではあるが、根っこを知ると案外シンプルな答えにたどり着いたりするという事か。

それにしても最後、彼で締めるとはね。
知ってたのかね。

0
2024年11月02日

Posted by ブクログ

リアルサラかん。まさかプロ野球未経験の監督が実在したとは。それも阪神タイガース。
昭和30年、藤村富美男、金田正泰など生え抜きスター選手のつなぎで就任した岸一郎監督。選手に排斥され33試合で休養。
元祖、お家騒動を遺された記録の少ない監督の知己を追い辿っていくノンフィクション。
最終的にお家騒動と阪神タイガースの独自の伝統とに結びつくが、結局謎の監督は謎のまま、関係した生存者も少ないので、やや尻切れトンボ。
阪神ファンでは描けないだろうお家騒動をテーマとした点は評価したい。

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2024年08月04日

Posted by ブクログ

1955年33試合だけ阪神の監督だった岸一郎。プロ野球経験のない60歳。なぜ彼が監督になったのか、謎に迫るドキュメント。

面白かった。岸前後の阪神の歴史や当時の混乱ぶりがよく分かる。

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2024年05月07日

Posted by ブクログ

 なるほどなあと、この人物を掘りおこしてきたことには感心した。
 ただ、一冊の本にするには、ちょっと材料が足りない思いもあった。
 梅本さんが登場したのは、とても嬉しかったが。
 

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2024年04月23日

Posted by ブクログ

阪神-巨人戦には『伝統の一戦』という冠がつくが、対戦戦績を見れば 阪神の791勝1031敗73分、巨人へ240もの勝利を献上。歴代監督数を見ると、岡田彰布は35代目、巨人は阿部慎之助が20代目。創設年数は88年の阪神に対し、巨人は89年とほぼ同じ歩みながら、生え抜き主義の巨人に対し、阪神は監督の首のすげ替えはなはだしく、『歴史はあっても伝統はない』と言われても仕方ないほど、監督数と同等の『内紛』を引き起こしてきたのが阪神。

■本書は…
阪神のお家芸と言われる監督交代時のゴタゴタ。お家騒動が常態化するキッカケになったのでは?と言われる第8代監督『岸一郎』をめぐる不可解人事。その奇怪な真相に迫るノンフィクション。

■内容は…
今から70年前の1955年、阪神球団は岸一郎というアマチュア野球界では実績を残すも、プロ野球の選手経験はなく、また30年もの間ボールに触ることもなく、故郷の敦賀で百姓をやっていたという得体の知れぬ老人を監督に据えるという仰天人事を行う。

招聘の経緯は、岸一郎が自発的に球団オーナーに向け、『チーム改革案』を献上。そこには〈投手を中心にした守りの野球〉の必要性が説かれ、内容に感心した野田オーナーは独断で監督に据える。

この人事に納得のいかないのが初代 Mr.タイガース藤村富美男。選手の前で『年寄り!』『こら、オイボレ!』と悪しざまに罵るなど、主力選手たちからも総スカンを喰らい、わずか1ヶ月半で解任。

かくして、その藤村は翌年第9代監督に就任。プレイングマネージャーとしてチームを牽引するも優勝目前にして失速し2位。戦績を見れば及第点も、問題は藤村の性格。手柄は全て自分にあり、自分に代わるスター誕生を望まぬ性格は人心を遠ざけ、やがて藤村排斥事件へと発展。

その背景には球団のシブチンにあり、主力選手たちはあまりの低評価に対し不満を爆発させ、今風に言えば『労働争議』が起こり、その矛先が球団には従順な藤村へと向かい排斥事件へと雪崩打つ。

また、この一件には副産物を生んだ。『阪神のお家騒動は売れる!』とスポーツ紙の知るところになり、毎シーズン終了後に季節の便りよろしく醜聞が生まれ、阪神は球界のスキャンダルメーカーとしての地位を確実なものにし、その悪しき伝統だけは忠実に受け継がれていく。

著者は招聘〜監督辞任までの流れを辿りながら、本社・球団・選手の誰しも阪神への愛があるがゆえに疑心暗鬼となり、同床異夢の現実を知り、失望と自滅の様子を炙り出していく。

それを押さえた上で、著者の筆は岸一郎の『得体探し』へと向かう。殆ど記録も残っていない謎の老人の郷里の敦賀に赴き、丹念に洗い出していく。やがて若きの日の岸一郎が早大・満鉄でプレイヤーとして無双な存在であったことを知る。

■改めて阪神の悪しき伝統とは…
火の気のない場所でも火を起こし、火があるところは大火に至る。昨年2月のキャンプの初日、岡田監督は報道陣から『球団への愛はあるか?』と問われ、『球団には愛はない。阪神という名前には愛はあるけどな…』と発言。

虎の申し子である岡田は、仰天監督人事から70年経過し、阪神阪急グループになろうが『阪神という球団は伏魔殿である』と見ているのではないか。

僕の目下の関心はアレンパより、本社-球団-選手が三位一体になろうとしているところに、また変な病気が宿らないか…そっちの不安の方が募るばかり。

はたして『虎の血』って、拭っても拭っても付着し続ける清濁の『濁の高濃度』を肯定することなのか…

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2024年03月08日

Posted by ブクログ

【感想】
令和7年9月7日。阪神タイガースが史上最速でのリーグ優勝を決めた。これで阪神は令和に入ってから全てAクラスでシーズンを終えており、3位2回、2位3回、1位2回、日本一1回というまさに「令和最強球団」となっている。
しかし、阪神が常勝軍団となったのはつい最近のことだ。昭和~平成時代(特にクライマックスシリーズが導入される前)に至っては、巨人の後塵を拝し続ける「勝てない球団」であった。いったい昔の阪神と今の阪神は何が違うのか。巨人の次に歴史がある球団が何十年も弱小チームであり続けたのは、何が原因だったのか。

本書『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』は、そんなタイガースにかつて監督として在籍した「岸一郎」という人物にスポットを当て、彼の生涯と監督生活、そして阪神という球団の深淵を探る一冊となっている。

岸はかつて大学野球で目覚ましい成績を残したエース級ピッチャーだったが、30歳手前で野球から退いた後、長らく農業をして暮らしていた。もちろんプロ野球経験は無いのだが、そんな彼が突如60歳にしてタイガースの監督に抜擢されたのだ。
そんなアマチュア上がりの岸が監督して活躍できたのかというと、もちろん無理な話だった。岸は物腰柔らかであり印象は悪くないのだが、いかんせん軽口が目立ち、選手との関係を上手く構築できていなかった。タイガースのスターである藤村に対して「藤村だろうと成績が伴わなければ容赦なく外す」と言ったり、巨人の大打者である川上・千葉に対しても「往年の打者としてたいしたことはない」と言ったりと、軋轢を生むような発言が散見される。当時は選手間の縄張り意識が強く、成績と同じぐらい人と人との信頼関係が重要であった時代だ。そうした中でプロ野球経験無しの素人が大口を叩いているとあっては、やはり選手もいい顔はしなかったであろう。

本書ではそうした「岸一郎の人物像」を掘り下げていくことを主軸としているのだが、もう一つ柱がある。それは岸監督という不可解な人事から見る「タイガースの構造的な問題点」である。
岸を監督に据えるという人事は本社が決定した事項なのだが、何ら現場の事情を考慮していない。結果として選手が監督の言うことを聞かなくなり、チームの力が削がれている。この一連のいざこざが、タイガースが弱小球団のままであった理由につながってくる。つまり、選手、監督、本社といった球団を取り巻く人物達の目指す方向が全てバラバラであり、互いに協力しようという姿勢を全く見せていなかったからなのだ。
特に酷かったのが、デイリースポーツなどタイガースを中心に扱うマスコミである。スポーツ新聞は売上第一主義なのだが、阪神のお家騒動を記事にした日は売上が目に見えて増えるのだ。そのため、内紛状態のチームを焚き付けるような記事を書いたり、選手からの球団批判や監督批判を記事にしてしまうという行動をしきりに行っていた。例えそれが信ぴょう性の低い、捏造に近い情報であってもだ。タイガース史に残る大事件「藤村排斥事件」については、もとは選手たちによる「チームを今後どうしていくか」という話し合いが、スポーツ新聞に「藤村排斥のための集会である」と書き立てられてしまったことが発端であったという。

阪神タイガースは、究極の選手ファースト球団なのだ。プロ野球はファンを喜ばせる選手が主役で、監督は負けの責任をすべてかぶるためにいる。野球はスポーツである以前に興行であり、それがタイガースを長年勝利から遠ざけていた要因だったのだ。

――不満という火薬を徐々に蓄えていったのが藤村であるならば、導火線を作ったのは、岸一郎か。岸が監督の時分に、藤村はその采配に従わず、選手たちの前で「年寄り」「こら、オイボレ」と悪しざまに罵るなど、監督としての尊厳をないものにしていた。この時の藤村の姿勢を選手たちは見ていたのである。

――「この時から、ずっとそうなんや。最終的な決定権は本社にあるという権力の所在が明らかになった。結局、歴史を見返しても、本社・球団・現場が三位一体、一枚岩になれないと勝つことは難しいんやろな」

――――――――――――――――――――――――――
【まとめ】
1 謎の老人監督
岸一郎。大阪タイガース(現・阪神)の第8代監督を務めた。1955年に60歳でタイガースの監督に就任するも、わずか2カ月で退任した。
岸は60歳までプロ野球経験のない老人であり、30年近く農業をして暮らしていた。タイガースの大ファンで、腹案のタイガース再建論と「自分を監督にしてほしい」という手紙をオーナーに投書していたら、それが目に留まり監督に採用されてしまった。しかし、選手たちから反発されわずか33試合で監督生活は終焉した。

1980年に、日本のスポーツライターの草分け的存在である大和球士が『真説日本野球史』において、岸一郎のことを次のように書いている。
――昭和30年の阪神のオーダーは優勝を狙うに十分な布陣であったが、内紛があってチームは和を欠いた。思うに阪神はその後も小型内紛、大型内紛を繰り返し、常に実力兼備のチームでありながら昭和55年に至るまでに優勝わずか2度に過ぎぬ。情けない限りである。チームの和を欠く阪神の悪伝統の原点が、30年の岸退陣事件にあったと断定しても差し支えあるまい。

ここに、阪神タイガースという底なし沼の深淵がある。


2 人事介入
阪神で3度の監督を務めた吉田義男は語る。「タイガースは、歴史はあるけど伝統がない、ということをよぉ言われるんです。巨人と同じような歴史があるのに、中身が違うんですよ。特にフロントと現場との一体感というものが希薄なのかなと思わされますね。そういうところから綻びが出て、内紛やお家騒動が起こってしまうのでしょう」
優勝した1985年、2003年、2005年を見ると、フロントと現場が同じ方向を向いて歩んでいたことが分かる。だが、そうしたことは容易くできるものではない。

吉田はそうした内紛やお家騒動の原点として、1956年オフに起こった「藤村排斥騒動」を語る。大スターであり兼任監督だった藤村富美男に対し、主力選手たちが反藤村の旗を掲げ、権力の座から追い落としたこの事件で、吉田は排斥派の若手筆頭として名前を連ねている。この藤村排斥事件によって、タイガースにおけるフロントと選手の闘争の歴史が幕を開けた。そして、事件の顛末を連日詳細に報じたスポーツ紙が軒並み売り上げを伸ばしたことで今日に続く過剰な報道合戦が始まったともいわれている。

岸の監督就任が発表されたのは1954年11月24日。前任の松木謙治郎の正式な監督辞任が発表されてからわずか1週間のことであった。記者会見に集まった記者たちは、聞き慣れない名前に騒然としていた。しかし、岸本人は質疑応答で温厚な性格をのぞかせ、聞かれた質問に真摯に答えるなど、これまでのタイガースの監督では考えられない取材対応を見せていた。

この人事決定に関わったのは、タイガースオーナーの野田誠三である。本社とトップが自ら球団人事に乗り出してきたのだ。前身の松木謙治郎が大阪球団事件の責任を取って監督を退任し、後継にミスタータイガース藤村富美男を据えようと水面下で動きがあった中、「タイガースの古い血を入れ替えるため監督をやらせてくれ」という岸のラブレターに食いついてしまったのだ。


3 ベテランを殺す
岸一郎の入団前の前評判は散々であった。30年近く野球を離れている老人には、「時代感覚にズレがある」という評価が下っていた。岸自身には野田オーナーより「若い投手の育成」「古い血の入れ替え」がミッションとして与えられており、それを完遂することだけが生き残る手段となっていた。

しかし、岸の就任を快く思っていなかった人物がいる。この時選手として下り坂に差し掛かっていた藤村富美男である。
岸の監督登用は、表向きは藤村富美男に監督として土をつけないための配慮であり、
投手力を整備し、勝てるチームができるまでのお膳立てをするためのつなぎという名目があった。
しかし、裏の狙いとしては「力が落ちてきた藤村をスタメンから落とせ」といくら言っても誰も手をくだせなかったアンタッチャブルな存在を、プロ野球界のしがらみの外ゆえに平気でクビを斬れる、処刑人としての登用という意図もあったのだろう。
岸が成功できるかどうかは、藤村との関係を上手く築けるかどうかにかかっていた。


4 ペナントレース開幕
岸政権のもとでのペナントレースが開幕した。序盤は期待以上の滑り出しであり、大洋・国鉄・広島・中日とのカード終了13試合時点で9勝4敗と首位をキープしていた。
いよいよ巨人との伝統の一戦を迎えるのだが、それを前に巨人軍の親会社である読売新聞から「岸(阪神)監督のひとりごと」と称した捏造記事が掲載された。内容は助監督の藤村に対する苦言だったのだが、この内容を真実と誤認した藤村は岸を批判するコメントを残してしまう。

当時18歳で投手としてベンチ入りしていた梅本は、岸のチーム内での孤立ぶりをこう語る。
「あの人が、藤村さんや御園生さん、金田さんと話しているところなんて一度たりとも見たことがないですわ。そりゃ、藤村さんいうたら神様や。素人のじいさん相手に何を話すことがあるんや。主将の金田さん、田宮さんら主戦級の選手だって、バカにして言うこと聞くわけないやん。吉田さんらも若手とはいえ一軍の試合に出とったスタープレイヤーやし接点は少なかったはず」
「サインも一応は出していたみたいやけど、誰と相談するでもなく、誰に何を言われるでもなく。ずっとひとりやった。あれは、ちょっと異様な光景やったと思うで」

5月になると岸一郎の顔から生気が失われていた。監督就任以来、一日も絶やすことがなかった好々爺たる穏やかな笑みは貼り付いたような無表情へと変わっていた。鈍感すぎるまでに選手の感情をキャッチできないといわれた岸も、やっとチーム内に張り巡らされた「岸監督不信」の空気を悟ったようだ。
ベンチ内では岸の言うことを聞く人は誰もおらず、藤村からは「オイボレ」「年寄り」と悪態を突かれる。スポーツ新聞をはじめとするメディアも「ボケ老人」「夏までの監督」「大正野球の遺物」「ブランク30年の無能」などなど、岸一郎へのあることないことを並べ立て、藤村や主要選手との対決姿勢を煽り立てた。

そして5月21日、岸は「体調不良のための休養」という名目でベンチを離れ、二度と戻ることはなかった。わずか33試合の監督だった。


5 揉める阪神
しかし、タイガースの問題はここからだった。主力選手が監督を無視、反抗し、ついにその座から追い落としてしまった事実は重い。選手に勝利感を与えてしまったこの処置が「揉める阪神」の導火線になっていたことは、球団も選手もまだ気がついていなかった。

1954年を3位で終えたタイガースは、1955年には藤村を正式に監督に据える。しかし、監督一本で行くのか、選手兼任監督で行くのかは不透明のままであり、チーム内には兼任監督に対する不満の空気が滞留していた。

岸から指揮官を譲り受けた昨年の5月後半以降、藤村は「ファイトを燃やして全員を引っ張る」の言葉通り、選手たちに激しい叱咤を飛ばして戦った。それはチームを鼓舞したといえば聞こえがいいが、実際の現場ではミスを犯した選手に対しては大声で怒鳴りつけ、自分が活躍した時には「こうやって打つんや」と得意満面に振る舞うこともあったという。
当時のある中堅選手が回想している。
「藤村さんはスーパースターであるがゆえに、自分以外の選手が活躍すると嫉妬心を露わにしました。プレイヤーとしての対抗心は大事なことなのかもしれないけど、他人の殊勲を自分の手柄に横取りしてしまうようなことを、監督になってからもやっていては選手の心は離れていきますよ」

この年タイガースは、8月11日に貯金28と2位巨人に5ゲーム差をつける首位だったものの、チーム内は藤村富美男vsベテラン主力選手で真っ二つであり、結局4.5ゲーム差の2位で終わってしまった。

そんな中、藤村排斥事件が起こる。事件のもとを辿れば藤村と不仲であった金田を筆頭に、給料問題や会社への不信を含めて「ただ明朗に野球をやりたい」という不満が選手間から表れた結果だったのだが、メディアと世間を巻き込んで変な方向へ転がってしまった。
各方面からの介入によって最終的には排斥派と藤村は和解したのだが、この事件によって、スポーツ新聞のタイガース報道は事件以前と以後に分かれるといわれるぐらい、世間の関心と売り上げで急成長を遂げる契機となった。
それはすなわち「タイガースのお家騒動は売れる」という世紀の大発見でもあった。これ以来、毎年のようにシーズンが終われば季節の便りのように醜聞が届き、タイガースは球界のスキャンダルメーカーとしての地位を確実なものにしていった。


6 虎の血
岸が監督だったあの2ヵ月間。采配には従わず、ベンチで公然と悪口を言うなどいわば監督批判の急先鋒となっていた行動の背景を、のちに大井廣介がこう書いている。
「(就任会見当初から)岸の暗君ぐあいに頭を抱えた田中義一は、シーズン前に藤村と金田を個別に呼び出していた。『すっかりご存じだと思うが、あの岸老人は監督としてはあまりにも頼りない。シーズン中は二人でチームを引っ張って行ってくれないか。』この言葉に藤村が奮い立ち、行き過ぎと見えるような節々の行動を招いたのが真相だという」

結局いつも同じことなのだ。オーナーも、会社も、球団も。監督も選手も誰もがタイガースを愛してはいる。ゆえに誰もが疑心暗鬼になって自滅する。
最初に落とされた異物が岸一郎だった。球団創立以来、石本秀一であり、若林忠志であり、松木謙治郎が守ってきたタイガースという球団の魂を、受け継ぐべき人が受け継がず、よそから来た何も知らない人間が、ずけずけと「古い血は入れ替える」などと放言されては、家を守ってきた人間が黙っていられるわけがないのだ。

1985年、阪神タイガースが21年ぶりの優勝を目前としていたある日、川藤幸三はOBの藤村にこう言われた。
「監督がおかしいと思うたら、選手は言うこと聞かんでええ。ワシらもそうやってきた。その代わり、自分のことは自分で責任を持つ。それがタイガースや。監督の顔色をうかがっているようではあかんのや」「今、タイガースが久しぶりに優勝争いをしているやろ。新聞を見れば、阪神タイガースやなくて『吉田阪神』と書いてある。なんやねんこれは。ええか。タイガースの監督は吉田や。
せやけどタイガースは吉田のもんではない。タイガースがあるから吉田がおるんや。ワシらは監督やコーチに認められたくてやってきたわけやない。ファンに認められるために必死になれたんや。それが諸先輩方が作ってきたタイガースであり、虎の血なんや。これを後輩たちに繋いでいけ」

お家騒動ばかりで、シーズンに入ったらちっとも巨人に勝てない。チームの功労者は成績が落ちれば追い出され、いつの間にかバラバラになっている。選手、フロント、ファンが一緒の方向をなかなか向かず、喧々諤々主張をぶつけ合い、結果として責任者たる監督がすり潰されていく。

それでもタイガースは「虎の血」を分けた人々から愛され続けている。裏切られても、踏みつけられても、ドアホと笑われても、
貫き通せるタイガースへの愛。それだけが、この球団と、そこに魅かれた人々を衝き動かしている。

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2025年09月10日

Posted by ブクログ

おんどりゃああと怒り狂ってベンチを飛びだす藤村富美男。その華のあるプレーに長嶋茂雄は憧れを抱き、水島新司は彼をモデルに『ドカベン』の岩鬼正美を着想したというオーバーアクションが持ち味の千両役者。プロ野球経験なしの爺さん岸一郎が監督との猛虎達の衝突、騒動へと。当たり前だよー

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2025年08月02日

Posted by ブクログ

戦後間もない時代のことをよく今調べたもんだというのが第一の感想。

全くプロ野球経験が無い素人・岸一郎が阪神タイガースの監督にかつぎあげられわずか2ヶ月で排斥されるまでの物語。

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2025年06月08日

Posted by ブクログ

波瀾万丈なわけでもないけど、無念と胸熱が入り混じった1人の人生の物語
タイガース、されどタイガース。

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2025年02月19日

Posted by ブクログ

ありゃあ、面白かった。

タイトルからして、虎ファンの爺さんが外野からやいのやいの口出しして、と言う話かと思ってたんだが、第八代タイガース監督を務めた、岸一郎という人だった。
何が謎って、それまでタイガースに全く関係がなく、どうもあっちこっちに自分を売り込む手紙を書いていて、その、タイガース改革論みたいなんに感銘を受けたオーナーが一本釣りで突然連れて来た、正真正銘の爺さんだった。
当時もう、荒くればっかりやった藤村富美男を始めとするスーパースターがソッポを向き、監督経験も何もない爺さんの采配が振うこともなく、2ヶ月で馘首。その時球団が発表した理由が「痔瘻の手術」という。

なんやこの爺さん、と思ったのだが、実際、大戦前の早稲田の大エース、満州で剛腕で鳴らした大スターだったという過去を、著者は尋ねていく。

なんか切ないものも感じた。
爺さんが本当は何をしたかったのか、何を考えていたのかが事実として分からない。

そうして、この時に選手が監督の指示を受け入れず、逆に放逐した事実が、この後のタイガースのお家騒動の始まりになったという。
監督をボロボロにして放り出すことの繰り返し。
だがそれも、みんながみんななりにタイガースを愛するからこそという、なんか美談的な話になるウルトラC。
「ファンのためだけ」にある球団ということか。
ま、大阪では「環境」やったけどな。

それにしてもこの作家さん、上手い。文章の構成というか。
脱線もあるが、し過ぎないで上手く文章の流れに取り込んで、読ませてれている。読みやすい。

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2025年02月11日

Posted by ブクログ

阪神ファンではないが、阪神への強い愛を感じさせてくれる1冊。ただ、やや表現が大げさなところがあり、読んでいて疲れを感じたことは確か。

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2024年03月07日

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