あらすじ
「これからずっと、死ぬために生きるつもりなの?」
高校2年の祈里は、体調が優れず伯父が働くクリニックに行くと、あと数年しか生きられない病気だとわかる。
これまでの友人関係も、将来のために頑張っていた勉強も無駄になると絶望し、心の拠り所だったより江さんの家に向かう。
すると、なぜか去年同じクラスだった春日井くんがいて、より江さんは祖母であること、さらに亡くなったことを知らされる。
遺品整理を手伝ううち、どんどん彼に惹かれていくが、このまま好きでいていいのか、悩みは募るばかりで―。
『交換ウソ日記』、「世界は「」で」シリーズの著者が描く、号泣必至の青春恋愛小説。
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Posted by ブクログ
自分の選択した道を生きて、それで後悔して選択しなかった道を生きていればよかったってと思っても、その選ばなかった道にも後悔があったかもしれない。これまで自分で選択してきた道が自分の人生なのだから、後悔して死んだって自分の今までの軌跡は無駄にはならない。だからこそこれから選択していく道も、他人が選択する道ではなく、後悔してもいいから自分の道を選択したいと思った。それがいつか自分の人生と呼べる軌跡になるのだから。
Posted by ブクログ
余命ものを読みながら、ニヤニヤ笑ってしまうことなんてきっとこの一冊だけだろうな。
なんて不謹慎なやつだと思われてしまいそうな感想だけれど、そこは著者の友人であることを免罪符にお許しいただきたい。
これはわたしのよく知る友人が書いた、果し状とも道場破りにも思えるし、真摯な意見申立書のようにも感じる。
世が世なら、屋上で叫ぶ主張とも言えるかもしれない。(あの番組も元ネタのドラマも好きだったな。世代ばれまくりですけども。わたしもいいよさんもグランドでケタケタ笑いながら揶揄する側だっただろうけども)
作家には筆という剣にも勝る武器があるってこういうことだと思うんですよね。
後悔しないように生きる?
後悔しようがしまいが、己の自由だし後悔する権利だってわたしたちにはある。
差し出された手をとらなきゃいけない?
はねつけようが踏み潰そうがそれこそこちらの自由だ。
家族だろうが友人だろうが、人間関係は鏡。差し出された手を踏まれたなら、それは自分が相手の手を踏んできたから。
と、わたしも常々思っている。
どう生きるかもどう死ぬかもそれは自分の選択で、だれかに決められるものではないし、正解もない。
だれかを好きになってもいいし恨んでもいいし、仲違いもしてもいいし愛し合ってもいい。
綺麗事なんてくそくらえ!好きにさせろ!押しつけんな!
わたしはめちゃくちゃ祈里の背中を抱きしめたいし(うざいと言われたい)、傷ついた彼女の家族のハートに塩をすりこみたいと思う。
いいぞいいぞもっとやれ!と思いながら読んでいたので、ニヤニヤしてしまったという次第です(告白
人は遅かれ早かれ、その命を終えるから。
後悔するのもしないのも、やりたいことをやるのもやらないのも、『自分で』決めて生きていきたいものです。
個人的には底を知らない物欲を抱えて生きているので、きっとあれも欲しかったこれも欲しかった、あれも読みたかった、あのラストを読み終えずに終わるのかくそう!!となりながらその瞬間を迎えるのだろうなと思っています。
願わくば、可能な限りの物語を脳なに取り込んでから逝きたいものです。えへへ。
しかしわたしも、付き合ってないけど別れたいとか言ってみたかったな。そんな青春のひとコマを体験したかったよ。なにこのセリフ。
(これを言えずにわたしは死ぬのね…くそう!)
Posted by ブクログ
余命ものはありきたりになりがちだがそんな中でも面白いと感じたのは余命宣告があってから家族の態度が変わったところや、後悔のないように生きなければならないのではなく後悔してもいいから自分の好きなように生きることが書かれていた点かと思う。