あらすじ
1925年に成立した治安維持法。歴史の闇の中であっても輝きを放つ、「敗れざる者たち」の矜恃とは――?
『蟹工船』の取材と執筆に熱中するプロレタリア文学の旗手・小林多喜二。
反社会的、非国民的思想犯として特高に監視される反戦川柳作家・鶴彬(つる・あきら)。
同業他社の知人たちに不可思議な失踪が続き、怯える編集者・和田喜太郎。
不遇にありながら、天才的な論考を発表し続ける、稀代の哲学者・三木清。
己の信念を貫く男たちを、クロサキと名乗る内務省の男が追い詰めてゆく。
彼らはなぜ罪なく裁かれたのか?
累計130万部突破「ジョーカー・ゲーム」シリーズの著者が令和の世に問う、もう一つの傑作スパイ・ミステリ!
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Posted by ブクログ
面白かった。ジョカゲ人気にあやかって、スパイミステリとしてるかもしれないけど、そこまでスパイでもミステリーでもない。暗号やら偵察やら工作などのスパイ要素はあるけど、そこまでがっつりではない。
史実と小説としてのエンタメの絡め方めちゃうま。こういうのもっと読みたい。
「雲雀」
小林多喜二に取材を受けるしスパイもする、というのが面白い。蟹工船読んだこと無いけど読もうかなという気持ちが強くなった。
雲雀=小林多喜二
P78、“谷の脳裏に、早春の空のきわめて高い場所で囀ずる雲雀の姿が浮かんだ。鷹も烏もハヤブサも、かれは少しも恐れる様子もなく、空の一角で囀ずることで春の訪れを告げる。雲雀の声を耳にして、地上の者たちは春が来たことをはじめて知るのだ。”
「叛徒」
特高と憲兵との駆け引き。川柳も侮れないというか、まあ風刺の意味が込められてるからな。丸山がぺろっと川柳の魅力伝えちゃうの迂闊すぎ。
「カサンドラ」
戦後生まれの身としては、予想出来るオチだけど、この時代に生きた者としては受け入れがたい予想で面白かった。だから真実を言っても信じてもらえないカサンドラ。
P213、
”助言しようにも、もう遅い。
志木は目を閉じた。
俺たちは動物園の象以下の存在だ。
足下から雀の群れがぱっと飛び立つ。
虐殺が始まった。”
このラスト好き。
「赤と黒」
クロサキの話。アカを追うからクロサキ。
クロサキが東京大空襲の被害を受けて慄然とするとこ好き。
P254、“相手国の意志決定機関は破壊しない。それが、戦争当事国同士の暗黙の了解だ。権力者は戦争では死なない。だからこそ彼らは気楽に戦争を始め、どんな状況になっても平気で戦争を続けていられるのだーー。”
また、特高という組織の維持のためにノルマをこなし、ノルマのために難癖付けて捕まえる。最悪すぎる。
でも最後の三木清のとこ泣いちゃった。パンセの、人間は考える葦である、に続きがあるとは考えたことなかった。ちょっと考えれば、そりゃあるだろなんだけど、その続きが良い。結局、意志は死なないということだろうと読み取った。尊厳は誰にも奪えない。
だからこそ、思想は恐ろしいんだよなあ。
クロサキが浮かべた絵画について調べてみた。おそらく、ゴヤの「砂に埋もれる犬」だと思う。ゴヤは結構政権批判政治批判してる画家だと思うけど、その画家のこの作品を選んでくるとは。クロサキどこで知ったの!?
ゴヤは有名作品として我が子を食らう~とかは知ってたけど、犬のは知らなかったので知れて良かった。目に入っていても気に留めて無かったかも。
Posted by ブクログ
小林多喜二、鶴彬、横浜事件、三木清など歴史の勉強では一行登場するかしないかの人達。でも、実際に生きていた人達の生きた証が、特高警察幹部の視点から語られるのが面白い。もうこんな時代には戻りたくないけど、そこに向かって時代が巡り始めているようにも感じてしまい少し怖くなった。『ジョーカーゲーム』シリーズも読み直そうかな。
Posted by ブクログ
柳広司は、岩波書店の「機関誌」である『岩波』のレギュラーとしてエッセイを寄せている。それらのエッセイで激越な表現で示される彼のスタンスや内容には全く共感できないのだが、彼の小説は、敬意を払って読んでいる。ヒューマニズムと社会の束縛の桎梏に苦しむ心理を描くのがとても印象的。また、とてもクリアで平明な文体でありながら、登場人物の思考や感情がビビッドに立ち上がってくる。感銘を受ける現代日本の作家の一人だ。
本作では、小林多喜二や三木清が、語り手の視野の中に登場する。
現代の学校教育で、昭和前期の現代史をきちんと教わることは、ほぼ無い。よって、平均的な日本人は、自覚的に学ぼうとしない限り、治安維持法や憲兵の意味、そしてその時代がどのようなものだったか知る機会はほとんどない。ひょっとしたら、今の国会議員クラスでも、良く知りはしない輩が多いのではないか、と僕は疑っている。
コクミンの多くが、以下のように考えるようになる時代が、すぐそこまできているのではないだろうか。つまり、「思想の強制あるいは少なくともガイドラインの提示のようなものが望ましい」と願うようになる時代が。「理想の追求」と「相互監視と迫害の惨事」は紙一重だ。過去に学び、プラトンやカント流の理想主義が暴走するとき、強烈な副作用が発生することについても、多くの人が理解できるようにならなければならないだろう。
Posted by ブクログ
ちょっと気になる文章があり、備忘録に。
P160『国民の多くが欲しているのは正確な㊤ではない。彼らは、ああしろ、こうしろ、と指示されるのを待っているだけだ、その方が楽だから。彼らには未来が見えないのではない、見たくないだけなのだ。』
Posted by ブクログ
戦時中の共産主義(アカ)狩りの話。
重めの内容ですがテーマが一貫しているので比較的読みやすい。
柳氏のジョーカー·ゲームのシリーズが好きな方、戦時中の政治のゴタゴタ好きな方におすすめ。
Posted by ブクログ
内務省の役人クロサキでつながる連作短編集。
戦時の日本中が狂っていた時代、まっとうな人間が死へと向かう。狂気を進めていた本人でありながら、なぜこうなってしまったのかと三木清を前に思うクロサキ。(「赤と黒」より)
こんな時代に逆戻りはなんとしてもごめんだが、今の世の中をみていると不安になる。
不気味なクロサキと対比するかのように、生き生きと描かれる小林多喜二の「雲雀」など、作者の物語運びは巧みで思わず読み進めてしまうが、2作目3作目となるにつれて、話も重く辛かった。
Posted by ブクログ
良くも悪くもこの作者らしい作品だ。
時代や取り上げた題材はお得意のカテゴリーだと思う。
「ジョーカー・ゲーム」のシリーズより内容的に半歩踏み込んでいる感じはした。
なかなか期待値までの評価ではないが、つい読んでしまう作家だ。
Posted by ブクログ
ジョーカー・ゲーム作者のもう一つのスパイ小説、
と言われているけどスパイ要素は少ない。
戦時中の共産主義者(アカ)を巡る短編集。
1番印象的だったのは「蟹工船」の小林多喜二が
スパイの対象として登場する「雲雀」。
蟹工船に乗る人々の地獄の日々をインタビュー形式で。
罠にかけるよう指示を出した相手に反対に罠をかける、
終盤の物語の逆転劇が軽快でエンタメチックで
暗い暗い時代のお話ですけど軽快に読み進められました。
この「雲雀」が最初のお話でこのタッチで進んでいくと思いきや、これ以降、特に3篇目以降は重苦しさが増して戦時中のリアルをそのまま読んでいるようでした……。
読者に訴えかけてくるような作品。