あらすじ
人の移動を、ひとりの人生として、世界のあり方として、どう語るか?
「私にとって「移動」という問いは、学問的な探究という枠に収まるものではない。むしろ、互いの人生に巻き込み、巻き込まれた者として課された「宿題」なのだ」(本書「はじめに」より)
エチオピアの村で生まれ育ち、海外へ出稼ぎに行く女性たち。長年、村に通う文化人類学者の著者は、その話に耳を傾け、歩みを追いかけてきた。彼女たちの実感やリアリティと、海をこえて移動する人びとを国家の視線でとらえる言説と……。その隔たりをどう問い直し、語るか。考えながら綴るエッセイ。
〈目次〉
はじめに 移動する人が見ているもの
第一章 国境のはざまで
第二章 フィールドで立ちすくむ
・フィールドノート1 女性たちの旅立ち
第三章 人類学は旅をする
第四章 移民が行き交う世界で
・フィールドノート2 変わる家族のかたち
第五章 移民の主体性をとらえる
第六章 移動する何者かたち
・フィールドノート3 知りえない未来を待つ
第七章 「人の移動」という問い
・フィールドノート4 揺らぐ夢の行方
第八章 移動の「夢」が動かすもの
おわりに 対話をつづけるために
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Posted by ブクログ
・27頁 多国間の条約や国内の法律に基づき、出入国の審査が行われる。だが、その国家の判断は、ケースごと(どんな人が審査するか)に幅があり、時期によって変化するものである。この恣意的な意思決定の中で、人が合法とされたり不法とされたりしている。
・90頁 移動と非移動(居住)の関係 自分が帰属すべき故郷やコミュニティといったホームを守るべき という価値観から生まれている(では、その故郷やコミュニティが誰にとっても安心して住める場所と言えるか。例えば本書で出てくるエチオピア女性たちは、自国では重労働である家事労働がシャドウワークとして評価されない現状にある、だからこそ遠い国へ出稼ぎに行き労働に見合った対価を得ることに憧れを持っている。)
・92頁 国境を超えて移動する人びとは、常に国家の視線に晒され、国民の不安を煽る「外国人」として他者化されてきた。
・101頁 人間が生きる条件をメリット・デメリットの観点から「客観的」に判定する。人間を有益性・有害性に基づいて分類する。この「国家の視点」をとることで、覆い隠されてしまうことがあるのではないか。
・124頁 移動する人を管理の「対象」つまり「客体」としてではなく「主体」としてとらえる。/アイデンティティなるものが、いかに社会的・政治的に構築されているか
・127頁 商品や資本の自由な移動 労働の不自由な移動の矛盾 つまり 市場を促す社会的諸関係の流動性へのネオリベ的称賛が、「祖国」のレトリックや文化の純粋性を守ろうとするゼノフォビアでレイシズム的な姿勢と問題なく共存している
214頁 わたしは何者なのか?現在、それを証明する権限は国家にある。国境を越えれば、その人が合法かどうか、移動先の国が判断する。その恣意的な判断ひとつで、何も罪を犯さなくても、人間が不法な存在になる。(中略)その人が有用な労働力なのか難民なのか、十分な資産があるのか。富裕層であれば自由に移住する国を選べるのに、命をかけて海を越えた人びとは不法移民とされ、収容されたり本国に送り返されたりする。人間がそこにいて良い存在なのか、許されない存在なのか、恣意的な基準で判断される。それを可能にするシステムこそが再検討されるべき問題なのではないか。(中略)人の移動を必要としつつ、排除する。その矛盾が露呈する国境という存在
255頁 彼女たちが「夢」から覚め、この搾取の構造に気付いたとしたら、救われるのだろうか。このシステムの外側に、より現実的で希望にあふれた別の生き方があるのか。村に戻れば、抑圧的な構造から逃れて自由になれるわけでもない。(中略)この強固に見えるシステムの中に生に揺さぶりをかけているのが「移動」の経験なのではないか。
266頁 家父長制的なケア的な支配関係が支配と従属の関係へとすり替わり、移動を妨げる一つの力として固定化した
271頁 国家の目線と同一化して「移動する人びと」について語るだけでは、とらえきれない現実がある。(中略)性急な答えに飛びつく前に、「問題」とされる現象を違う角度から眺めてみる。(中略)国家と違う視点をとるのは、国家を否定するためではない。誰もが同じ視座に立ってしまえば、問題の理解も議論も深まらない。