あらすじ
太平洋戦争さなか、幼くして母を亡くしたイコは父の再婚相手になじめぬまま、生まれたばかりの弟と三人で小さな村に疎開することに。家のそばにある暗く大きな森がトンネルのようで怖くてたまらなかった。同級生たちはあの森に脱走兵が逃げ込み自殺したのだ、と噂をしていた。ある夜、森の奥からハーモニカの細い音色が流れてくる。数日後、沼で失くしたイコの下駄が森の出口に置かれていた。「あり・が・とう」イコはちいさく呟いた。戦争は激化し、東京大空襲で半死半生の父が見つかる。不安に押しつぶされそうになったイコは森に入る。「兵隊さーん」そこでイコが目にしたものは……。「「魔女の宅急便」の著者が描く少女の戦争。(解説:小川 洋子)
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Posted by ブクログ
息子が中学生になったので、「中学生の子どもに」というカテゴリを増やしました。
さて、息子が「永遠の0」を読みたいから買って、と言われ、すぐに買ってあげたのですが、まだ少し難しいかも?戦争を題材にした物語を読みたいなら、もう少し読みやすいのもセレクトしておこう…と思って、児童文学で定評のある作家さんを調べ、本書を購入しました。
そしてまず自分が読みました。
息子はまだ「永遠の0」に食らいついているので、次、これを勧めたいと思います。
さて、本書の感想↓
戦時中に、東京の下町で、父親と、祖母と暮らしていた少女、イコの物語。
お母さんが病気で亡くなり、お父さんは再婚する。戦局が悪化していく中、お父さんは出征し、祖母と継母、そして生まれてきた異母弟との暮らしが始まる。
小中学生が読んで、戦時中の社会の雰囲気が想像しやすく、とても良いと思う。社会科の教科書で、「ぜいたくは敵だ」「パーマネント禁止」などと言われ始めたことや、家族が出征するときに悲しい顔をしてはならず、うっかり悲しんでいるところを人に見られたら「非国民」と言われた、ということが書いてあるが、そういう時代の雰囲気が、小学生のイコの目線で書かれているので、子どもにとってわかりやすい。
もちろん大人の私が読んでも、胸が締め付けられるような思いがする。
徐々に情勢は厳しくなり、食べるものもなく、東京も空襲されるようになって、イコは疎開する。
当時、東京からちょっと離れただけで、子どもたちの方言や文化もだいぶ異なり、お父さんもおらず、祖母とも離れ離れになってしまい、イコがどんなに心細かったか…
しかし、当時の小学生にとって、「学校に行かない」とか、「わがままを言って継母に迷惑をかける」という選択肢はなく、どんなに辛くても歯を食いしばってガマンし、学校でいじめられてもなんとかして自分の居場所を見つけ、他の子どもたちになじもうとするしかなかった。
今の子は「無理して学校に行かなくてもいいんだよ…」って言われるし、私もまぁ、それも悪くないとは思うけど、やっぱり読書を通して、昔の子どもの暮らしぶりを知ることで、現代の生活のありがたさがわかるっていう側面はあるよね。それってとても大事なことじゃないかな。
大人は、「昔は・・・だった、今はこんなにモノがあふれて、ごはんも食べられて、感謝しなきゃいけない」なんてことを言うけど、子どもたちは昔の暮らしを知らないんだから、感謝のしようがないよね。だけど、読書習慣がある子どもなら、読書を通して昔の子どもの暮らしぶりを想像できる子どもなら、感謝することができる。だから読書って大事だと思う。
イコの継母との暮らし、貧しさ、異母弟をおぶって学校にいく姿…、父親を心配する気持ち…、我が子にも想像してほしい。
お父さんは、大けがを負って帰って来る。
それまで、疎開先で踏ん張っていたイコは、だんだんと強くなる。怖かったトンネルも、そこに潜んでいるように感じられる「兵隊さん」も、怖くなくなってくる。
イコの成長や、祈るような気持ちに共感できる、良い作品だと思いました。
Posted by ブクログ
産経児童出版文化賞ニッポン放送賞
先日読んだ同じ作者の「イコトラベリング1948」に先立つ自伝的小説。
東京の下町で生まれ育ったイコは、継母と弟と3人で、田舎の村に疎開するが、学校では東京の言葉をからかわれ、家でも継母とぎくしゃくする。児童文学なのだろうが、戦争中で皆が「欲しがりません勝つまでは」と我慢を強いられている世の中で、感情を押さえ込むしかない少女の姿に静かな感動を覚えた。
Posted by ブクログ
太平洋戦争中の、ごく普通の小学生が見て、感じた日常を描いた一冊でした。
毎年、八月になると何かしら第二次世界大戦、太平洋戦争、そして原爆や終戦のことが話題になります。けれど、ここ数年、『はだしのゲン』や『火垂るの墓』のような作品を毎年取り上げるようなことはなくなってきたような印象です。マンネリだと思っているのでしょうか。それとも、毎年のことで食傷気味と感じる方がいるのかもしれません。でも、あの日があった八月に、終戦を迎えた八月に、祖先の霊をお迎えする八月に、それを振り返ることは、意味があるのではないかと思っています。
今回この本を選んだのは、八月だからこそあの戦争のことを題材にしたものを読んでみようと思ったのと、今まで読んだことのない視点での『戦争』を描いた作品に興味があったからでした。
ジブリ映画でおなじみの『魔女の宅急便』の原作を書かれた方の作品であることや、タイトルのどこか不思議な何かにつながるようなイメージも決め手の一つでした。
主人公は、母を亡くし、父と後妻さんと東京の深川で暮らす女の子。おばあちゃん子で快活。父は一度戦地に行ったけれど、戻ってきてからは東京で商いをしている。初めは連戦連勝ですぐに終わるように思われた戦争は、いつまで経っても終わらない。そのうちに東京にもB-29が飛んできて、爆撃されるかもしれないと言われるようになり、疎開をすることになってしまう。疎開先は田舎のボロ屋で、学校までは歩いて一時間と少し。しかもそこには、まっくらな森を通り抜けるトンネルに入っていかなくてはいけない。ただでさえ怖いトンネルなのに、脱走兵が隠れているかもしれないという話まで出てきて……。
話の展開は、驚くほど普通の女の子の生活から始まります。けれど、その普通の日常のそこここに、ごく当たり前のように戦争の影が映り込む。服装も、食べるものも、遊びも。戦時中の、一市民のリアルがそこにある気がして、こんな普通の生活が、戦争によってどんどん歪んでいってしまうのが切なかったです。疎開先で知る東京大空襲のこと。東京に残ったはずの父を探しに飛んで行った義母のこと。どこか遠い国の物語のように感じるほど現実離れしたことが、実際起きているのだとじわじわと理解されていく様子。主人公の女の子を通して、色々な感情を抱えて彼女たちが生きていったことを感じました。
ラストはきっと、八月十五日。
戦争が終わったと知った彼女は、その先をどう生きたのか。改めて人々の生活の中にあった『戦争』というものを、考えさせられる話でした。
今日本が平和でいられるのは、祖先の方々があの時代を生き抜いて、『報復』ではなく、『恨み』でもなく、『平和』を願ってくれたからなのだろうと思います。今も、世界のあちこちで内戦や戦争が絶えない昨今ですが、だからこそ平和を叫ぶ意味を、考えていきたいと思っています。