【感想・ネタバレ】リバタリアンとトンデモ医療が反ワクチンで手を結ぶ話 コロナ禍に向かうアメリカ、医療の自由の最果ての旅のレビュー

\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

近年アメリカにおける代替医療の横行跋扈を、具体的なケースを引いてつぶさに調査した報告がまとめられている。現代医療の横領さ、冷淡さもこういったトンデモ医療を助長する一因となっているという苦言もあり、近代医療との距離もバランスよく主張が展開される。

著者の皮肉の利いた語り口が、このへんてこな事態の深刻さを逆に強調している。病気を患っている当事者たちは藁をも掴む思いで頼っているのに。特に幼い命が犠牲になる展開はやるせない思いになる。コロナ禍の反ワクチンやマスク不着用を当時アメリカらしい自由主義の風潮とだけ軽く受け流していたが、その背後には代替医療との結びつきがあり、救えたはずの犠牲者がいるという現実は想像だにしなかった。

翻って自分も同様の境遇になることを想像すると、例えば周りの親密な人がトンデモ医療を熱心に薦めてきたら、果たしてきっぱりと拒否することはできるのだろうか・・あくまで自己判断とは言われてしまうだろうけど、避けがたい境遇にたまたま入ってしまうことも含めてそんなに冷淡な態度で良いのか。考えさせられます。

0
2023年11月24日

Posted by ブクログ

予想外に良く書けている。アメリカがいかに病んでいるか。製薬会社が麻薬を売りまくっていたことは、敢えて触れていないのだろうが、資本主義と、自由主義には、どこかで、制限を必要とすることを、私たちは学びつつあるように感じた。

0
2023年11月18日

Posted by ブクログ

【感想】
その男はジム・ハンブルといった。彼はどこからどう見ても白人の男性だが、自分をアンドロメダ星雲から来た古代のエイリアンの神だと思っている。人間がかかる重い病気のほとんどは、実は人類を抑圧するためマンザノーラの手先が作り出している。ジムはマンザノーラの計画を阻止するべくとあるドリンクを開発した。彼はそれを、ミラクル・ミネラル・ソルーション(MMS)と呼ぶ。中身は栄養ドリンクどころかただの工業用漂白剤なのだが、彼はそれを人類を救うための万能薬だと本気で信じ、事実、全米で飛ぶように売れている。

いったい何を言っているかわかるだろうか?私はさっぱりわからなかった。しかし、アメリカではこうした「トンデモ医療」が雨後の筍のごとく増殖し、国家を脅かしている。いや、脅かしているという表現では弱い。アメリカの医療制度はこのインチキ科学により崩壊した。彼らは医療の自由を標榜するリバタリアンと手を組み、この国のヘルスケアを完全に終わらせたのである。

本書は、ハーブ、祈り、エネルギー療法、ヒル療法といったいわゆる「科学的裏付け」のないトンデモ療法の開発者たちが、病気を治すための「唯一真実の治療法」としてそれを売り込み、アメリカの医療をモラル無き物に破壊していく様子を描いた一冊だ。こうしたトンデモ療法は昔から各地に存在したが、科学による医療が発展してからは下火となっていた。しかし、アメリカという国の性質――自由主義、資本主義、宗教国家――にはそれを受け入れる下地があり、特にコロナウイルスという治療法の無い病気が蔓延してからは、エセ医療の勢いが一気に増したという。

本書ではまず、「唯一真実の治療法」に目覚めた人々の紹介から始まる。少年時代足に大怪我を負ったが、塩の含まれた井戸水でそれを完治させ、その後「エネルギー」による医療に傾倒していったラリー・ライトル。手術以外で治す方法はないと言われた腰痛を「ヒル治療」で完治させてから、ヒルこそが絶対だと信じるようになったアリツィア・コリスコなど、いかにも「キマっている」人々のエピソードが語られていく。彼らは全員オリジナル療法を持っており、そのどれもが、ガンやエイズといった特効薬の無い病気にも効くと触れ回っている。中には「未知の病気も治す」とうたわれた商品もあるぐらいだ。そうした怪しい薬にも一定の顧客は付くようで、主にネットショップを通じて販売され、アメリカやヨーロッパを中心に成功を収めていく。

といっても、エセ医療なんて怪しいものじきに当局に規制されるのでは、と思うかもしれないが、これがそうはならないのだ。「唯一真実の治療法」の販売者は、もはや自分たちの商品が薬学上認められうるかなどどうでもいい。そもそも医薬品として認可を申請すれば、FDAの審査と認証のもとに入り、規制対象にされる。そうではなく、焦点を「医療の自由」、つまり「どのような効果があろうとも、患者は自分の好きな医療を受けられる権利」に変えることで、自らの薬を広める方法を獲得し始めたのだ。
「医療の自由」の膨張は、別の過激グループに新しく橋をかけた。反ワクチン運動家と自由至上主義者である。全米リバタリアンは2000年の政策綱領で「医療の国家からの完全分離」を主張した。「医学的もしくは科学的研究への、政府によるいかなる規制や資金援助にも反対する。(中略)政府が提供する健康保険制度と医療制度の廃止を支持する」。彼らが目指すビジョンには、医師免許法も、メディケアも、医学研究への連邦助成金制度も、公衆衛生への備えも存在しない。ただ「個人主義」があるだけだ。社会のセーフティネットが外され、トンデモ医療が跋扈しても「権利だから」で済まされる世界を構築し始めたのだ。
よりタチが悪いことに、代替医療産業には発言力と資金力がある。リバタリアンと代替医療産業が結びついたことで、共和党主流派もその影響を受けることになった。医療の自由運動で手を組んだ代替医療治療師と反ワクチン活動家は、たった10年で、主な候補者に対してアプローチを行うまでに成長した。サプリメント業界単独でも、選挙期間中に970万ドルという記録的な額を使い、医療の自由活動家は「唯一真実の治療法」関連の製品やサービスと結びつきのある多くの候補者から、最も好都合な者を選ぶことができた。全てが政治のもとに集約されることで、共和党候補者→共和党支援者というルートを通じて、一般大衆にもトンデモ医療の種が巻かれていったのである。

この最悪の潮流は、コロナウイルスの流行によって臨界点に達した。未知の病気には治療法が存在しない。代替医療業界、反ワクチン活動家、医療の自由運動家がこぞって「コロナ撲滅」に焦点を当てた。加えて、冒頭に紹介した「唯一真実の治療法」に目覚めた奴らが結集しはじめた。神への祈りで病気が治ると信じるニューマン一家、ヒル治療を推進するアリツィア、MMSを販売するマーク・グレノンらが、「医療の自由」「信仰の自由」を盾にして、「私の治療こそが有効だ!」と喧伝し始めた。そしてその中のひとつ、MMSについては、トランプの「コロナには消毒薬を飲むのが有効」発言でバブルが起こった。MMSは売上が倍増し、医療管理センターは消毒薬の中毒症状を訴える通報で溢れかえった。トンデモ医療のネットワークは、パンデミックのもとで歴史的勝利を収めたのだ。
――――――――――――――――――――――
以上が本書のおおまかなまとめだ。
読んだ感想だが、もう絶句しっぱなしだった。実話とは到底信じられないぐらい酷いエピソードばかりで、モラルが完全に崩壊した市場はこうなってしまうのかと、逆に勉強になったぐらいだ。神を根拠としたエセ科学が、資本主義のもと政治の世界に介入する。そしてトンデモ医療の販売者は「自由の権利」を悪用し、国民全員の健康を危機に陥れる。実によくできた、それでいて最悪の融合体である。ゾッとするが、読んで損無しの一冊だった。

――リベラルがワクチンを支持するのは、科学を愛しているからではなかった。政治的影響力のある人々が、ワクチンを支持したら良きリベラルになれると言ったのだ。そして保守派がワクチンを罵るようになったのは、もともと医師を信頼していないからではなかった。密接なネットワークでつながる影響力のある代替医療治療師や政治家や芸能人が、ワクチンを罵ったら良き保守派になれると言ったのだ。そういう治療師や政治家や芸能人が、主流の医学への不信感が大きいほど多く売れる製品インチキサプリメント、不正な医療機器、トンデモ医療による健康サービスによって儲けていることは、問題にされなかった。
――――――――――――――――――――――

【まとめ】
0 まえがき
私はそれまでは、医療といえば頭のいい白衣の医師、素晴らしい薬、エビデンスに基づいた手術を行う病院を連想していた。そうした医院を利用できるアメリカ人のうち何百万人もが、まったく別種の世界に足を突っ込んでいることがわかった。医療機関や公衆衛生当局や科学とはほとんど関係のない世界である。ヒルやレーザー、ゾンビや精霊のワンダーランド。その世界に住む者にとって、不可解なほど強力な大手製薬業界と戦うのは自由の行使であり、楽しいことだ。住んでいない者にとっては、その世界は人間が自分のやり方を変えられないことを嘆く哀歌である。
2000年から2020年の間に、アメリカのヘルスケアの世界は、どれだけカネをかけてももとに戻せないほど変わってしまった。


1 「唯一真実の治療法」に目覚めた人々
①ラリー・ライトル…少年時代足に大怪我を負ったラリーは、塩の含まれた井戸水で傷の手当をすると、1日で完治した。「エネルギーのおかげだ」と確信した彼は、1964年に歯学部を卒業したあと、エネルギーの力を操って、すべての人間により良い健康を享受させるように、その力を集束させる医療機器の開発に取り組みはじめた。
気――普遍的なヒーリングのエネルギーが「唯一真実の治療法」であると悟ったラリー・ライトルは、熱心にその知識を歯の患者に適用した。顎の歪みは体内でのエネルギーの流れを乱し、それが眩暈など目が眩むほど多くの症状を引き起こす、と彼は考えた。眩暈以外では、頭痛、聴力低下、目の痛み、顔の痛み、不安、物忘れ、疲労、不眠、副鼻腔炎、あらゆる種類の体の痛みなど、歯科的困難症候群という総称でまとめられる諸症状がある。
そこで彼は人間の細胞を直撃するレーザー装置、Q1000を製造した。機械に3桁のコードを入力すれば、あらゆる特定の症状を治療してくれる。エイズやガンだけでなく「未知の病気」も治してくれる優れものだ。価格は1台1万2000ドルである。
FDAの取り締まりが入る前、ライトルは一般大衆相手に2万台を売り上げていたが、まだ在庫を大量に抱えていた。ライトルと共謀者たちは裁判所の差し止め命令に応じず、これまでの全ての客への返金命令も無視した。高齢者グループにレーザーを売るセミナーの開催を続け、余剰在庫を金に変えまくった。
最終的に、ライトルは83歳で逮捕され、懲役12年の判決を受けた。獄中で前立腺障害や高血圧性心疾患を発症したライトルは、「レーザーで自己治療を行いたい」と訴えたものの、聞き入れられることはなかった。


②トビー・マッカダム…母がガンにかかってから自然療法に目覚め、自身のハーブ薬こそが「唯一真実の治療法」だと悟った(彼の薬を飲まなかった母は死んだ)。狂犬病ウイルスを加工することでゾンビを生み出せると信じている。
彼はブラッドルートという苛性の薬草から作った軟膏を販売し、ハーブ市場における大手企業数社と肩を並べ、ビジネスを推し進めた。国じゅうの棚にトビーのブラッドルート油、軟膏、強壮剤、チンキ剤が並びはじめた。苛性の物質を口に入れてくれるきわめて重要な顧客層を獲得するため、彼はブラッドルート歯磨きペースト、デントリファイス・ブラッドルート歯磨き粉などの宣伝を行った。ほかのハーブ薬についての文献を読んだ彼は、直感と常識を活用し、急速に増えつつある製品群にさらに製品を付け加えていった。強力で依存性のある合成麻酔薬ヒドロコドンの植物性バージョンや、胆嚢の病気に効くヨモギ原料のチンキ剤、名づけてアルテミスを作った。ほとんどの作業を自分一人で行った。製品を開発し、ラベルの広告文を書き、パッケージをデザインした。
しかし問題は、FDAに「無許可」かつ「薬効の臨床試験や査定を行わず」、パッケージには「何の病気にも効く」と書かれていたことだった。FDAはトビーに違法な販売を辞めるよう命じたが、再三無視した。トビーは刑事告訴されたが、ネットショップ経由で闇売買を続け、1、2年の間におよそ1万6000本を14万ドルで売り上げた。
2015年12月、トビー・マッカダムはついに取引をして有罪を認めた。彼は57歳になっていた。誤った効能を謳う製品の販売をやめるようFDAが初めて命じてから、9年が経過していた。トビーは罰金8万ドルと弁護士費用5000ドルを支払うことに同意した。判決は懲役4カ月だった。


③アリツィア・コリスコ…手術以外で治す方法はないと言われた腰痛を「ヒル治療」で完治させてから、ヒルこそが「唯一真実の治療法」だと信じるようになった。
大昔の治療法は、人間の病気はすべて唯一の大きな問題から生じている、という誤った結論に基づいている。一般に、健康は全身にかかわる状況と考えられた。健康のために最も大切なのは体内の「気」の流れを保つことであったり、神々に微笑んでもらうことであったり、適切な体内温度を維持することであったり、ヒューモアと呼ばれる四体液の適度なバランスを取ることであったりする。
この世界観は、ほぼ間違いなく(祈りを除けば)最初の、そして最も広く普及した「唯一真実の治療法」であるヒルと非常に相性が良かった。さまざまな古代文化で、ヒルは医療手段として登場している。創世神話から、現存する最古のサンスクリットの文献、エジプトの墓で発見された紀元前1500年の絵に至るまで。

アリツィアはヒル治療で腰痛を治してから、ヒルの有効性を医学界に認めてもらうべく啓発活動に励んだ。エジプト、ハンガリー、スウェーデン、インド、トルコのヒル療法士たちとのネットワークを精力的に築いた。国際機関に加入し、専門的薬用ヒル治療会議に出席し、ポーランド、ブルガリア、モスクワでのシンポジウムに行った。ネバダ州に全米ヒル療法協会という法人を設立し、そこで開く会議に海外の同業者を招待した。
同時に、自身もアメリカでヒルを使った治療を始めた。顧客層はもともとヒル治療になじみがあるヨーロッパからの移民だ。オンライン広告を出し、ドクター・A=リーチ=Aと名乗り、どこへでも出かけていって自ら患者の治療を行った。彼女はヒル療法はほかと一線を画すものだと信じている。

だが、ヒルの驚異的な治療能力を利用して、エビデンスに基づく医療制度に加わらせて欲しいと頼む人々が現れた。彼らはヒルの医療使用を許可するよう求める正式な要請をFDAに行った。そしてなんと、2004年にFDAはそれを認可したのだ。
アリツィアは恩恵を受けた。そして2011年、ラスベガスでヒル治療アカデミーを開いた。
ほかの治療師たちと違い、アリツィアは法の枠内で治療を行う責任を自覚している。アカデミーは、患者の安全を守り、治療師を規制にまつわるトラブルから保護することを目的として、カリキュラムを設計している。それを実現するため、アメリカの医療制度下で透析技師として働いた経験を活用している。どうすれば無菌の職場環境を作って維持できるかはよく知っているし、州ごとに適用される規制を研究して法を犯さないようにしている。


④デール・ニューマンとレイラニ・ニューマン…聖職者。「神が彼らの病気を癒してくださる気があるのなら、神の代わりに医者を求めるのは不敬な侮辱ではないのか?」という信念を持つに至る。発熱やアレルギー、痛みが起きたときには神に祈り、いずれも治った。この経験から医学を信じず祈りの力を信じるようになる。

夫婦は自宅に協会を作り、聖書勉強会を開いてペンテコステ派の信者を獲得していった。
あるとき、夫婦の娘であるカーラの具合が悪くなった。レイラニはすぐさま行動を起こした。なんらかの理由によって娘が一種の霊的な攻撃を受けているのは明らかだ。レイラニとデールは一心に祈りはじめた。
ニューマン夫妻の神への祈りだけでは効果がなかったので、奥の手を使うことにした。祈りの合一である。祈りの合一とは、二人以上の人間が何かを求めればそれは実現するという聖書の教えを表したものだ。集まる人が多ければ多いほど祈りは強力になる、というのがペンテコステ派の共通認識である。レイラニは親戚や聖書勉強会のメンバーに電話をかけはじめ、連絡を受けた家族がまた別の家族に連絡し、祈りの輪は大きくなっていった。
カーラの実際の病気は糖尿病だった。体が十分な量のインスリンを生産しておらず、エネルギー源として糖を組織に送りこむことができない。このときのカーラは糖尿病性ケトアシドーシスという状態になっていた。
やがて人々がニューマン家に集まって祈り始めたものの、効果はなく、カーラはどんどん弱っていった。
決着をつけたのは医療だった。レイラニの義妹であるアリエルが内緒で911に電話し、救急車を呼んだ。救急隊員が家に到着したとき、カーラの呼吸は止まっていた。カーラの身体は救急処置室に運ばれたものの、蘇生せずにそのまま亡くなった。
ニューマン家の残された人々はベッドの周りを輪になって歩き、生命を失ったカーラの体に向かって折りを捧げた。自宅から駆けつけた郡検死官のジョン・ラーソンは、解剖のため遺体をマディソンまで運ばねばならないと告げた。
「そんな必要はない」デールとレイラニは言った。「それまでにこの子は生き返る」
デールは希望を持っていた。「ほら、イエスはラザロを死から蘇らせただろう。僕はそれを望んでいる。そう。信頼している。復活があると信じている」

ニューマン夫妻は過失致死で有罪の判決を受けた。

何故カーラは死んだのか。ニューマン夫妻と同じく「唯一真実の治療法」を信じる人の間で、とある見解がある。
「信仰が足りなかった」
カーラの死に対するとんでもなく残酷な見方だ。スティンキング・シンキング。負のエネルギー。この考え方は、指導者には罪がないとし、自らを守れなかった11歳の少女に責任を押しつけている。彼女は死んだからだ。意識を失う直前まで回復を祈っていたにもかかわらず。この特定の社会において、医療を受けられずに子どもが死んでも、しかたないとしてすまされる程度ではない。死んで当然と考えられるのだ。


⑤エイリアン(ジム・ハンブル)…彼は自分を、異性愛者で白人の地球人男性だとは思っていない。アンドロメダ星雲から来た古代のエイリアンの神だと思っている。重い病気のほとんどは、実は人類を抑圧するためマンザノーラの手先が作り出していた。だが今エイリアンは、病気を一掃し、マンザノーラの計画を永久に阻止して、地球の究極の運命に至る道を開くドリンクを発明した。彼はそれを、ミラクル・ミネラル・ソルーション(MMS)と呼ぶようになった。MMSこそ、間違いなく唯一真実の治療法だ。
エイリアンは2004年にケニアに行き、キリスト教の宗派が運営する病院に大量のMMSを持ち込んだ。そこで病院の責任者を説得し、マラリア患者の治療を行う許可を得た。エイリアンは胸元に金文字で「マラリア治療薬財団」と刺繍した白衣を着た。飲んでくれる人には誰にでもMMSを処方した。また、刑務所の囚人と村の人々を(勝手に)使った臨床試験も実施した。本の執筆も始めた。
MMSの噂が広がると、投与のあと人々が体調を崩したという報告を受けて、公衆衛生推進者たちは反撃に出た。彼らはMMSの有効成分が実は工業用漂白剤だと言い、エイリアンはそれをひどい中傷だと考えた。
「二酸化塩素は1000以上の公共水道で人間の病原体を殺すのに使用されている」。ハンブルの姿をしたエイリアンは書いた。「なぜ、それが人体の水分に含まれた病原体を殺すのに使用できることを信じようとしない人間がいるのか?」

エイリアンがウェブサイトでMMSの効果をPRし始めると、マーク・グレノンという人物がエイリアンに連絡を取り、行動を共にし始めた。グレノンとMMSとの出会いは、自分と子どもがメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に感染し、MMSで病気が治ったことだった。これは、既存の医療、特にワクチンが世界を害しているというグレノンの長年の確信に、さらなる証拠を付け加えた。
「ゾンビ映画を知ってるだろ?それって、ほんとに起こってるんだ」「DNAを、文字どおり書き換えてるからさ」。ワクチンには微小のナノ粒子が含まれており、それが体内に注入される。ナノ粒子はDNAを腐敗させる。DNAが腐敗した人間は脳が機能不全となり、それが暴力を誘発し、人肉を好むようになる。グレノンは、自分自身そういうことを目撃したと示唆した。

MMSを医薬品と呼べないことは二人にもわかっていた。もし呼んだら、FDAによって自由を制限されてしまう。
二人が取った戦略は、MMS普及のために自らが宗教的指導者になってしまう、というものだった。そうすれば、信仰の自由を理由に自由医療の思想を追求できる。彼らが2011年に設立したヘルス・アンド・ヒーリング・ジェネシスⅡ教会の基本的信条は、「我々一人一人の魂は我々の寺院すなわち物理的な肉体に宿っており、したがってその寺院を主たる神が命ずるとおり清潔に保つ必要がある」というものだった。このように魂を清浄にするため、教会の信者は体をMMSで浄化せねばならない。MMSは販売ではなく寄付の見返りに与えられる。販売したら法に触れるからだ。寄付計画はたちまち成功をおさめた。MMSは飛ぶように売れ、何千人もが教会のオンラインイベントに参加するようになった。教会の規模は拡大し、世界各地でセミナーが開催され、健康使節や教会信者が増えていった。

2020年、世界はパンデミックと戦っていた。新型コロナウイルスでアメリカ人の頭がいっぱいになったことで、代替医療業界、反ワクチン活動家、医療の自由運動は足並みを揃えるようになった。偽コロナ治療薬を扱う何千人もがデジタル通信網にあふれて取締官を閉口させた。FDAは効き目のないコロナ治療薬を宣伝する700の組織を突き止めた。

グレノンは、MMSを利用して共和党体制にさらに深く食い込もうともしていた。彼と息子ジョナサンはアラン・キーズと食事をした。その後IAMtvのデジタルチャンネルはMMSの最大の支持者となり、この「唯一真実の治療法」を種々の番組で取り上げた。キーズは子どもの自閉症がMMSで治ったと訴える女性と話をしたり、MMSを2瓶机に置いて番組を放送したりした。
こうした応援はMMSの人気をどんどん高く押し上げていった。この頃、ヘルス・アンド・ヒーリング・ジェネシス教会は、活動的なメンバーが3000人以上いて、500万人以上にMMSを分け与えたと主張している。そして今やパンデミックのおかげでMMSは爆発的に売れ、毎月の売上は3万ドルから2020年3月には12万ドルへと上昇した。

だがついに、FDAから偽治療薬販売組織だとみなされ、差し止め命令を受ける。
そこで彼は素晴らしいアイデアを思いついた。ドナルド・トランプにMMSを送りつけたのだ。「大統領閣下、我々が求めているのは選択の自由です。我々の霊薬によって我々の寺院を清潔に保つ権利が奪われることは容認できません。これは我々にとって、好みの問題ではなく、信念の問題です。信念とは、そのためなら死んでもいいというものです」

4月24日、大統領は記者会見で「注射と殺菌剤による浄化の組み合わせで肺などの内臓をどうにかして殺菌し、体に光を大量に浴びせたなら、この危険なウイルスを人体から取り除けるかもしれない」という趣旨の発言をした。

MMS販売業者は湧き立った。グレノンはフェイスブックで「トランプがMMSを使った」と述べ、MMSの配布をFDAが止めようとするのはジェネシスⅡ教会の信仰の自由を踏みにじることだと投稿した。「FDAが解体されることを祈る。そうなれば私たちは主に感謝する、FDAを解体して医療の自由を世界にもたらすため主が私たちを利用してくださったことに!」
MMS販売業者はトランプの発言を宣伝に利用し、売上は中南米で急上昇した。何百人ものバイヤーが、急ごしらえのMMS販売センターの前で行列に並んだ。
ニューヨーク・シティでは、中毒事故管理センターはトランプの発言から18時間以内に約30件の中毒事故の通報を受けた。メリーランド州緊急事態管理局は、消毒薬を摂取して新型コロナウイルスを治療しようとした事故の通報を100件以上受けた。ミシガン州でも通報は急増した。2020年4月、アメリカ全土の中毒事故管理センターには漂白剤や消毒薬による中毒事故の通報が全部で9,348件あった。

2020年8月10日、自宅にいたグレノンは武装した警察官に捉えられ逮捕された。


2 アメリカのヘルスケアは地に落ちた
1990年代末は、「唯一真実の治療法」を行う者にとって厳しい時代になっていた。100年間にわたってデータを収集・分析してきた医学は、病気を治して寿命を延ばす能力を明白に証明した。その輝かしい実績により、アメリカ大衆は専門教育を受けた医師をおおいに信頼するようになった。しかしコンピューターが普及すると、大衆と直接繋がれるようになった独創的な治療師たちは、唯一真実の治療法を宣伝するべく怪しげな情報を大量に流し始める。
情報の門番であるCDC、FDA、連邦取引委員会、司法省は取り締まりに走った。アメリカの健康情報発信の政府による管理は維持されるべきであり、FDAは物事が手に負えなくなる前に、インターネットにより可能になった危険をすべて取り除くつもりでいた。

当然ながら、物事は手に負えなくなった。
FDAは恐ろしい猛獣だったかもしれないが、動きはのろかった。すぐに、巨大なモグラ叩きゲームに巻き込まれた。人員を投入して法に反したサプリメントのブランドを閉鎖させても、すぐに同じ有害な錠剤が別のURLで別のブランド名をつけて再登場し、健康問題の解決を求めてインターネットに頼るますます多くのアメリカ人に向けて販売が行われる。

医療の自由を求める活動家は、代替医療のコミュニティにメッセージを届けに来ていた。「唯一真実の治療法」は、医療の自由と組めばはるかに大きな利益をあげられる、というメッセージだ。長年、治療師たちは自らの真実の治療法の裏づけとなる怪しげな科学を必死で正当化しようとしてきた。けれども医療の自由というので重要なのは、病気を治す治療法の効力ではない。消費者が自分の望む治療を買う権利なのだ。
もちろん、医療の自由はまったく新しい概念というわけではない。しかしインターネット時代に「唯一真実の治療法」が急増したため、アメリカ人起業家の一群が台頭し、一般大衆を保護する目的で作られた規制を打破することに資本を投入した。インターネットがトンデモ医師という種を規制側の捕食動物が追いつけないほど大量発生させたとすれば、医療の自由の活動家は彼らが互いの保護と利益のために集結して、集団で行動することを促したのだ。
そしてここに、反ワクチン運動家が合流した。代替医療治療師たちと同様に、苦戦を強いられていた反ワクチン運動家も、議論の焦点を「科学的正しさ」から「アメリカ人の選択の自由」へとすり替えたのだ。
加えて、自由至上主義者も列に合流した。リバタリアンは医療の自由に関して明確で包括的なビジョンを発表していた。連邦政府によるワクチン接種計画を阻止したり、唯一真実の治療法の自由な販売を認めたりすることにとどまらないビジョンだ。
全米リバタリアンの2000年の政策綱領は「医療の国家からの完全分離」を主張した。「医学的もしくは科学的研究への、政府によるいかなる規制や資金援助にも反対する。(中略)政府が提供する健康保険制度と医療制度の廃止を支持する」

医療の自由運動は過激化したアメリカ人を一つの政治集団にまとめ、代替医療を推進する人々を儲けさせたのみならず、アメリカの健康そのものにも大きな影響をもたらした。
反ワクチンの気運は自らを深く傷つけるものだった。大統領選挙でトランプに投票した、主に南部と西部の、主に農村地帯の何百万ものアメリカ人が、新型コロナウイルス流行期にソーシャルディスタンスやマスクやワクチン接種を公然と拒み、そのためこうした地域で感染者と死者は増加の一途をたどった。
2020年が終わる頃には、アメリカ合衆国はほかのどの国よりも多くの単位人口当たりの死者数を記録していた。高い死亡率は、アメリカのヘルスケアのあり方が変容し、医学界が患者と信頼の両方を失った結果だった。
ただし、彼らが受けないことにしたのはヘルスケアそのものではない。専門家によるヘルスケアだけだ。彼らが向かったのは、規制が緩く、あまり科学に頼らず、透明性の少ないヘルスケアである。2017年のビュー研究所による世論調査では、アメリカ人の20パーセントが標準医療を拒絶して代替医療のみを利用していた。連邦薬事委員会連合によると、ネット上の薬局は1999年には400店、2005年には1万1000店だったのが、現在は3万5000店が稼働しており、うちおよそ3万3250店は法を順守していない。アナリストの予測では、2027年には世界の代替医療市場規模は2963億ドル、1998年の10倍に達するという。

FDAはずたずたにされた。「唯一真実の治療法」は、アメリカのヘルスケアに勝利したのだ。

0
2023年10月21日

Posted by ブクログ

ネタバレ

・あらすじ
代替医療推進派、唯一真実の治療法に目覚めた5人に焦点を当てたノンフィクション。
其々唯一真実の治療法に目覚めた瞬間や経緯を紹介。
それから悪の組織である政府(CDCやFDA)、裏で牛耳る大手製薬会社との闘いがコミカルに書かれる。

・感想
アメリカってこんなにトンデモ医療が蔓延ってるんだと最初は笑いながら読んでたけど、病気で苦しんでいる人の藁をも掴みたい気持ちを利用して金儲けする人間が邪悪すぎて読んでると恐ろしくなってくる。
もちろんそう「思い込んでる」人もいるんだろうけど、やっぱりその行動原理の目的は金と名声なんだよな。

リバタリアンは何よりも自由を尊重する精神性の持ち主で、反規制派。代償としてその自由により発生する不利益なども自己責任として受け入れるってイメージ。
自己責任という言葉は日本では非情であまり良い印象はないけど、個人的にはある程度は必要だと思ってる。
自由と自己責任の按配というか、起こりうる事柄全てに自分で責任を持つなんて事は不可能だけど、でも全てを他人のせいにしていくのも違う。
聞いた話によると災害時などでもアメリカは基本的には自宅で生き延びろ!一応避難場所あるけど自分で調べて自分で来い!!みたいなマッチョな世界らしく、SNS眺めてると、(その程度までとは言わずとも)もう少し「主体的に行動する」「自分の行動の責任を負う」という意識が必要なのでは?と思う人も割と見かける。

しかし医療制度の問題や医療者への不信、陰謀論に染まり先鋭化過激化していく人達はXでよくみるし、アメリカだけの問題じゃない…

著者がトーベンソンダガードの神癒研修会に潜り込んだときの悪魔祓いの描写と著者のドン引きっぷりとトビーがイーロン・マスクに質問するくだり笑ったwww

0
2024年02月25日

「ノンフィクション」ランキング