【感想・ネタバレ】AIに看取られる日 2035年の「医療と介護」のレビュー

あらすじ

AI医師は患者の「ズキズキ痛む」と「ジンジン痛む」を判別できるのか? 「認知症・がん治療薬の開発」「AIが誤診したら誰が責任をとるのか」「介護AIは患者に寄り添えるか」―最新の研究成果から、医療・介護とAIの将来を精緻に予測する。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

福祉の中でも現場で働く介護職に
興味を持って一部ではあるが読んでみた。

医療と福祉。
自然と分かれているイメージがあったが、
確かに最大の効力は得るには
その架け橋がカギになることがわかった。

「感情的な看取り」も「治療方針の決定」も
個人的にはAIにされてしまったら
正直気持ち悪いと感じてしまう。

それはなぜか。
今現在のAIの話し方が苦手であったり、
AIはまだ発展過程にあって不安であったり、
そう言ったこと以外に
自分のことは自分で決めたい
と思う気持ちが強かった。
この気持ちはきっと
AIには思うことできない気持ち
ではないだろうか。

だからこそ、
“必要な支援を過不足なく届ける”AIの「寄り添い」
は〈人が人として向き合える時間を取り戻す〉
ためにあるという考え方には賛成派だ。

AIが人間化してきている今、
それらが「道具」であることを忘れてはならない。

「感情表現が難しいAIにとって
人と関わる職は人間が必要とされる」
とよく聞くことがある。

しかし、きっとこれから先
さらに進化したAIは感情も豊かになり
人よりもいい人間関係を
つくりあげられるかもしれない。
そんな時代が来たとき、
私たちは堂々とAIに看取られることの
「どこが嫌で、なぜ嫌なのか」といった問いに
堂々と答えられなくなってしまう。

2035年、すでに10年を切っている。
AIがすぐ隣にいる時代に私たちは生きていく。
受動的に生きるのでなく、能動的に生きていく。
選ばない選択肢はなくなった。

ならば、AIを使いこなしてやろう。

あくまでそれらは「道具」で、
人間が「主役」であるのだと
私は思い続けていたい。

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2026年04月28日

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