あらすじ
ある春の晴れた日、モスクワに悪魔が現れた。黒魔術の教授を名乗る悪魔は、グラスでウオッカを飲む巨大黒ネコら手下を従え、首都に大混乱を巻き起こす。一方で文壇の権威に酷評され絶望に沈む巨匠。彼に全てを捧げるマルガリータは純愛を貫くべく悪魔の助けを借りる。スターリン独裁下の社会を痛烈に笑い飛ばし、人間の善と悪、愛と芸術を問いかける哲学的かつ挑戦的な世界的ベストセラー。
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Posted by ブクログ
猫の絵のカバーが愛らしく、手に取る。
物語は1930年代のモスクワと、「ナザレの人」がポンディオ・ピラト総督によって処刑される、約2000年前を描きながら進む。それがラストには交錯し、綺麗に混ざり合って終わる。
壮大なファンタジーの中に、ユーモアから神学論までが散りばめられている。
悪魔が現れ、その手下の、表紙のような可愛らしい猫ではなく、太った嘘つき猫が活躍し……タイトルの巨匠が現れるのは読み出してからかなり先で、マルガリータが現れるのは第二部まで待たなければならない。
それでも人がどんどん消えていく場面などは、スターリン時代の旧ソ連を暗示するようで、ただのファンタジーとは読めない。笑える場面の下に、どこか拭えない暗さ、陰のようなものがある。
読後に面白かった、だけでは終わらない時代の、歴史の靄が残る。
そもそもこの作品は著者が1940年に死ぬまで書かれ、生前は発表されず、死後26年後にやっとソ連では発表された、検閲ありで、という。いまだに未完でもあり、また新しい完全版が今後発表かもしれないとの、訳者の言葉が。
話は大きく個人的な問題に変わるが、新品のこの本を手にして、ちゃんと買う前に確認したつもりだった。
しかし家に帰って開いてみると、本の中のページの一枚が折れ、しわくちゃになっている。ペリペリとそっと開いてみると、そのページの紙だけがいびつに大きく、本からひょっこりと、不恰好にはみ出している……。
うーん、これは経験したことある人も割と多いのかもしれないが、本や雑誌で稀に存在する事象。テンションが下がり、読むのも後回しにしていた。
ふとネットで調べてみると、いるわいるわ、同じ体験をした人。そして……ん? もしかして「福耳」と呼ぶのだろうか? こういう本から紙が飛び出たりするミス……それなら、なかなか味のある名前を付ける人もいるもんだ、と妙に納得。
圧制下の中でこの作品を書いた著者への敬意と、大きすぎてしわくちゃで、それでも何とか読める「福耳」ページ。
しかしこんな不恰好な福耳って(笑)
本当に忘れられない一冊になった。
Posted by ブクログ
翻訳はうまい
なかなか難儀な作品だ。
前半は文学協会の編集長が、謎の外国人(=悪魔)の予言どほりに路面電車に引かれて死んでしまふ。そんなドタバタで始まる。
そこが魅力的に映るかどうかは人しだいだ。私はかういったサスペンス調が平坦に感じられて、近代文学としてはかなり退屈な方だった。
要するに、この小説は通俗仕立てで、悪魔はモスクワにあらはれるし、魔法は使ふし、巨匠とマルガリータの大恋愛も街角でばったり出会った一目ぼれといふ、ラヴロマンスもびっくりの粗雑さだから、そこが問題だ。
宗教小説の側面もある。あひまあひまに、ナザレのイエスの挿話がさしはさまれるが、ただの小道具で、結局は第1部はパニック小説としての側面しかない。奇想といひつつ、予想できてしまふ。