あらすじ
春の午後、玉田麦子が自宅で撲殺された。麦子は、隣接するマンションの非常階段の使用をめぐり住人らとつねにいがみあっていた。そのマンションに住み、階上に住む愛人の存在に怯えて過ごす敏幸は、マンションの住人らに強い疑惑の目を向ける。突き進む犯人探しがあらわにする人々の心。真の幸福とは? 心の迷宮を解く傑作長編。
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Posted by ブクログ
長らく読んでいた宮本輝さんの「人間の幸福」
やっと読み終わりました。
内容や展開とタイトルがどう繋がって行くのかが
中盤くらいまでは読めなかったのですが
最後までたどり着いてみると作者の言わんとすることが
分かってきたような気がします。
うちの母はよく夜に車で走っていると
こんなことを言っていました。
あの家一軒一軒にそれぞれの家庭があり、暮らしがある。
窓から灯りが洩れているのを見ると
その家族の生活を想像してしまう。と…
ひとつとして同じ家族の生活はなく、
ひとつとして同じ人生はなく、
当たり前なのですが人生感も価値感も恋愛感も性癖も違う
人間が何億とこの世で生きているのです。
だから幸福のあり方がひとりひとり違うのも当たり前なのです。
あなたは幸福という言葉でどんな風景を思い出しますか?
本当の幸福というのは目に見えるものではない、
その人の世界感の中での価値。
この話の中でダウン症で二十歳の娘を亡くした
喫茶店のマスターが言う。
「人間から誇りってものを奪っちゃいけない。
どんな人間にも誇りってものがあるんだ。
それを奪うのは、命を奪うのとおんなじだ。
でも、誇りってのは、少しでも正義をおこなわない人間には
無縁のものなんだ。」
そしてこの本の主人公は気づく、誇りと自尊心は違うのだと…
難しいテーマだが、幸福というものは一通りではないと、
人の数だけあるものなのだと。
それは他人には理解できないものであったとしても…
話の最後、主人公が外で仲間と酒を飲んでの帰り、
浮浪者に出会う。
浮浪者は家財道具を荷車に積んで犬を連れて通りかかり、
主人公は残った酒をこの男にやるのだが、
その様子は宛てもなくさまよっているのではなく、
明確に目的に向かってるという強さが感じられた。
とある。
まさにこれは各個人の幸福の感じ方の違いを
表しているのではないかと思う。
あとがきで作者がこう書いている。
これを書いているときに関西に震災が起き、
家族の無事を確認した後テレビを見つめていたら
奇妙な妄想のようなものに取りつかれたと…
地震は不慮の出来事だったかもしれませんが、
そのあとの救援の遅れは何か大規模な企みではないかと…
経済とテクノロジーの大国の指導者たちが、
何千人もの人々がいま死につつあるとき、
力強い行動を起こそうとしないのは、
その裏に何か企みがあるとしか考えられなかったのです。
~中略~
この国は民衆を侮蔑する国だと思いました。
これほど民衆から誇りを奪って平気な国はない、と。
そうすることで、国そのものの誇りさえも
売り払っていくのであろう、
いや、すでに売り払ってしまったといってもいいのかもしれない、と。
作者のこの時の怒りがこの小説を人間の誇りと正義という方向に
向かわせたようです。
読み進むと後半部分は何かを訴えかけるような力強さを感じたのもその為かもしれませんね。