あらすじ
「どうしようどうしよう夏が終わってしまう」軽い気持ちの自殺未遂がばれ、入院させられた「あたし」は、退屈な精神病院からの脱走を決意。名古屋出身の「なごやん」を誘い出し、彼のぼろぼろの車での逃亡が始まった。道中、幻聴に悩まされ、なごやんと衝突しながらも、車は福岡から、阿蘇、さらに南へ疾走する。(講談社文庫)
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二十一歳の夏は一度しか来ないのにどうしよう――入院する精神病棟から脱走した「花」と、気まぐれについてきてしまった弱気の「なごやん」。二人は汗まみれになりながら1台の車で九州中を逃げ回る。
「手に手を取って逃亡する男女」と聞けばつい、追手から逃れるうちに高まる愛情…などと想像しがち。しかし、絲山節のきいた本作はそんなベタなメロドラマとはほど遠い。罵り合ったり、置き去りにされたり、幻聴と闘ったり、思い出に苦しんだり…。結局どこまで逃げても自分からは逃げられないのだ。それでも、うんざりしながら南下を続けるうちに、頑固な二人の価値観がそれぞれ少しずつ変わり始める…。逃走願望の行方はいかに!?
ちなみに、方言女子萌えの方にもオススメ。「逃げないと。こげなとこおったら捕まるばい」などなど、花の話す博多弁は痛快でキュート。たまりません。
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Posted by ブクログ
21歳の女子大生である「あたし」は、もともと軽いうつ病の気があったのだが、突如躁に転換し、軽い気持ちで自殺を図る。
結果入院させられた病院は、拘束されているわけではないけれども、退屈だ。
ここにはいられない、と、財布と鍵だけ持って病院を脱走する。
たまたまその時中庭にいた「なごやん」を誘って。
「なごやん」なんて言うから、名古屋出身なんだろうとは思ったけれど、なんとなく小柄で猫背の貧相なおじさんかと思ったら、元慶応ボーイの24歳。
軽いうつということだけど入院しているのは、一人暮らしだからなんだろうか。
ちなみに「なごやん」というのは、故郷の名古屋を捨てた「なごやん」が愛する名古屋の銘菓の名前。
行き当たりばったりの逃避行は、疾走感と同じくらい閉塞感に満ちている。
どれだけ逃げても、病気は治らないのだ。
いずれ病院に戻されることになる。
さらに、九州の果てまで行ってしまえば、その先は車では行けないのだ。
飛行機で、船で、九州を脱出したところで、結局地球の重力からは自由になれやしない。
それでも、何かが吹っ切れて、たぶん二人は病院へ戻るだろう。
「なごやん」の退院は少し伸びてしまうかもしれないが、都会コンプレックスが減った分、故郷への愛着を自覚したのだから、まあまあよしとしよう。
会社に戻れるかはわからないが、社会へは戻れる。
「あたし」は多分まだ退院は無理だと思う。
幻聴・幻覚が本当に消えたのかもわからないし。
つまり、近い将来二人は別々の人生を生きていくことを互いに理解している。
もともと恋愛感情などもなく、行き当たりばったりの逃避行なのだ。
けれど、多少のお金は持っていたとしても、病気を抱えて不安だらけで、それでもふたりは一週間生き延びてきたではないか。
万引きだったり当て逃げだったり畑泥棒や無銭飲食もしたけれど、車中泊などもしながら、日帰り温泉にも入ったり、たまには贅沢にホテルに泊まったり。
そんなんでも、生きていけるんだなあ。
型にはまらなくても生きていくことはできるんだなあ。
という、謎のエールをもらったような気がした。
Posted by ブクログ
精神病院=プリズンからの逃亡
博多生まれの花ちゃんと、名古屋生まれのなごやん。
書き出しの〜亜麻布二十エレは上衣一着に値する〜も、最高によくって‼︎
九州の北
博多から、耶馬溪、磨崖仏でヒル、別府、阿蘇いきなり団子、椎葉村で川になごやん流され(よく助けた花ちゃん)、宮崎でエアコンのガス漏れ直し、桜島、指宿知林ヶ島、開聞岳。
福岡の運転マナーを名古屋走りのなごやんがたしなめるのも面白く(花ちゃんの父は木刀積んで運転していると)更に笑った。
がんばったルーチェ。エアコン壊れたけど、ね。
方言も心地よく、ルーチェから流れるTHEピーズの曲♪
終わりが気になって仕方なかったけど…
畑泥棒、当て逃げ、無免許、万引き…どうなる二人⁉︎
海でのラベンダーの香り、突然の九州地図、ココがラストもよかったぁ。
Posted by ブクログ
p53
道端にブドウ畑があった。あたしは思わずブレーキを踏んで、後ろの車にクラクションを鳴らされた。なごやんとあたしは目と目を見合わせて次の瞬間車から出て畑に忍び込んだ。マスカットのつぶつぶを片っ端からちぎり取って口に放り込むと水分と甘味が盗みの喜びをかきたてた。そうなるともう、止まらなかった。次がトマト畑で、それからキュウリだった。茎は意外に強くて手でちぎるのは大変だった。
「バーベキューセットがあれば、茄子でもトウモロコシでも行けるのになあ」
キュウリをぽりぽり噛みながら、善悪のみさかいのつかなくなったなごやんが言った。
p112
「ねえなごやん、悲しかね、頭のおかしかちうことは」
p142
「知らん。いっちょんわからん」
もう、なごやんの小理屈にもうんざりだ。山を越えても越えても、この九州にはどこにもラベンダー畑なんかなかった。探しても無駄だった。あたしは黙ってラムを飲み続けた。それで気持ち悪くなって、トイレも何もないパーキングに車を停めてと言って、端の草むらでハンバーグとラムを吐いた。ふらふらしながら車に戻ると、運転席にいたなごやんが運転席の窓から空になったラムの瓶を道路の方へ叩きつけた。パン! とガラスが砕ける音がして、残骸がキラキラと飛散していた。
「俺もああやって粉々になればいいんだ」
なごやんは言った。小さくはあったが、吐き捨てるような調子だった。それっきりあたし達は口をきかなかった。