あらすじ
〈「いったいあんたはんは誰のために、なんのために菓子をこしらえたはるんや」〉
〈第四回京都文学賞「一般部門優秀賞」「読者選考委員賞」ダブル受賞作品(原題『一菓』)。〉
大学を卒業し、とくに夢や目標があるわけではなく毎日を過ごしていた主人公の雄司。ところが偶然に入った和菓子屋「洛中甘匠庵」で目にした「求む、菓子職人」の貼紙をきっかけに、京都島原の有名和菓子店で修業を始める。一年後に後継者を決めるという。腕は一流だが昔気質で頑固な大将との衝突、他の職人との争い、地域の人々や店の仲間たちとの交流を通し、職人として成長していくが、やがて大将の体調にも変化が……。菓子職人としての覚悟、伝統を受け渡す者と受け取る者の想いを描き出す。第四回京都文学賞「一般部門優秀賞」「読者選考委員賞」ダブル受賞作品。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
何かにひたむきになることを
尊いことだと改めて教えてくれた作品。
優しく芯のある登場人物たちを支える京都の島原という地も趣深く、彼らの旅路を照らしてくれていた。
こんなにも優しくて、真っ直ぐで、温かくて…
この本に出会えたことを心から嬉しく思う
主人公宮本雄司は、京大を卒業しカーディーラーの会社で働くも上手くいかない。そんななか彼女との別れをきっかけに、大好きな和菓子を作りたいと強く思うようになり、有名和菓子店洛中甘匠庵で修行することに。大将の強情さ、ライバルたちとの雲泥の差…色々なものの板挟みになりながら、雄司は考え、考え抜いて、行動し、奮闘し続ける。彼の努力の姿勢はまさに圧巻としか言いようがない。
そんなに雄司が必死で掴み取る未来に、優しい涙が止まらない作品だった。
特に好きなシーンは、2つ。
1つ目は甘匠庵のおかみさんが、子育てを間違えたという雄司の親に対し放つ言葉。
『なにを言うてはるんですかっ。家族にはいろんな形があるんです。我が子のために一所懸命になってしはることに、どんな間違いがあるっていうんですかっ。(中略)幼い頃からお父様とお母様が培ってくれはった、学ぶ姿勢や集中力は超一流やないですかっ』
親にとって、他人から言われる言葉でこれ以上の褒め言葉があるだろうか??ただただ優しい涙が止まらないシーンだった。
2つ目は、雄司が自分よりも大将や島原の人々のために、動き続けるところ。
『たとえ賑わいを昭和に置き忘れてきたのだとしても、この地ですこれから根づいていく和菓子を作りたい。この商店街に笑顔をもっと増やしたい。』
彼は大将に選ばれたい欲や地域の人から褒められたいといった欲がない。ただ自分に勝ちたい、自分を見てくれている人に恩返ししたいという一心で動き続ける姿勢は、とても凛々しく美しかった。
この作品に出会えて本当によかった。
心の中のものを濾して濾して濾していった先に僅かに純度が残るとするなら、その純度をかき集めて紡いだものが本作だと思う。
この純度の高い傑作をぜひ読んでほしい!!
Posted by ブクログ
たった一度の人生に、自分が本当にやりたいことが見つけられるのは幸せなことだなと思います。自分の努力だけではなく、出会いの大切さ、チャンスの掴み方などそこに色々なものが加わって、その人の人生を豊かに輝かせてくれるんだろうなと思います。この主人公の物凄い努力と謙虚さ、周りの人への感謝のこころが素晴らしいなと感じました。
Posted by ブクログ
職人の世界、こわー。
でも、そういう世界を乗り越えてこそ、
代わりの効かない仕事ができるようになるのかな。
そんな世界に飛び込みたくはないが、
そこまで自分の人生かけられる仕事に出会えるのはすごいことだ。
Posted by ブクログ
◼️ 髙田充「今日も私は、ひとつの菓子を」
京都de和菓子。京大出のボンが職人を目指すストーリー。京都文学賞読者選考委員賞。
スイーツ好き、詳しくはないが和菓子にも大いに興味あり。なんつったって京の都です。想像力がそそられる。
京大出、父の大病院を継ぐのを蹴って車のディーラーをしている若手社員の宮本。ある日ふと口にした、烏丸の有名和菓子店、洛中甘匠庵のわらび餅。興味を持ち、菓子職人を募集していることを知って申し込む。会社を辞め、行ってみた島原の洛中甘匠庵本店では、年配の大将が後継を探していて、素人の宮本は、応募してきた手だれの菓子職人2人と、名店の跡継ぎの座を争うことになるー。
職人気質、迫力ある大将は勝新太郎を想像しながら読んでいた。いやもうこの時代にあって大将の言動はまあ情け容赦なしでパワハラの塊でもあり、私の世代には少し懐かしくもある。
宮本は、辞めさせようとしているかのような厳しい雑用の日々の中、修行、特訓を続ける。
続々と出てくる創作和菓子、専門用語を目にするのも嬉しく、大いにイマジネーションを刺激された。食べ物の斬新なアイディアを出していく、というのは髙田郁「みおつくし料理帖」を彷彿とさせた。
大将と、おかみさんや店の面々のチームワーク、アトホーム感も素晴らしい。関西弁もので時々笑かすボケが入るのも気持ちいい。
島原界隈はレトロな地区で、私もかねがね行ってみたく思っている。三条四条祇園とは違って賑わいのあまりない商店街でもあるが、人情と、その地に溶け込み和菓子に何らかを取り込む発想も微笑ましく、京都へ潜航し、理解を深めようという気概が読み取れる。
ところどころに風情を感じる表現や言い回しの工夫があるのも目についた。長いとは言えない作品にもこれだけの要素が詰められるのかとしみじみ。
最近京大ものは目につくし、身体を壊すような前時代的な努力もうーんと思ったり、一部の決め言葉はちょっとありきたりだったり尖り過ぎているような気もするが、それを凌駕した感動を生む物語。読後感がとても良い。
やばいな、ふたばの豆大福や松風ばかりではなくて本格和菓子も食べてみたくなってきた。遠くはないし、京都行こう。
Posted by ブクログ
京大卒で就職した主人公が、会社を辞めて好きだった和菓子職人を志す物語。
300ページもない単行本であり、少し文字サイズも大きめのため、読みやすい。
主人公の決意から修行、成果までよく言えばテンポ良く、悪く言えば少しアッサリ目に進んでいく。個人的にはテンポの良さが心地よかったです。
職人気質なこの世界のことが十分よくわかる内容でしたが、実際はもっと凄いんだろうなぁ。けど和菓子のような唯一無二の繊細さを求められ、文化をも表現していくこの世界では、この本の重要なテーマでもある「継承」をどこよりも重視しなければならないのだろうと実感できました。
エリート街道を歩んできた主人公が全く異文化の職に踏み出すのは不安しかないでしょう。だけれども、それまで培ってきた自己の性質を活かしつつ和菓子への熱意をもって成長していく姿、他の人がそれを認めてくれる過程は、人生の幅広さを教えてもらえた気がして勇気をもらえました!
Posted by ブクログ
展開早いしところどころ気になる文章(なんか読んでいて違和感)もあったけれど、京都の風景と和菓子の描写が思い浮かんだのでほっこりしました。著者は福祉関係の方?みたいで認知症とか医療用語も出てきて、京都・和菓子・恋愛・認知症・医療など盛りだくさんです。
Posted by ブクログ
納涼古本市は知識の砂漠だ。
案の定、脱水症状を起こした私は、朦朧としながら盆の京都を彷徨っている。
あてもなく立ち寄った本屋で平積みの本を眺める。あまりにも多くの新刊が陳列されている。その中に青字で「京都文学賞」と大々的に書かれている本があった。
それが本書との出会いだ。
京都にまつわる本が読めるなら─そんな短絡的な思考で手に取った。
そこに描かれていたのは京菓子を取り扱った物語だった。
帯にある「なんのために菓子をこしらえているのか」という問いが胸に刺さる。これが「果たしてお前はなんのために仕事をしているのか」という鋭利な矢にすり替わる。
驚いた。日々の仕事から逃げるように訪れた旅先で、己の仕事観を自省する時機が来ようなどとは夢にも思っていなかった。
○
主人公の宮本雄司(24)は、京大経済学部卒で大手自動車メーカーのディーラーに勤めている。親は大病院の院長というエリート家庭。
一見すれば「勝者の人生」を謳歌しているようだ。
しかし車は思ったようには売れない。日々焦りと不安ばかりが募ってゆく。
そんな雄司の姿を見た会社の先輩は「なんのために車を売るのか」とたずねる。この言葉が、以降、雄司にとっての仕事観の土台となっていく。
○
会社勤めを始めて2、3年で最初の壁にぶち当たるのはよくある。そこそこ下地もでき、バリバリやるぞという気概で仕事に当たり始めるのがこの時期だ。
しかし、それは、教科書を一読して入試に挑むのに等しい。
教わった通りに行かないのが世の常だ。挽回しようとすればするほど状況は悪化の一途を辿る。ふと足元を見ると底なしの蟻地獄が口を開けて待ち構えている。ときには先輩や上司と一緒に取引先へ赴き頭を下げ、その度に自分の無力を痛感する。
そんな中で同僚の成長ぶりを見ると、ますます焦りは増長していく。
社会人になりたての若者は往々にしてこのような状況に陥る。
雄司も思うように実績が作れない中で、心機一転、「お客のために車を売る」という思いで再出発を試みる。けれどその萌芽もメーカー不正の発覚により、いとも容易く摘まれてしまう。
そんな人生の暗夜行路で僅かに灯されたのが京菓子の道だった。どんなに辛いときでもお婆ちゃんと一緒に食べる京菓子が、雄司の幼い時からの癒しだったのである。
全くの畑違いの世界で、雄司がどのように試行錯誤して一人前になっていくのか。どうしてだろう。自分の姿を投影せずにはいられない。
大将から雑用しかやらせてもらえず憤慨する姿も、全くの初心者で同僚から馬鹿にされ言い返せないやるせなさも、その同僚が大将と一緒に仕事をしている羨ましさも。
口の中が苦さでいっぱいになる。
新入社員だからという理由でいつも手伝いをさせてくる先輩、何故だかいつもマウントしてくる同僚、そんな同僚が実績を作り上司に認められているという嫉妬。
今にも吐きそうになるほどの焦燥感。すべて京菓子の甘さからは程遠い屈辱という苦味だ。
そうして「自分はいったい何のために仕事をしているのか」と存在意義を疑ってしまう。
ときには、全て投げ出してやろうかと怒りに駆られ、ときには、自分の無力感に涙を流す。けれどそんな暗闇の中でも、温かい言葉をかけてくれるお客も居て、明日も頑張ろうと勇気が湧いてくる。
いつ折れてもおかしくない心を、達磨のように揺れる精神を、保ってくれるのはいつだって負けん気だ。自分の信念を貫かんとする心意気だ。心頭滅却すれば…なんて言葉があるが、あながち間違っていないのかもしれない。
しかし、滅却ばかりすれば良いものでもない。ともすればそれは、傲慢不遜な態度でもあるからだ。京菓子の世界は、どんなに頑張ろうとも、美味しいか美味しくないかで決まってしまう。そこに物語はない。まるで血も涙もない独居房のような冷たい世界だ。
そのような冷たい色の中で、どうやって温かい色を生み出すか。これは最大の難問だ。ときには自分の信念を捨てなければならないときもある。「美味しさ」を追究するばかりで、「どう満足してもらうか」には頭が回らない。
評価と信念の折り合いをつけることは重要だ。そのために京菓子を作る際の繊細微妙な力加減が必要になるかもしれない。
さて、雄司は一人前の京菓子を作ることができるのだろうか。大将から認められる人間になれるのだろうか。それは本書を読んで、自分の姿を投影させながら、見届けて欲しい。その中にはきっと、とんでもないほど苦いものもあるだろう。
しかしほろ甘くひんやりとした京菓子が夏の暑さを和らげてくれるはずだ。
今日を頑張った自分に、羊羹でも買って帰ろうか。