あらすじ
死別した、愛する人はどこにいってしまったのか。人間はその答えを求めて、死後の世界についてあれこれ考えを巡らせる。日本では、亡くなった子どもの行先として、独自の「賽の河原」が考えられた。著者は、10年以上にわたって、死者の口寄せなどで知られる津軽地方の「シャーマン」たちの調査をしてきた。本書は、「和製の地獄」とも言われる賽の河原を中心に、日本の供養を考えるものである。
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Posted by ブクログ
津軽地方の「イタコ」と各地の“賽の河原”へのフィールドワークを基に、供養(という儀式あるいは慣習)を通じて日本人ならではの死生観、宗教観まで考察。日常当然のように仏前や墓前で手を合わす行為の意味を改めて考える1冊。
現代の多様化した弔い方、供養の在り方による「彼岸の欠如」つまり“あの世”が無くなり“この世”だけになったという分析、供養の役割も死者を“死者”として彼我を分けるものから、生者側の記憶を重視するものになっているという考察は―個人的な意見は別として―興味深いものがあるが、供養の方式、そして考え方もずいぶん多様化したものだなという感想。生きている人間が行うのだから、そのニーズや都合が最優先されるのも当たり前と言えば当たり前なんだが。
位牌も祀らず納骨せずに手元に置いて(墓じまいが増えている現況だから致し方なしな面もあるか)個人の記憶を留めようとする人が増えているという現況は、正直決していいとは思えない。
※あくまでも個人的見解です