あらすじ
いまも世界中で読み継がれる、広島の被爆少年少女の手記『原爆の子』(1951年初版)。
戦後80年の節目に、最晩年を迎えた執筆者らがいま伝えたいこと。
1972年、執筆者らのグループ「きょう竹会」が発足。以来50年にわたり、年に一度集まり、被爆者の人生の苦悩を分かち合い、励まし合ってきた。本書では、同会会長である著者が自らの人生を振り返りながら、「原爆の子」らがこの80年をどのように生き抜いたのか伝える。最晩年を迎えた彼女らが次世代へ送る、生きるためのメッセージ
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
2026年課題図書/高等学校ということで読みました。
9歳の時、広島のほぼ中央の自宅(爆心地から1.6km)で被曝した著者は、中2の時に書いた作文が『原爆の子 広島の少年少女のうったえ』(1951年岩波書店)に収録された
テーマは「原爆にあった時のこと」
被曝したのはクラス80余人中2人だったとのこと。クラスメイトのほとんどが疎開する中、病弱だった為に疎開はせず家族と共に被曝した。しかし、父母、弟、執事ともに誰も失うことなく生き延びた。
著者の80年を記した本でした。
原爆の事は色々と学んでいましたが、被曝後、本当に裸一貫からの生活、全裸で受けたABCCによる強制身体検査、結婚や妊娠時の被曝差別など具体的な内容に改めて原爆の二次被害にも苦められている人々がいたことに心が痛みました。
Posted by ブクログ
この作品は広島で被爆した早志由里子さんが、「原爆の子」として生きた戦後について執筆されたものです。早志百合子さんは現在89歳です。
彼女は中学3年生の時に被爆体験を作文にしています。その作文が収められているのが「原爆の子 広島の少年少女のうったえ」という本です。それが元になり、現在も「原爆の子」同士で(すでに鬼籍に入られた方もいらっしゃるようですが)の交流を続けることが生きる力になったと話されています。
被爆者として生き続けるために、差別や偏見、身に降りかかる病魔と闘いを強いられてきた早志百合子さんですが、同士はみな高齢で語り継ぐことが難しくなってきていると感じておられます。同時に平和の大切さを伝える責任もあると考え、この作品を執筆されました。平和の大切さ…身に沁みます。いつか、広島と長崎、あと沖縄も訪れたいと思っています。