【感想・ネタバレ】死なないと、帰れない島のレビュー

あらすじ

誰も知らなかった。
あの日の別れが永遠のものになることを。

「いますぐ荷物をまとめなさい!」
「どうか妹たちをお願いします」
「俺たちはここで玉砕するよ……」
「お前にはいろいろと島のことを教えてもらった。ありがとう」
「今度の疎開は一時的なものです。勝ったらまた戻るのです」
「なんで日本はこんな戦争を始めちゃったのだろう」

1944年7月、硫黄島。
それは一時疎開のはずだった――

散り散りになった島民たちは
なぜ今も故郷に帰れないのか?

ベストセラー『硫黄島上陸』著者が、
この国の暗部を暴く傑作ノンフィクション!

【目次】
プロローグ 村が消えた日
第1章 違憲の島を歩く
第2章 トキ坊の夢
第3章 硫黄島少年記
第4章 密室の議事録
第5章 新生硫黄島
第6章 硫黄島かく戦えり
第7章 祖国は島民を棄てたのか
第8章 2025年の硫黄島
エピローグ 天皇陛下の花

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

8月になると戦争に関する番組が増えてくる。広島・長崎の原爆、特攻、東京大空襲、そして終戦の玉音放送。戦後生まれの自分には、今まで自分ごととして咀嚼することはできていなかった。昨年、沖縄のひめゆりの塔、平和記念館を訪れてから、気持ちが大きく変化を見せた。サトウキビの畑の中で、子供たちが死んでいく。防空壕に爆弾が投げ込まれる。多くの疎開の子供を乗せた船が爆沈される。悲しく悲惨な戦争。それは沖縄だけでなく、この本の硫黄島でも起こっていた。「死なないと、帰れない島」。はじめ、それは死んだら魂が本土に帰っていけるのかと解釈していたが、違っていた。アメリカの思惑、日本の思惑が絡んで、返還された後もアメリカの支配や自衛隊の事情から、帰還できない元島民たち。死なないと墓参の機会にしか島には戻れない。あまりに理不尽な対応に怒りが湧いてくる。早く元島民たちのふるさとに帰りたいという希望が叶うことを願う。

0
2025年08月10日

Posted by ブクログ

著者の志に胸を貫かれる思いであった。
硫黄島は太平洋戦争末期の激戦地であったことは知っていたが、そこに一般の人々の生活があったことを知らなかった。
知らなかったことに恥じる思いでいる。
今も島民の方々の戦争は終わっておらず、戦争がこれほどの長きにわたって、人々を苛むものであるという事実を、改めて噛みしめている。

0
2025年08月09日

Posted by ブクログ

太平洋戦争末期の1945年2月19日、硫黄島に米軍が上陸、36日間の激戦の末、日本軍は約2万3千人のうち、2万2千人が命を落とし玉砕した。
硫黄島は、もともと、緑と花とフルーツの樹に満ちた島。約1千人が家族のように暮らしていた。
サイパン島が敵手に落ち、空襲が激しくなった1944年、一部の若い男性のみを軍属として残し、島民たちは本土に強制疎開となった。
1968年、硫黄島を含む小笠原諸島の施政権が日本に返還され、父島・母島の島民は帰島を果たしたが、硫黄島民やその子孫は帰島が認められていない。
いまだに1万人もの遺骨が家族の元に帰れないことに焦点を当てた「硫黄島上陸」を書いた著者が今度は、この問題に真正面から取り組んだ。
著者は、情報公開請求も駆使しながら、当時の公文書議事録を読み解き、帰島の可能性が閉ざされる過程を執念で追及していく。
1984年、首相の諮問機関である小笠原諸島振興審議会の下部組織「硫黄島問題小委員会」は、火山活動や産業の成立条件から定住は困難と位置づけた。
しかし、著者は、それ以前の1977~78年、都知事の諮問機関である「硫黄島問題調査研究会」で一部島民による「自力帰島」計画が具体化する中で、防衛庁による自衛隊基地化の意向を受けて帰島が阻まれていたことを知る。
著者は、さらにさかのぼって、戦後、硫黄島を、米軍が核兵器を隠す秘密基地や太平洋の中間地点に位置する軍事拠点、さらには栄光の記念碑として位置付けていたという核心にたどり着く。
島民の引き揚げ後の生活は大部分が資本も縁故もなく、窮乏を極めた。
しかし、彼らは、いつか帰島ができると信じていたため、本土で恒久的職業に就こうとしない傾向があり、これが生活を困難にした一因ともなっていた。
彼らは帰島の希望を捨てず、陳情を続けた。
そんな彼らを犠牲にし、安全保障上のメリットを得てきた政府と国民。旧島民の切実な思いに真摯に向き合い、理不尽な行政措置を明るみに出すという側面から戦争を考える著者の渾身の力作だ。


0
2025年08月30日

「ノンフィクション」ランキング