あらすじ
もはやアメリカは“ユナイテッド・ステイツ”ではない.なぜ分断はこれほど深いのか.カリフォルニア大学バークレー校の著名学者が共感を遮る「壁」を越え,右派の心へ向かう旅に出た.全米最貧州の一つ南部ルイジアナでの五年間,ティーパーティー運動を支える人々から聞き取ったディープストーリーを丹念に描く.
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Posted by ブクログ
米国最貧州のひとつルイジアナ州のメキシコ湾に面し、古木の森と湿地地帯の広がる豊かな自然にめぐまれたレイクチャールズ市。沿岸部はエネルギーベルトと称される産油地帯でもあり、世界に名だたる大手石油関連企業がこぞって進出している化学工業地帯。当然、環境汚染は深刻で、がんの多発地帯としても知られる。事故による原油流出、有害物質の漏出など、問題は後を絶たないが、被害に対する補償は十分になされていないようだ。それでも白人が多数を占める住民たちは、環境規制に反対し、企業の自由な経済活動を擁護する共和党を支持している。税金が企業誘致に使われても文句を言わず、雇用創出と税収増のためと受け入れる。現実には雇用は外国人労働者に奪われ、企業は州政府から法人税を免除されたうえ、利益は海外や州外の本社に回収されているというのに。
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感情労働で有名なホックシールドによる、南部アメリカの右派白人がどのようなナラティブ(この本の中では”ディープストーリー”)を持っているのか分析した大作。一見ルポタージュのように読めるため、非常に読みやすいのだが、その中身は重い。アメリカという国の中での貧富の差の大きさに驚き、また人々の中にこれほどの思想の断裂があることが分かるからだ。
アメリカンドリームは、努力したものが報われる、という物語。ということは、努力していないものが報われてはおかしい。属性だけでアファーマティブアクションしてもらえるのも変だし、税金が生活保護に使われているのも腹立たしい。そのため、小さな政府を希望する、という風に説明されている。なるほどそのように考えればトランプ氏は、努力して富豪になった一流の人、ということになるわけだ。
本書にはマックス・ヴェーバーは引用されていないが、キリスト教と資本主義が相性がいいということも納得できる内容だった。
最終的に本書はリベラルと右派の間を繋ぐことができないか(例えば環境問題等では共闘できるのではないか)という視点から描かれているため、読後感も良好。アメリカに旅行する前に読むと見えるものが変わりそうな良著。
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合理性やロジックに照らして理解しがたいと思われる心情を平然と語る相手を前に、我々はしばしば「理解できない」と口にし共感の壁の前で踵を返してしまう。著者はリベラルの立場から、押し付けられる環境汚染に黙って耐えむしろ連邦政府の保障を拒む共和党支持者(ティーパーティ)の「理解できない人々」の中に分け入り、丹念に聞き取りを続けるうち、彼らの中に、事実かどうかはともかく彼ら自身がそうと自覚する自らの立ち位置=ディープ・ストーリーを見出す。共感の壁の前で一旦は立ち尽くしながらも必死で這い上り超えていく著者の姿勢に深い感動を覚えるとともに、格差という分断の進む世界でのとるべき姿を教えられる。
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トランプ大領領の支持者は関税化、法人減税等の自分たちの経済的利益を損なう政策を実施しているにも関わらず、依然として支持続けるのは何故かということがこの本を読めば理解できる。筆者はフェミニスト社会学の第一人者であり、2011年から5年間にわたり、ルイジアナ州に長期滞在し、コアなトランプ支持者に密着取材して、彼らの心情を詳らかにした。メディアは彼らを白人至上主義と単純化しているが、多くは善良な市民であるだけに、余計、問題の根の深さを感じた。
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東京新聞20181223掲載 評者: 渡辺靖(慶應義塾大学環境情報学部教授,政策メディア研究委員,アメリカ研究,文化人類学etc)
週刊東洋経済2019112掲載‣
朝日新聞2019112掲載評者: 西崎文子(東京大学名誉教授,成蹊大学名誉教授,アメリカ政治外交史,日米関係史wiki)
日経新聞2019126掲載評者: 渡辺靖(慶應義塾大学教授同上)
日経新聞2022101掲載評者: 小熊英二(慶応義塾大学総合政策学部教授,歴史社会学者)
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なぜトランプが米国でメジャーになれたのか、ここに書かれたような、日本では言及されることがほとんどない人たちの存在を知らずにして、理解できる訳がないと思った。米国のことを、全然理解してなかった。もしかして、米国人の多くもそうなのかも。
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好意的に捉えれば、思想の違う人々への理解を深めようとしているように見える。
悪意的に捉えれば、彼らの矛盾を積極的に際立たせに行っているように見える。
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私は保守派の人をざっくり言うと「田舎者」のイメージで捉えていました。
人はいいんだけど、考え方が古いし、コミュニティ第一だし、って。筆者からも(この本の書き方からも)、保守派を見下している部分があるように所々で感じました。
でも、この本を読んで、保守派の人が何に憤りを感じていているのかを知り、「田舎者」というイメージで捉えてはいけないのだと教えてもらいました。
でも、ここが本当に難しい所ですよね。
リベラル派も保守派も、個人個人・個々の点ではお互い理解し合えるんですよね。でも、政治の舵取りとなると、途端に票を相手方に入れることはできなくなる。
この辺りが、資本主義にがっちり首根っこを押さえられてしまった民主主義の、限界とは言いませんが、難しさなんでしょうね。
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今年一番の本。バークレーの女性社会学者が、ティーパーティの本場ルイジアナに入り込み、インタビューを重ねて、壁の向こう側の人々の「想い」を共感的に感じ、言葉化した本。
南部の人々が心の奥底に持っている「ディープストーリー」は、共感できるストーリーだった。自分たちは、アメリカンドリームを目指して、真面目に列に並んで、頑張っているのに、政府は、アファーマティブアクションやら、性の多様性、シリア難民、はては、石油まみれのペリカン(地球環境)まで、自分たちの前に、別の人たち、別のグループを割り込ませる。そして、自分たち白人労働者は忘れられている。そんな、政府は頼りにならない。企業の違法な環境汚染に一番悩まされていて、一番、政府の援助が必要なのにも関わらず、このディープストーリーを持つ人々は、声を上げずにいる。
アメリカは内戦の危機にあるのではないか、という声もあるが、心の奥底のディープストーリーの差はなかなか埋められないのだろう。
また、この構図は、アメリカにとどまらず、今、どの社会でもあるようにも思うので、われわれも他人事ではないかもしれない。
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馴染みのある言葉になってしまったアメリカの分断について、リアルな事柄として思いを馳せることになった。アメリカ社会を切り取った他の本も読みたいと思わせてくれた本になった。
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科学を信じない人達、進化論や温室効果ガスはもちろん、社会科学の統計的な事実にも目を閉ざし、自分達の感性に訴えかけて来る右派の言説のみ信じる。この壁を乗り越えて理解し合うことは出来るのか?アメリカをまとめ上げるリーダーの出現を待つしかないのか。コロナがそのきっかけになるかと思ったが、今のところそうではなさそうだ。
Posted by ブクログ
左右両派の対立・分断が深まるアメリカ。保守派はリベラル派のことを、怠け者を助け道徳を損なうとみなし、リベラル派は保守派のことを、頑迷な愚か者だと考える。まったく違う価値観ゆえに、両者はまるで違う国に暮らしているかのようだ。
代表的な「青い州」カリフォルニア・バークレーに暮らすリベラルな研究者である著者は、「赤い州」ルイジアナのティーパーティ支持者たちを、2011年からトランプ大統領が誕生した2016年までの5年間にわたって訪ね、インタビュー調査を行った。リベラル派と保守派の間にそびえたつ「共感の壁」を克服しようと、事実に関する分析の多くは補遺に置くなど、研究書というよりも旅のエッセイのように、極右派を支持する人々の心情に分け入っていく。
本書でなによりも衝撃的だったのは、豊かな自然で知られるミシシッピ流域に広がる汚染の、尋常でない深刻さだ。石油産業の排出する化学物質によって、木々は立ち枯れ、カメの目は白く濁り、川の水を死んだ家畜は死ぬ。地域の人びとの間には癌が多発している。川に落ちた馬は、全身がゴムのようなものに覆われて死んだという。
2012年には湖の底に大穴が開いて、湖水や周囲の膨大な土地を飲み込むという、まるでSF映画みたいなことが起きた。さらにその穴から毒素が地上に噴出してくる。なんといくつもの企業が、この土地の地下にある岩塩を採掘するだけでなく、地中にできた穴に汚染物質を捨てていたのだ。
住民たちは、自分たちの生活と健康を損ねた企業に対する賠償や規制強化を求めたか? 彼らは、連邦政府は何もしない泥棒であり、環境保護主義者たちは気にしすぎだという。そして自分たちのチームの一員だと考える石油会社に対するいかなる規制にも反対した。その結果、権限も予算もやる気もない州政府に残された仕事とは、水銀に汚染された魚を釣って食べる人向けに、皮や脂身をできるだけとりのぞくようアドバイスするだけだ。人々は環境汚染からなるべく目を背け、今までどおりに漁や狩を楽しみ、政府に依存せず、自助と信仰にもとづく生活を前向きに続けようと努力しながら、ティーパーティを熱心に支持しているのである。
この、理性によっては理解できない人々の反応を理解するために、著者は、象徴的な感情の枠組み、「ディープ・ストーリー」に着目している。ルイジアナ州の保守派の人々が共有するその心象風景とは、丘の向こうにあるアメリカン・ドリームを手にするために、自分は何年も長い列に並んで辛抱強く待ってきた。しかしいつまでも叶えられそうにない間に、列の前方には、女性や黒人や難民たち、動物たちまでもがどんどん割り込んでくる。その不正を手助けしているのが連邦政府だというものだ。
この解釈によって、痛めつけられながらその巨大な足を支持する人々についての理解が容易になるかというと、正直なところ、なおよくわからない。ただ少なくとも、我慢に我慢を重ねた人々はいつか臨界点に達したとき目が覚めて爆発する、という革命の夢もまた、右派のストーリーと同じくらい現実味がないことは確かだ。気候変動や環境汚染などあきらかな危機が迫っているように見えたとしても、多くの人びとは、自分のもっている解釈枠組みを通してしか世界を見ない。圧倒的な力の前に逃げ場をもたないと感じる人たちにとっては、権力が提示するレンズを受け入れ、それを通して世界を見ることの方が、より心地よく感じられるのかもしれない。
とはいえ、アメリカは独裁国家ではなく選挙が行われる民主主義国家だ。どれだけ環境の危機が目前に迫っていようが、圧倒的な産業の持つ構造的権力をなかなか否定しがたいというのも、福島原発事故を見れば一定程度は理解できるものの、それでもここまで現実から目を背けて、自らの被害者性を認めようとせず、むしろ政府による規制や再分配を否定しようとするロジックが、なぜアメリカにおいては政治的にこれほど機能してしまうのか、やはり謎は深まる。
いずれにしても、もうひとつ強く印象に残ったのは次のことだ。ある地域が企業の投資先に選ばれるためには規制を強くしてはならないと言う人々がいる。しかしそれは企業の側からすれば、どんなに有害な影響をおよぼそうが、最も抵抗する可能性の低い人口になるということなのだ。なぜわたしたちは自らそのような犠牲者の位置にすすんでつこうとするのか。謎はまだ探求されねばならない。
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環境汚染について、日本よりも遅れてる?また学歴も?両極化が進んでるのは知っていたが、ここまでとは。保守派って本当に保守なんだな。トランプの「アメリカファースト」にくすぐられている人々の鬱屈、アメリカの一つの姿が見えた。
石油工場で働く人々の多くは共産党保守派を支持していて、熱心なハンターで釣り師だ。彼らは故郷の素晴らしい大自然を愛しているが、彼らはしばしば法的にその自然を汚染する産業で働いている。養うべき家族もいるし、環境保護運動や自分たちを窮地に追い込みかねない連邦政府の措置を支持することには慎重だった。環境と仕事のどちらを取るか?ノスタルジアに傾きすぎるのはよくない。だが飲めない、泳げない、釣りもできない、我が子の洗礼もできない川を作ってるのは自分たち。大いなるジレンマ。
仕事か、綺麗な環境かどちらかしか選べないという心理操作。それと抵抗する可能性が最も低い住民性(南部か中西部の小さな町暮らし・学歴は高卒まで・カトリック・天然資源を利用する職業・保守的・共和党支持・自由市場を擁護・社会問題に関心がない)
ディープストーリーとは「あたかもそのように感じられる」物語の事。感情が語る物語。それを知る事で相手とより良い関係が築ける。
列に割り込む人々。女性、移民、難民、黒人…あなたのお金はあなたが管理も同意もしていないリベラルの同情と言うざるに注がれて、湯水のように使われている。あなたが若い頃に巡り会いたかったと思うような機会に彼らは恵まれている。あなたはルールを守っているのに、彼らは守っていない。割り込みをされてあなたは後に押しやられているような気分になる。あなたのような人労働者層中間層のキリスト教徒の白人は人口に占める比率自体が減っているので尊厳が薄れつつあるような感覚に苦しんでいる。自分だってマイノリティーだと言いたいがかわいそうな自分を憐れむ人々のパレードには変わりたくない。あなたは2つの思いの間で身動きが取れなくなっている。同じような人々が政治運動を進めている。それがティーパーティーだ。
Posted by ブクログ
一見すると米墨国境の向こう、つまりメキシコ人のことかと思うようなタイトルだが、「壁」とは心理的な壁のことで、民主党支持のリベラル思想を持つ著者が、共和党右派の考え方を知りたいと思って行ったフィールドワークの本。規制が緩く環境汚染がひどい南部の町で、なぜ、環境保護規制に反対する人が多いのかといったパラドキシカルな事実を現地でのインタビューから分析している。中々重たい中身だし、アメリカ気質、特に、南部人の基本的な考え方を知らない故に、内容がよく理解できたとは言えないが、白人男性というだけで、黒人とか性的少数者などの「マイノリティー」の問題について差別主義者のように扱われかねないという懸念やフラストレーションは分かるような気がする。政治的に正しいことでも、それを押し付けられるのはごめんだという考え方は、国を問わず、人々の間に溜まってきていて、ポピュリズムのような形であちこちで噴出してきているのではないだろうか。その意味で、本書が書かれたことは、著者の先見の明を感じる。