あらすじ
「判官びいき」とは?「翁」とは誰か?
谷崎、折口、和辻、柳田などの研究を手掛かりに能に潜む精神性をみつめ直し、世阿弥の企図や芸能の原点・伝承について新たな視点で問い直す。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
宗教民族学者である著者が、能について比較的自由にさまざまな思索を展開している本です。
雑誌『観世』(檜書店)に連載されたエッセイなどをまとめたもので、各記事は独立して読めるようになっており、本書を通じてひとつのテーマを論じたものではありません。そのなかで個人的に興味深く読んだのは、能を通して生と死についての考察を展開している箇所でした。著者は、和辻哲郎が『日本藝術史研究』のなかで、能における「物まね」の本意は、「らしさ」の否定であると述べていることに注目し、「これを換言すれば、能は生体を死体に近づけることによって究極の美的超越を志向するものだといっていることになるのだろう」といいます。
さらに著者は、能面について論じている章においても、同様の観点から考察をおこなっています。「能面の半眼はこの世を見ているような目でもあり、あの世をうかがっている目でもあるようにも見える」と著者はいい、生と死の境界をつらぬき通すまなざしを能面に読みとろうとしています。
これらの着眼点から、能の本質についての考察へとみちびかれていくような気持ちになったのですが、著者の議論はそれ以上こうした問題に深入りすることはなく、あっさりと章が変わって次のテーマに移っていきます。とはいえ本書は、読者自身の考察をさそうという意味では、おもしろい内容を含んでいるといってよいように思います。